寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

文字の大きさ
上 下
13 / 18
平癒

第十三話

しおりを挟む
 顔色が悪かった。家に帰したはいいが、あの顔色の悪さは解剖学のことだけではなさそうに思えてくる。

 ─無事に家に着いたのだろうか。

 スマホをポケットから取り出して電話しようとするが、はたと手を止めた。もしかしたら寝ているかもしれない。メッセージアプリを立ち上げてメッセージを打ち込んだ。

 それから二時間ほど経った今も、メッセージに既読は付かなかった。

「寝てるだけならいいんだけどさ……」

 凝り固まった腰を伸ばすように背伸びをして、よっこらしょと最後の段ボールを持ち上げた。







 結局気になって有馬の部屋まで来てしまった。まだ仕事はあったものの切り上げてやってきてしまったのだ。コンコンとドアをノックするも応答はない。
 しかし中からドスンと音がして「有馬?!」とドアを叩くが反応はなく、試しにドアノブに触れるとドアが開いた。不用心だなぁなどと考えている暇もなかった。六畳の部屋の真ん中に有馬は横たわっていた。

「有馬!? えっ! どうしたの!!」

 乱暴に靴を脱ぐとうつ伏せに倒れている有馬に駆け寄る。有馬の手元には薬のシートが落ちていた。

「なに……。なんの薬だよ……おい。そんな具合悪かったのかよ……」

 救急車を呼ぶべきか迷いおでこや頬に触れてみる。熱はそんなにないが汗がとにかくひどい。手を握ると手先は氷のようにひんやりとしていた。とりあえずうつ伏せから横向けにしようと試みるがビクともしない。肩の下に少しずつ手を差し入れ、ようやく肩が床から離れると有馬が小さく声を出した。

「有馬? 大丈夫か?」

 虚ろな目が僕を捉えると持ち上げていた有馬の逞しい腕に捕えられてしまった。

「智さん……好き、だいすき……」
「え?」
「ずっと、だいすきでした……はなれないで」

 小さく震えながら僕の腰に抱きつき膝に顔を乗せた。有馬の横顔は青白く血の気がない。僕は仕方なくそのままに、ぐっと手だけを伸ばしてかろうじて届いたベッドの上のタオルケットを引っ張りそれを有馬に掛けた。

「どうなってんだよ……。ってか好きってなんだよ……」




 足下にある薬シートを見た。それを拾い上げ、シートに書いてある薬剤名をスマホで検索すると睡眠導入剤とある。周りを見渡してもこの一枚以外には無い。シートはこの一枚で、薬が抜かれているのは三ヶ所。おそらく最高でも三錠しか飲んでないと推測できる。オーバードーズの可能性は低いのかもしれない。ここは寮だし大騒ぎになりかねない。リスキーな選択だが、少し様子を見ることにした。

 もぞもぞと動いたかと思えば、有馬はさらに僕を抱き込んだ。

「大丈夫、ここにいるよ」

 体調不良で、心寂しくなっているのだろうか。有馬の髪を撫でてやるとやがて規則的な寝息へと変わっていった。僕は観念して有馬の横に寝転がった。有馬がさらにぎゅっと抱きついて来たが、もうそのままにした。その手を握ると冷え切っていた手先は少しだけ温かくなっていた。

 六畳一間の部屋を眺めた。改めて見回してみても本当に物が少ない。有馬らしいと言えばそうなんだが、温度を感じないのだ。剣道の道具は道場に保管してあるとはいえ、その他の趣味や集めているものなどあっていいはずで、マンガも見当たりもしない。

 まるで、いつ居なくなってもいいかのようで、本当に有馬はここで二年間生活しているのかと不思議に思えてくる。

 ふと将馬の法事のことが蘇った。
 有馬は将馬の代わりをしていると言った。怪我するまで剣道を続けたのも医学部を目指したのも、将馬の生きるはずだった人生を有馬が代わって生きているんだとしたら……。

 ここに有馬は居ないのかもしれない。

 睡眠導入剤のシートを見やる。もしこれが有馬の居場所なら、依存している可能性がある。有馬にとって幸せだった時に頼っているのかもしれない。有馬にとって、幸せだと感じるものはなんなのだろうか。
 昔からあまり表情豊かではなかった、明るい将馬と対象的で物静かだった。けれど硬いその表情の中にも感情は読めたし、正座して将馬を憧れの眼差しで道場の隅で見つめていたのを覚えている。

 有馬の方を向くと、先程より顔色も良くなっているように見える。もう大丈夫かもしれない。僕はひとつため息をついた。

『ずっとだいすきでした、はなれないで』

 有馬の声がリフレインする。

「好きでしたって……、過去形かよ」

 整った寝顔に、僕はつぶやいた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。 そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…? 【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】 ※攻め視点で1話完結の短い話です。 ※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。

処理中です...