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帰郷
第三話
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有馬は、僕の頭の中にある記憶より随分と大人びていた。そりゃ落ち着き払っててもいい年齢だ。それに元々子供の頃から大人しくて落ち着き払っていたんだから。
身体が大きいのも、顔が整っているのも相変わらずだ。有馬は当時から同い年の子供たちより頭ひとつ大きかった。それに大人の要素が加わってすっかり大人びて見えた。まるで知らない人みたいに。十代の変化というものは大きい。
「それにしても突然だったな、先生……」
僕は話題を変えた。有馬はホッとしたように顔をあげる。
「そういや、有馬は誰から知らせを貰った?」
「剣友会からの連絡で」
「えっ、剣友会と繋がってるんだ?」
「……ぅス」
「剣道、続けてるんだね」
「続けてます、ずっと」
恩師の遺影を見つめる有馬の横顔がとても寂しく見えた。
「そっか」
「……智さんは?」
「えっ、それ恥ずいな!」
「え……?」
有馬が少し目を見開いて驚いた。
「智さんて。えっ、ちょっと待って、どんな呼ばれ方してたっけ」
「名前で……」
「でも、『さん』じゃないよね?」
「昔は智くん、て、……呼んでました」
「……そっか、してたしてた! なつかしーっ。……そっか有馬はそう呼んでたね」
「……すいません。『くん』だと馴れ馴れしいかと思って」
「いや、謝ることないけど、……まぁどっちでもいいよ」
「……はい」
手をバタつかせて繕うと、有馬は遠慮がちに言葉を続ける。馴れ馴れしいとか気にしてるのが、しばらく会っていなかった僕達の心の距離を表しているようだった。
「じゃあ、……智さんは、剣道続けてますか……?」
やっぱり『さん』なんだ。……なんだか有馬らしいと思えたり。
「僕は引っ越してからやってないんだ」
「剣友会辞めたのは知ってます」
「そうだよね、知ってるよね」
「あの、智さんは誰から聞いたんスか?」
「あぁ、僕はおばちゃんから聞いたよ」
「え、おばちゃん。智さんの連絡先知ってるんですか」
おばちゃんといえば、さっきお茶を淹れてくれた人なのだが、それが三人の共通認識だった。それが今でも通用するのが嬉しくて、そんなことも何気に嬉しい気持ちになるから不思議だ。
「なんだかんだ親みたいなもんだから。ばあちゃん死んでからは特に」
「……そぅスか、ってか、職場はどこなんですか」
「はは、質問多いな」
「すいません」
「いや、久しぶりの再会だもんな」
「……ぅス」
「僕は慶央大学で教員してる」
「え、それマジで言ってます?」
今度は大きく目を見開いて有馬が驚いた。
「……なんで嘘つくのさ。慶央行ってたのは知ってるだろ?」
「そうですけど、働いてるとは……」
「卒業したあと教授の研究員になってそのまま、入学から数えればもう八年も居るよ、はは」
「俺もです」
「俺もって? え? 慶央なの? は? 何年? えっと……二年? 三年? えっ、学部は?」
「医学部二年ッス」
──え…………っ
有馬は驚いて目を泳がせている。僕も僕で相当驚いていた。有馬が医学部にいるだなんて。兄の将馬もまた医学部だったからだ。しかし、動揺ぶりを解いたのは有馬だった。
「どうしました?……智さん?」
「え……?」
「もしかして飲みすぎましたか?」
「あ……」
僕の手にあるビールの入ったコップを取り上げると、顔を覗き込んできた。さっきみたいな真っ直ぐな視線が刺さる。
「そ、そうかも、外の空気吸ってくるわ」
テーブルに手を付いて立ち上がると、「うす……」と小さく後ろから聞こえた。
外へ出ると雨は止んでいて夜風が少し冷たくて気持ちが良かった。公民館の外は恩師の弔問客でいっぱいで後を絶たない。こんな田舎にこんなに人が居たのかってくらいに、ひっきりなしにやってくる。剣士たちは皆揃って義理堅く、恩師を送り出したいのだろう。僕は公民館の裏手にある小さな公園へ向かった。
有馬が医学部二年だと聞いて驚いたのは将馬も医学部だったからだ。代々医者の家系でもないし、兄弟そろって医学部とは少し引っかかりを感じた。たまたま兄と同じ学部を目指してくることはあるのだろうか。気にしてしまっているのは有馬に失礼なんだろうか。
何より思いがけず有馬と再会したことに、まだ心が追いついていないようだ。有馬を見れば将馬を思い出してしまう。友人を突然失った過去にまだ心が痛む。
「水、もらってきました」
追いかけてきた有馬が蓋を開けてペットボトルを渡してくれた。
「お前は中にいろよ」
「心配なんで」
「医学生に心配されてんの、大人が、はは……」
自嘲している僕を、有馬はじっと監視するように鋭い目線を送ってくる。その目にドキリとした。
「……今夜どこ泊まるんスか」
向かいに突っ立っている様はやはり大きい。清潔感のある白いオックスフォードシャツに黒い綿パン。さっきは気が付かなかったがピカピカな黒い革靴を履いてる。
「帰るよ、最終で、有馬は?」
「俺は実家に泊まって明日朝帰ります。講義は昼からなんで」
「そかそか。……じゃあ僕は行くよ、水ありがとう」
「あの、智さん……」
引き留められそうでそれがなんだか怖くて、有馬の横をすり抜けて出口に向かうと背後から声だけが追いかけてくる。
「智さん。俺、夜はだいたい大学の剣道場に居ますから!」
「え?」
「気が、向いたらでいいんで、待っています」
「あ……うん」
「気をつけて」
「うん……有馬もな」
「はい」
身体が大きいのも、顔が整っているのも相変わらずだ。有馬は当時から同い年の子供たちより頭ひとつ大きかった。それに大人の要素が加わってすっかり大人びて見えた。まるで知らない人みたいに。十代の変化というものは大きい。
「それにしても突然だったな、先生……」
僕は話題を変えた。有馬はホッとしたように顔をあげる。
「そういや、有馬は誰から知らせを貰った?」
「剣友会からの連絡で」
「えっ、剣友会と繋がってるんだ?」
「……ぅス」
「剣道、続けてるんだね」
「続けてます、ずっと」
恩師の遺影を見つめる有馬の横顔がとても寂しく見えた。
「そっか」
「……智さんは?」
「えっ、それ恥ずいな!」
「え……?」
有馬が少し目を見開いて驚いた。
「智さんて。えっ、ちょっと待って、どんな呼ばれ方してたっけ」
「名前で……」
「でも、『さん』じゃないよね?」
「昔は智くん、て、……呼んでました」
「……そっか、してたしてた! なつかしーっ。……そっか有馬はそう呼んでたね」
「……すいません。『くん』だと馴れ馴れしいかと思って」
「いや、謝ることないけど、……まぁどっちでもいいよ」
「……はい」
手をバタつかせて繕うと、有馬は遠慮がちに言葉を続ける。馴れ馴れしいとか気にしてるのが、しばらく会っていなかった僕達の心の距離を表しているようだった。
「じゃあ、……智さんは、剣道続けてますか……?」
やっぱり『さん』なんだ。……なんだか有馬らしいと思えたり。
「僕は引っ越してからやってないんだ」
「剣友会辞めたのは知ってます」
「そうだよね、知ってるよね」
「あの、智さんは誰から聞いたんスか?」
「あぁ、僕はおばちゃんから聞いたよ」
「え、おばちゃん。智さんの連絡先知ってるんですか」
おばちゃんといえば、さっきお茶を淹れてくれた人なのだが、それが三人の共通認識だった。それが今でも通用するのが嬉しくて、そんなことも何気に嬉しい気持ちになるから不思議だ。
「なんだかんだ親みたいなもんだから。ばあちゃん死んでからは特に」
「……そぅスか、ってか、職場はどこなんですか」
「はは、質問多いな」
「すいません」
「いや、久しぶりの再会だもんな」
「……ぅス」
「僕は慶央大学で教員してる」
「え、それマジで言ってます?」
今度は大きく目を見開いて有馬が驚いた。
「……なんで嘘つくのさ。慶央行ってたのは知ってるだろ?」
「そうですけど、働いてるとは……」
「卒業したあと教授の研究員になってそのまま、入学から数えればもう八年も居るよ、はは」
「俺もです」
「俺もって? え? 慶央なの? は? 何年? えっと……二年? 三年? えっ、学部は?」
「医学部二年ッス」
──え…………っ
有馬は驚いて目を泳がせている。僕も僕で相当驚いていた。有馬が医学部にいるだなんて。兄の将馬もまた医学部だったからだ。しかし、動揺ぶりを解いたのは有馬だった。
「どうしました?……智さん?」
「え……?」
「もしかして飲みすぎましたか?」
「あ……」
僕の手にあるビールの入ったコップを取り上げると、顔を覗き込んできた。さっきみたいな真っ直ぐな視線が刺さる。
「そ、そうかも、外の空気吸ってくるわ」
テーブルに手を付いて立ち上がると、「うす……」と小さく後ろから聞こえた。
外へ出ると雨は止んでいて夜風が少し冷たくて気持ちが良かった。公民館の外は恩師の弔問客でいっぱいで後を絶たない。こんな田舎にこんなに人が居たのかってくらいに、ひっきりなしにやってくる。剣士たちは皆揃って義理堅く、恩師を送り出したいのだろう。僕は公民館の裏手にある小さな公園へ向かった。
有馬が医学部二年だと聞いて驚いたのは将馬も医学部だったからだ。代々医者の家系でもないし、兄弟そろって医学部とは少し引っかかりを感じた。たまたま兄と同じ学部を目指してくることはあるのだろうか。気にしてしまっているのは有馬に失礼なんだろうか。
何より思いがけず有馬と再会したことに、まだ心が追いついていないようだ。有馬を見れば将馬を思い出してしまう。友人を突然失った過去にまだ心が痛む。
「水、もらってきました」
追いかけてきた有馬が蓋を開けてペットボトルを渡してくれた。
「お前は中にいろよ」
「心配なんで」
「医学生に心配されてんの、大人が、はは……」
自嘲している僕を、有馬はじっと監視するように鋭い目線を送ってくる。その目にドキリとした。
「……今夜どこ泊まるんスか」
向かいに突っ立っている様はやはり大きい。清潔感のある白いオックスフォードシャツに黒い綿パン。さっきは気が付かなかったがピカピカな黒い革靴を履いてる。
「帰るよ、最終で、有馬は?」
「俺は実家に泊まって明日朝帰ります。講義は昼からなんで」
「そかそか。……じゃあ僕は行くよ、水ありがとう」
「あの、智さん……」
引き留められそうでそれがなんだか怖くて、有馬の横をすり抜けて出口に向かうと背後から声だけが追いかけてくる。
「智さん。俺、夜はだいたい大学の剣道場に居ますから!」
「え?」
「気が、向いたらでいいんで、待っています」
「あ……うん」
「気をつけて」
「うん……有馬もな」
「はい」
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