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イギリス編
第五話
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ヒースロー空港に着くと、やはり曇天。
吾妻は伊都の手を握った。少し驚いて吾妻を見上げれば片眉を上げて楽しそうに微笑む笑顔があった。
「ここは異国。そう思えば素直に、少し大胆にだ」
大好きなロンドンを楽しみたいという高揚感で溢れて見えた。伊都はそれに応えて手を握り返す。
「それに、こうしていれば離れていかずに済む」
「う……っ、それは」
ロンドンは比較的治安は良いが、拉致されそうになった前科がある伊都にとってはリードを付けて歩きたいほどに目が離せないし離したくない。
「クリストファーが迎えを寄越してくれているそうだから行ってみよう」
手を繋いで歩くということがこんなにも気まずくて、恥ずかしくて、ドキドキするなんて。道行く人から好奇の目で見られることもない、吾妻が颯爽と手を引いて、伊都は導かれるように空港の外に出た。
横から見上げる表情が本当に心からリラックスしていて、吾妻には日本よりロンドンが懐かしく、身に沁みているんだろうなと伊都は思った。
「ミスター九条、お待ちしていましたよ」
レンジローバーの運転席から手を振るのはクリストファー本人だった。サングラスを取るといたずらっぽい笑みが溢れる。
「クリストファーが直々に迎えに来てくれるとは」
「だって遥々日本からやって来てくれたのだからね」
駆け寄る吾妻に、運転席から降りるとクリストファーは挨拶のハグをした。あんなに犬猿の仲だったのにやっぱり友達なんだと安心して伊都は二人を見て微笑んだ。
「長旅だったけど、疲れてないかい?」
吾妻の後ろに控えていた伊都には手を差し出して、伊都がその手を握る。
「はい、快適でした。ありがとうございます」
ファーストクラスでプレミアリーグの試合を満喫したって話をクリストファーの屋敷に着くまでの間伊都は話し続けた。その横で吾妻は窓からの風に当たりながら街の匂いを懐かしんでいた。
「さぁ、着いたよ」
ロンドンから西側に一時間ほど。こじんまりとしたレンガ造りの二階建ての屋敷で、手入れの行き届いた季節の花が客人を歓迎している。
「ここにひとりですか?」
伊都が尋ねるとクリストファーは優しく頷いて木製の玄関ドアを開けた。
「大学に通うためにここに居るんだ。でももう卒業だから、そうしたらここを離れるよ」
ということはここから大学へ通っているということで、つまり吾妻の通った大学が近くにあるということだ。吾妻を振り返ると吾妻は頷いた。伊都の言わんとすることがわかっているらしい。
「滞在中に行ってみようか?」
「うん」
吾妻は勝手知ったる様子で窓際にあるカウチに座った。側にはティーテーブルがあってそこにアフタヌーンティーが用意されていた。伊都もカウチに座った。
「気にせず食べてくれ。マナーなんて忘れてね」
「ありがとうございます」
早速伊都はスコーンにマーマレードを乗せてパクリと齧る。
「吾妻、美味しい! みんな食べたい」
「夕食のために空けといてくれよ?」
伊都はスコーンが気に入ってしまった。
クリストファーは東京で会ったときと少し印象が違って見えた。ティーテーブルを挟んで向かいに座るクリストファーは紅茶を静かに啜りながら伊都を優しい眼差しで見つめている。
「伊都くんは、素直で見ていて楽しいね」
「あぁ、愛らしいだろ?」
「ゲホ! ゲホ!」
二人の会話に伊都はスコーンを喉に詰まらせてしまった。
「大丈夫かい? ゆっくりお食べよ」
クリストファーは眉を下げて心配げにしていたが、やがてふわりとした笑顔になる。本当に伊都がかわいい、そんな表情だった。
「二階に君たちの部屋があるよ、後で案内する」
「どうせ、俺がいつも使ってた部屋だろう?」
「ふふ。そうだよ。壁は薄いからね、ほどほどにしてくれよ?」
「それはどうかな」
「なんの話し?」
今度は小さなバターブレッドを齧りながら問う伊都に、吾妻とクリストファーは目を合わせてから笑った。
「滞在中は、キスまでに留めておいてくれって君の彼氏に頼んだのさ」
「え……っ、え!?」
伊都は耳まで真っ赤にしてから吾妻の後ろに隠れるように腕にしがみつく。
「あ、あの、少し休みたいので、部屋に行ってもいいでしょうか」
「ごめん、気が利かなくて。では案内するよ」
「すみません」
「長旅だったんだ、謝らないで」
クリストファーは伊都の手からバッグを取り上げると二階へ繋がる階段へ向かう。吾妻も立ち上がり後を付いてこようとするのを伊都は制止した。
「吾妻は、ここに居ていいよ? 僕に気兼ねしないで」
「そうか? じゃあ、夕方アダムが訪ねてくるからそれまで休んで」
「はい」
そうしてクリストファーの後を付いていった。
吾妻は伊都の手を握った。少し驚いて吾妻を見上げれば片眉を上げて楽しそうに微笑む笑顔があった。
「ここは異国。そう思えば素直に、少し大胆にだ」
大好きなロンドンを楽しみたいという高揚感で溢れて見えた。伊都はそれに応えて手を握り返す。
「それに、こうしていれば離れていかずに済む」
「う……っ、それは」
ロンドンは比較的治安は良いが、拉致されそうになった前科がある伊都にとってはリードを付けて歩きたいほどに目が離せないし離したくない。
「クリストファーが迎えを寄越してくれているそうだから行ってみよう」
手を繋いで歩くということがこんなにも気まずくて、恥ずかしくて、ドキドキするなんて。道行く人から好奇の目で見られることもない、吾妻が颯爽と手を引いて、伊都は導かれるように空港の外に出た。
横から見上げる表情が本当に心からリラックスしていて、吾妻には日本よりロンドンが懐かしく、身に沁みているんだろうなと伊都は思った。
「ミスター九条、お待ちしていましたよ」
レンジローバーの運転席から手を振るのはクリストファー本人だった。サングラスを取るといたずらっぽい笑みが溢れる。
「クリストファーが直々に迎えに来てくれるとは」
「だって遥々日本からやって来てくれたのだからね」
駆け寄る吾妻に、運転席から降りるとクリストファーは挨拶のハグをした。あんなに犬猿の仲だったのにやっぱり友達なんだと安心して伊都は二人を見て微笑んだ。
「長旅だったけど、疲れてないかい?」
吾妻の後ろに控えていた伊都には手を差し出して、伊都がその手を握る。
「はい、快適でした。ありがとうございます」
ファーストクラスでプレミアリーグの試合を満喫したって話をクリストファーの屋敷に着くまでの間伊都は話し続けた。その横で吾妻は窓からの風に当たりながら街の匂いを懐かしんでいた。
「さぁ、着いたよ」
ロンドンから西側に一時間ほど。こじんまりとしたレンガ造りの二階建ての屋敷で、手入れの行き届いた季節の花が客人を歓迎している。
「ここにひとりですか?」
伊都が尋ねるとクリストファーは優しく頷いて木製の玄関ドアを開けた。
「大学に通うためにここに居るんだ。でももう卒業だから、そうしたらここを離れるよ」
ということはここから大学へ通っているということで、つまり吾妻の通った大学が近くにあるということだ。吾妻を振り返ると吾妻は頷いた。伊都の言わんとすることがわかっているらしい。
「滞在中に行ってみようか?」
「うん」
吾妻は勝手知ったる様子で窓際にあるカウチに座った。側にはティーテーブルがあってそこにアフタヌーンティーが用意されていた。伊都もカウチに座った。
「気にせず食べてくれ。マナーなんて忘れてね」
「ありがとうございます」
早速伊都はスコーンにマーマレードを乗せてパクリと齧る。
「吾妻、美味しい! みんな食べたい」
「夕食のために空けといてくれよ?」
伊都はスコーンが気に入ってしまった。
クリストファーは東京で会ったときと少し印象が違って見えた。ティーテーブルを挟んで向かいに座るクリストファーは紅茶を静かに啜りながら伊都を優しい眼差しで見つめている。
「伊都くんは、素直で見ていて楽しいね」
「あぁ、愛らしいだろ?」
「ゲホ! ゲホ!」
二人の会話に伊都はスコーンを喉に詰まらせてしまった。
「大丈夫かい? ゆっくりお食べよ」
クリストファーは眉を下げて心配げにしていたが、やがてふわりとした笑顔になる。本当に伊都がかわいい、そんな表情だった。
「二階に君たちの部屋があるよ、後で案内する」
「どうせ、俺がいつも使ってた部屋だろう?」
「ふふ。そうだよ。壁は薄いからね、ほどほどにしてくれよ?」
「それはどうかな」
「なんの話し?」
今度は小さなバターブレッドを齧りながら問う伊都に、吾妻とクリストファーは目を合わせてから笑った。
「滞在中は、キスまでに留めておいてくれって君の彼氏に頼んだのさ」
「え……っ、え!?」
伊都は耳まで真っ赤にしてから吾妻の後ろに隠れるように腕にしがみつく。
「あ、あの、少し休みたいので、部屋に行ってもいいでしょうか」
「ごめん、気が利かなくて。では案内するよ」
「すみません」
「長旅だったんだ、謝らないで」
クリストファーは伊都の手からバッグを取り上げると二階へ繋がる階段へ向かう。吾妻も立ち上がり後を付いてこようとするのを伊都は制止した。
「吾妻は、ここに居ていいよ? 僕に気兼ねしないで」
「そうか? じゃあ、夕方アダムが訪ねてくるからそれまで休んで」
「はい」
そうしてクリストファーの後を付いていった。
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