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未来
第十九話
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これまで吾妻は伊都を抱きしめることが多かった。
スキンシップが多いだけかもしれない、戸惑いもあるけれど、嫌ではないからこれまで拒否はしなかった。
けれど、今日はいつもと様子が違うことは伊都にも分かる。
ただそう思っていいのか自信はないけれど。それに水着のせいかもしれない。
戸惑いながらも吾妻の視線から目が離せない。
こんなにも優しく愛おしい人がいるだろうかと、
伊都も抱きつきたくて仕方がない。
「伊都……キスしていいか?」
「…………え?」
一気に緊張して吾妻の目を見つめるしかない伊都。
吾妻は伊都を困らせてしまったと思ったのか寂しく笑うと伊都のおでこにゆっくりと唇を押し当てた。
何秒だっただろう、その間伊都は目を瞑った。
やがておでこから感触がなくなると伊都は目だけを薄く開ける。吾妻の顔は見れない。
「伊都、来年も俺とずっと一緒にいてほしい」
伊都を抱きしめた。
「来年だけじゃない、ずっと伊都のそばにいたい、いさせてくれ」
吾妻の言葉ひとつひとつ、これまでの吾妻のしてくれたことが重なる。
「……僕こそ、来年もよろしく……」
やっと絞り出した言葉は大晦日の挨拶のようになってしまった。うまく言えない。奥から湧きあがるのは代わりの涙。
「伊都、俺は卒業したら伊都と一緒に海外で暮らしたいと思ってる」
黙って俯いている伊都に吾妻は優しく語りかける。
「お互い海外で仕事をすることは人生において有利だ。俺は司法試験に受かってみせる。そうしたら伊都を支えていける、俺となら海外での生活も怖くないだろう? イギリスなら俺の友達が多くいる、だから……きっと……伊都も……」
最後まで言い終える前に、ただ黙っている伊都がまるで拒否しているようで吾妻は絶望感に似た気持ちを覚えた。
吾妻は伊都の身体を離し、伊都の肩に手を置いた。
その時伊都の目からぽろりとひと粒涙がこぼれ落ちる。
吾妻はその涙を見てついに絶望した。
伊都と吾妻の想いは別のものだったのか。
ならば、ついに打ち明けてしまおうか…
守りたいという気持ちの下に隠した伊都への想い。
嫌われるのかもしれないという不安。
伝えたい気持ち。
想い返してほしいという欲望。
「……俺じゃ駄目か?」
吾妻もまた一筋の涙が頬をつたう。
「俺は伊都が好きなんだ……」
ストレートに吾妻は気持ちを伝えた。
「…………嫌なら突き放してほしい」
伊都は下を向いたまま涙が次々に溢れてくる。
「伊都は俺をどう思ってる…………?」
吾妻は伊都の顔を覗き込み、両目を交互に見て伊都の考えてること想ってることを探っている。
吾妻はまるでお母さんに抱きしめてほしがっている子供のようだ。しかし静かに涙を流している伊都をこれ以上見ていられなくなった。伊都は優しい、突き放すなんてことはしたくともできないだろう、いつの間にか強く掴んでいた伊都の肩から手を離した。
「ごめん。やっぱり言わなくていい。そんなの友達に決まってるよな」
吾妻は海の水でゴシゴシと顔を洗った。
「帰ろうか」
下唇を噛んで美しい夕日をもう一度だけ見ると砂浜のほうへゆっくりと歩いていく。
大きな吾妻の背中が遠退いていく。
伊都は想い合っていたと知った。
吾妻はただ優しいだけではなかった、そこにはやはり伊都と同じ種類の特別な想いがあったのだ。
伊都も勇気を出さなければならない。
自分も幼馴染み以上の気持ちを持っていることを伝えなくては…
吾妻は結局離れていく存在だと思っていた。けれど、吾妻は今もまた一緒にいたいと言ってくれている。
まるで自分が逃げているだけじゃないかと、背を向けて砂浜に向かっている吾妻を追いかけた。海の中は陸とは違ってうまく進まない。
「吾妻っ、待って……っ」
水をかき分けようやく吾妻に近づくと振り向いた吾妻の首にしがみついた。
穏やかに押し寄せる波がふたりを密着させる。その波に伊都は背中を押されているように思えた。吾妻に言わなきゃ。
「好きに、決まってる…っ」
吾妻は耳元で小さく囁かれるときつく伊都を抱きしめた。
「伊都……伊都、伊都…………っ」
何度も何度も愛おしい名前を呼びながら。
「吾妻……僕は正直、恥ずかしいけど将来のことは、まだわからない、ごめん。……例えばイギリスで暮らしてホテルで働くことは、きっと僕にも良い経験になるはずなのはわかってる。……でもまだ勇気がない、その勇気を吾妻から貰うこともまた間違ってる……と思うから……」
息が整ってないながらに伊都は精一杯、今の気持ちを伝えた。
「…………わかった」
「吾妻」
「どこに居てもいい。おばさんを支えるという夢を俺も応援させてくれ、それでいい」
「吾妻……」
「これから卒業まで三年、伊都はもっと経営について、リーダーとしての資質を養うことになる、俺も一緒に成長したいんだ」
「一緒に……?」
「あぁ、一緒に」
「うん」
守るとか、見守るとか、世話をする、ではない。
元々ふたりは幼馴染みだ、それは永遠に変わることはない。
たとえ愛し合うふたりになっても、だ。
「幼馴染みのままじゃイヤだからな?」
伊都が耳まで赤くて言った。
「あぁ、今この瞬間から伊都は俺の恋人になった」
眉を下げて笑った吾妻の首に手を添えると吾妻の唇に自分の唇を押し当て、一瞬だけのキスをした。吾妻は驚いて目を丸くしたがすぐに満面の笑みになる。
「もっかい、キスしてお願い」
「やだよ」
恥ずかしくて首にしがみつくと吾妻が伊都の首元にキスを落とした。
「あっ、ちょっと!」
びっくりして顔を起こしてキスされたところを片手で抑えるとニヤリとする吾妻の目と合う。今度は、吾妻は少し下からすくい上げるように伊都の唇を奪った。
しっとりと厚い唇が伊都の唇と擦れる。
伊都は目をつむりそれを受け入れた。
吾妻の肩からするりと落ちそうな伊都の腕を掴み自分の首に再度しがみつかせると、伊都の太ももを後ろから掴み抱き上げ吾妻の腰に絡みつかせる。
「……んっ」
ふたりの唇が離れ伊都の小さな吐息が漏れる。
吾妻が見上げると伊都は目を閉じたまままつげを震わせている。次にまた訪れるであろう吾妻からのキスを待っているのか。
初めて見るあだやかな伊都の表情にしばらく見惚れていたい吾妻。しかし吾妻からのキスを待っていると思うとその姿が愛おしくついにその柔らかい唇に押し当てた。
ずっとこのままでいたいがこれ以上は自分がなにをしでかすか分からない。暴走を止める自信がまったくない吾妻は、名残惜しそうに伊都の唇を離すと伊都の目をまっすぐ見る。
「伊都……愛している」
伊都の首元に顔を埋めしばらく抱きしめていた。
スキンシップが多いだけかもしれない、戸惑いもあるけれど、嫌ではないからこれまで拒否はしなかった。
けれど、今日はいつもと様子が違うことは伊都にも分かる。
ただそう思っていいのか自信はないけれど。それに水着のせいかもしれない。
戸惑いながらも吾妻の視線から目が離せない。
こんなにも優しく愛おしい人がいるだろうかと、
伊都も抱きつきたくて仕方がない。
「伊都……キスしていいか?」
「…………え?」
一気に緊張して吾妻の目を見つめるしかない伊都。
吾妻は伊都を困らせてしまったと思ったのか寂しく笑うと伊都のおでこにゆっくりと唇を押し当てた。
何秒だっただろう、その間伊都は目を瞑った。
やがておでこから感触がなくなると伊都は目だけを薄く開ける。吾妻の顔は見れない。
「伊都、来年も俺とずっと一緒にいてほしい」
伊都を抱きしめた。
「来年だけじゃない、ずっと伊都のそばにいたい、いさせてくれ」
吾妻の言葉ひとつひとつ、これまでの吾妻のしてくれたことが重なる。
「……僕こそ、来年もよろしく……」
やっと絞り出した言葉は大晦日の挨拶のようになってしまった。うまく言えない。奥から湧きあがるのは代わりの涙。
「伊都、俺は卒業したら伊都と一緒に海外で暮らしたいと思ってる」
黙って俯いている伊都に吾妻は優しく語りかける。
「お互い海外で仕事をすることは人生において有利だ。俺は司法試験に受かってみせる。そうしたら伊都を支えていける、俺となら海外での生活も怖くないだろう? イギリスなら俺の友達が多くいる、だから……きっと……伊都も……」
最後まで言い終える前に、ただ黙っている伊都がまるで拒否しているようで吾妻は絶望感に似た気持ちを覚えた。
吾妻は伊都の身体を離し、伊都の肩に手を置いた。
その時伊都の目からぽろりとひと粒涙がこぼれ落ちる。
吾妻はその涙を見てついに絶望した。
伊都と吾妻の想いは別のものだったのか。
ならば、ついに打ち明けてしまおうか…
守りたいという気持ちの下に隠した伊都への想い。
嫌われるのかもしれないという不安。
伝えたい気持ち。
想い返してほしいという欲望。
「……俺じゃ駄目か?」
吾妻もまた一筋の涙が頬をつたう。
「俺は伊都が好きなんだ……」
ストレートに吾妻は気持ちを伝えた。
「…………嫌なら突き放してほしい」
伊都は下を向いたまま涙が次々に溢れてくる。
「伊都は俺をどう思ってる…………?」
吾妻は伊都の顔を覗き込み、両目を交互に見て伊都の考えてること想ってることを探っている。
吾妻はまるでお母さんに抱きしめてほしがっている子供のようだ。しかし静かに涙を流している伊都をこれ以上見ていられなくなった。伊都は優しい、突き放すなんてことはしたくともできないだろう、いつの間にか強く掴んでいた伊都の肩から手を離した。
「ごめん。やっぱり言わなくていい。そんなの友達に決まってるよな」
吾妻は海の水でゴシゴシと顔を洗った。
「帰ろうか」
下唇を噛んで美しい夕日をもう一度だけ見ると砂浜のほうへゆっくりと歩いていく。
大きな吾妻の背中が遠退いていく。
伊都は想い合っていたと知った。
吾妻はただ優しいだけではなかった、そこにはやはり伊都と同じ種類の特別な想いがあったのだ。
伊都も勇気を出さなければならない。
自分も幼馴染み以上の気持ちを持っていることを伝えなくては…
吾妻は結局離れていく存在だと思っていた。けれど、吾妻は今もまた一緒にいたいと言ってくれている。
まるで自分が逃げているだけじゃないかと、背を向けて砂浜に向かっている吾妻を追いかけた。海の中は陸とは違ってうまく進まない。
「吾妻っ、待って……っ」
水をかき分けようやく吾妻に近づくと振り向いた吾妻の首にしがみついた。
穏やかに押し寄せる波がふたりを密着させる。その波に伊都は背中を押されているように思えた。吾妻に言わなきゃ。
「好きに、決まってる…っ」
吾妻は耳元で小さく囁かれるときつく伊都を抱きしめた。
「伊都……伊都、伊都…………っ」
何度も何度も愛おしい名前を呼びながら。
「吾妻……僕は正直、恥ずかしいけど将来のことは、まだわからない、ごめん。……例えばイギリスで暮らしてホテルで働くことは、きっと僕にも良い経験になるはずなのはわかってる。……でもまだ勇気がない、その勇気を吾妻から貰うこともまた間違ってる……と思うから……」
息が整ってないながらに伊都は精一杯、今の気持ちを伝えた。
「…………わかった」
「吾妻」
「どこに居てもいい。おばさんを支えるという夢を俺も応援させてくれ、それでいい」
「吾妻……」
「これから卒業まで三年、伊都はもっと経営について、リーダーとしての資質を養うことになる、俺も一緒に成長したいんだ」
「一緒に……?」
「あぁ、一緒に」
「うん」
守るとか、見守るとか、世話をする、ではない。
元々ふたりは幼馴染みだ、それは永遠に変わることはない。
たとえ愛し合うふたりになっても、だ。
「幼馴染みのままじゃイヤだからな?」
伊都が耳まで赤くて言った。
「あぁ、今この瞬間から伊都は俺の恋人になった」
眉を下げて笑った吾妻の首に手を添えると吾妻の唇に自分の唇を押し当て、一瞬だけのキスをした。吾妻は驚いて目を丸くしたがすぐに満面の笑みになる。
「もっかい、キスしてお願い」
「やだよ」
恥ずかしくて首にしがみつくと吾妻が伊都の首元にキスを落とした。
「あっ、ちょっと!」
びっくりして顔を起こしてキスされたところを片手で抑えるとニヤリとする吾妻の目と合う。今度は、吾妻は少し下からすくい上げるように伊都の唇を奪った。
しっとりと厚い唇が伊都の唇と擦れる。
伊都は目をつむりそれを受け入れた。
吾妻の肩からするりと落ちそうな伊都の腕を掴み自分の首に再度しがみつかせると、伊都の太ももを後ろから掴み抱き上げ吾妻の腰に絡みつかせる。
「……んっ」
ふたりの唇が離れ伊都の小さな吐息が漏れる。
吾妻が見上げると伊都は目を閉じたまままつげを震わせている。次にまた訪れるであろう吾妻からのキスを待っているのか。
初めて見るあだやかな伊都の表情にしばらく見惚れていたい吾妻。しかし吾妻からのキスを待っていると思うとその姿が愛おしくついにその柔らかい唇に押し当てた。
ずっとこのままでいたいがこれ以上は自分がなにをしでかすか分からない。暴走を止める自信がまったくない吾妻は、名残惜しそうに伊都の唇を離すと伊都の目をまっすぐ見る。
「伊都……愛している」
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