寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

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帰郷

第五話

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 一時間ほど経って僕の手はすっかり握力を失っていた。今の自分の体力の無さを実感し、道場の片隅に座り込む。本音を言えば三十分ほどで限界だったけれど、有馬の手前すぐに音を上げるわけにはいかなかった。意地で、一時間……もう駄目だった。

「休憩っスか」
「久しぶり過ぎて手がワナワナしてきた、力入んね」

 爽やかに汗をかいた有馬がやってきた。持参した水のペットボトルを開けようとしてするっとそれが滑り落ちた。それをひょいと有馬に取られた。まごまごしていたのが分かってしまったらしい。有馬は一瞬で蓋を開けて、黙ってそれを僕に寄越した。

「お通夜の時もそれされたけど、ほんとなんかムカつくのな」
「え?」
「年下なのに生意気ってこと」
「……それは智さんが非力だからっスよ」

 そんなことも言えるのか。いや、そう思う自分がおじさん化してしまってるのではないか。そんなことを考えつつ、相変わらず物静かで無愛想な有馬との距離感は心地がいいと再び思う。

 僕は有馬の横顔を盗み見た。こめかみから汗が細く顎に伝う。耳下にかけての顎のラインがとってもシャープだ。兄の将馬もそんな顔をしていた。しかし同じくシャープではあるが、それよりももう少しがっちりした体格なような気がする。

 そう言えば将馬はとてもモテたな。大学生になってからは必ず合コンに呼ばれていた。優しいから女の子受けもよかった。きっと有馬もモテているはずだよな。

「男前なんだからもっと愛想よくなればいいのに」

 有馬が目を丸くしてこちらを見た。

「そうしたら、俺は何の得がありますか?」
「えっ?」

 真っ直ぐな目で僕を見ている。声に出してしまっていたらしい。慌てて水を飲んで時間稼ぎをしてみるが、良いアイデアなんてそう簡単には浮かばない。

「なにって、……モテるんじゃない?」
「別に誰彼構わずモテたくないっス」

 振り絞って出た僕の言葉に、有馬は静かに答えるだけだった。そんな有馬に僕は少し好奇心が湧いた。もしかして有馬は今恋をしていて、それに悩んでいるのかもしれない。

「……てことは、好きな子いるんだ?」
「……」
「ふふ、そう」
「……なんすか」

 ふっと微かに有馬が笑った。それがとても可愛らしく思えて、つい顔を覗き込むと有馬が恥ずかしそうにするのが面白い。

「ねぇ、それって本当にいるってこと?」
「好きな人は、います」
「誰だよ」
「え?」
「あぁ、聞いても分からないか」
「……」

 有馬は視線を反らして練習を続けている剣士たちを見やった。こういう話はしたくないか、まぁ自分も聞かれたところで何も話すようなこともない。

「智さんは、いるんですか?……恋人」
「えっ」

 案の定、聞かれてしまった。

「僕は、恋人なんていないよ、好きな人もいない。出会いもないしね」
「あの、もし嫌だったら答えなくていいです」
「ん?」
「恋人いたこと、ありますか」
「え……」

 確かに答えたくない質問だった。

「すいません、忘れてください」
「あっ、いや、大丈夫。ひとり、付き合ったことある。けど、うまくいかなくてフラレた」
「……」
「聞いたくせに、リアクション無しかよ!」

 僕は有馬の腕にパンチするふりで拳を当てると、有馬は申し訳なさげに眉を下げて笑った。

「お前こそ、彼女いんのかよ」
「いませんて」

 はにかみながら、有馬がそっと僕の拳に触れた。ゴツっとした指先に無性に胸がざわめく。

「智さん、マメ」
「え?」

 僕の手のひらをまるで大切なものみたいに両手で扱って、マメがあるところに、有馬の親指が触れる。

「ま、マメくらい……っ」
「智さんの手のひら柔らかいんで、終わる頃には皮が向けちゃいそうです」
「覚悟しているよ」

 微笑みながらも僕のもう片方の手のひらもマメが出来たか確認し始める。なんだか妙なむず痒さを覚えるも、僕は有馬のしたいようにさせた。

「智さん、道着はどうしますか?」
「え?……あ、有馬は道着はどこで買ってるの?」
「隣の駅にある──…」
「え? まだあの店あるの? 次の休みにでも行ってみようかな」

 昔将馬と一度行ったことのある店だ。すっかり忘れていた。有馬は僕の手を離すと俺も付き添いますと言った。

「え? いいよ、医大生は忙しいでしょ」
「いえ、気分転換にもなりますし」



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