Maybe Love

Gemini

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イギリス編

第一話

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 なかなか梅雨が明けてくれないジメっとしたこの時季に、温泉旅行先で出会った吾妻の友人のアダムが仕事のため来日した。アダムはイギリスの大学で東洋文化の研究をしていて今回は岐阜にある白川郷を一週間ほど訪れたらしい。そして最終日、吾妻のために東京のホテルにチェックインした。


「で、何故クリストファーが?」

 吾妻は苛つきを隠さない。

 アダムが滞在しているホテルのラウンジに吾妻と伊都が向かうとアダムの隣にもう一人男性が座っていたのだった。クリストファーというらしい。アダムは勝手に付いてきたんだと申し訳なさそうな顔をしている。

「白川郷を是非この目で見たいと思ってね」

 クリストファーはアダムの隣で素知らぬ顔をして座っている。端正な顔立ちに栗毛のキラキラした髪が緩やかにウェーブしていて、さらには白い頬に淡いそばかすがとてもチャーミングな男だ。
 肘掛けに肘を乗せているだけなのに礼儀正しさが身に沁みている。いわゆる紳士な佇まい。

 伊都の若干うっとりとした眼差しに彼が気がつくとニコリと微笑み返した。そして伊都を見つめたまま言う。

「そんなことより、こちらの美しい彼を紹介してよ」

 見つめられて伊都は不覚にもキュンとする。お世辞だって伊都にも分かっている。しかしふんわりとした笑みを持って伊都を見つめるクリストファーに、伊都の心は勝手に踊ってしまうらしい。

「本当にかわいらしい方だ」

 あぁ……、殺し文句だ、と思った。

 ちらりと吾妻を見上げると、吾妻はギロっとした目でクリストファーを睨みつけていて、伊都のほうを向くといつもの優しい笑みで指先の裏で伊都の頬を撫でた。

「もしかして、その美しい子は吾妻のかい?」
「伊都は物じゃない」

 吾妻はまたクリストファーを睨み返した。クリストファーは肩をすくめて眉を上げる。

「君らしい答えだ、吾妻。君もとても美しいよ。日本人は本当に美しい」
「日本人形を贈ってやるからそれを抱いて寝ていろ」

 吾妻はぶっきらぼうに言い放つとクリストファーはくすっと口元に手をやって小さく笑う。吾妻とアンドリューの会話の意味が曖昧にしか理解できないでいると、吾妻が伊都の背中に手を当てて撫でた。思わず吾妻を見上げてもいつもの片眉はなく、クリストファーを睨み続けている。

「相変わらずで嬉しいよ吾妻。今日は君たちに会えて嬉しかった」

 クリストファーはゆっくりソファから立ち上がった。そして伊都に手を伸ばす。

「出会いに握手をしよう、伊都」

 伊都は急いで立ち上がりその英国紳士の差し出された手を握る。

「今度パーティーがあるんだ、祖父の遺した古城でね。吾妻と伊都にも紹介状を送るから、是非来てほしい。じゃあ、僕は失礼するよ」

 古城……古城……

 クリストファーは伊都の指先にキスをしてウインクした。そして手を振ってその場を去っていく。

「あいつ、伊都にキスしやがった」

 吾妻は呆然としている伊都の手を取りその指先を何度も何度も撫でて払拭するも、伊都は全く気にしていない。

「吾妻……」
「ごめん、痛かったか?」
「僕、行きたい」
「まさか」
「えへ」

 吾妻はチッと小さく舌打ちをした。



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