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再会
第五話
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「あづま! これ、一緒にたべよ」
伊都の小さな手にキラキラした包装紙に包まれたチョコレートがたくさん乗っかっている。
「さっきママから貰った、あずまのぶんもあるよ」
伊都の天使のような笑顔。
この笑顔とずっと一緒にいたい。
日本行きの飛行機の中で吾妻は目が覚めた。
夢というより、すごく幸せだった瞬間の記憶。
吾妻の表情は緩む。
吾妻が六歳のころ母親の不倫が発覚し父親は離婚を突きつけた。
理由なんかわからなくても親が仲が悪いことは感じる。母親が出ていったことも。
吾妻は幼稚園が終わると迎えに来た伊都の家の車に一緒に乗る。ほとんどを伊都の家で過ごしていた。今思えば伊都の母親が気を遣ってくれていたことがわかる。
吾妻の古い日本家屋の屋敷とは違い、異国の雰囲気漂う昔の洋館のような屋敷が吾妻には新鮮に映った。
リビングにあるテーブルに伊都の母親が海外出張で買ってくる外国のお菓子がたくさん置いてあり「これ全部食べたらどうなるかな……」なんて冗談言いながらお腹いっぱい食べて後から伊都の母親に怒られたりもした。
伊都の部屋で本を読んだりゲームしたり、小学生に上がってもその関係は続いた。
伊都は母親が居なくて寂しいだろうとずっと一緒にいてくれて吾妻を決して一人にしなかった。
吾妻がなにか噂されるとすぐ相手を探し出して喧嘩しに行ってた。伊都は喧嘩に弱いから最後には吾妻が助ける形になってたけど、吾妻は救われていたんだ。
伊都の母親はリゾートホテルの経営者、日本にいない時は数人の家政婦と常駐している使用人が伊都の世話をしていた。そして父親は日々伊都の家に入り浸る吾妻でさえその気配を感じたことはなかった。
伊都だって多忙を極める両親に、寂しさを抱えていたに違いない。家政婦に少し駄々をこねることはあってもいつも明るく天使のような笑顔を吾妻にくれていた。
お互いを労ることで寂しさを慰め合っていたのかもしれない。
吾妻の父親は当初、吾妻が六歳になったらイギリスの寄宿舎に入れることを考えていた。しかし離婚の直後で吾妻の精神が不安定なところで寄宿舎に入れてしまうことに抵抗を感じ、小学校卒業まで待ちそのあと中学で寄宿舎に入ると決めた。
吾妻は伊都にずっと言えずにいた。言えばきっと伊都は泣くだろう。
イギリスは外国だ、なかなか会える距離じゃない。小学生にとって宇宙と同じくらいに違う遠い世界。
伊都と離れたくなんかない。
しかし伊都と離れたくないという理由だけで、父親が決めたことに反対する立場にまだ居なかったしそれは吾妻も承知していた。
早く大人にならなくては、吾妻はその時思った。
結局伊都には何も言えず日本を発ってしまった。父親から伊都の母親に告げてもらう形で。
イギリスへ行って、伊都との連絡も絶った。
伊都の声や手紙を受け取れば元気が出るかもしれない、けれどその反動で孤独が押し寄せることを知っている。
母親が家庭裁判所で面会を勝ち取り面会したことがあった、その時は会いに来てくれて嬉しかったのに素直になれず別れた後、その辛さに何日も泣いていた。
十二歳で寄宿舎に入った少年にとって、その孤独に再度襲われることがなにより怖かった。
しかしたまに共通の友人を通して日本の話を聞くことがあった。偶然伊都の話が耳に入る。
高校でいじめられて退学したらしい、ということ。詳細を聞こうとするがよく分からないと言われた。
吾妻はすぐに日本にいる父親に連絡をした。
『数カ月ぶりに連絡してきたと思ったら友達のことか』
「伊都はどうなんですか、父さん」
『伊都くんのお母さんの話ではどうやらいじめがあったらしい、本人の意向もあり退学して、家庭教師をつけているということだ』
「退学するほどのいじめって原因はなんだったんだ! 父さんは当時の状況を聞けないのですか!」
吾妻の父親はうーむと唸るとしばらく黙った。そして
『いじめに原因などない。いじめるやつを理解などする気にもならん』
といった。吾妻はこの違和感に気付いた。こう言い留めたということは父親はその理由を知っているが言いたくないということだ。
吾妻は知りたい気持ちをぐっと堪え、父親が言えるだけの情報を聞き出すことにした。
「それで! 伊都は?」
『今後は通信制に通うことが決まっているそうだ、高卒認定があれば大学へも行ける。伊都くんにとっては最善だな』
「伊都は立ち直ろうとしてるんですね」
『伊都くんのお母さんもひとり日本に置いていけないとしばらく仕事を休んでいるそうだ、きっと大丈夫だろう』
「ひとり? こんな状況で伊都のお父さんは?」
『数年前に離婚しているんだよ』
「え?」
吾妻は衝撃を受けた。
まさか…同じ苦しみを味わっていただなんて。
しかも、昔伊都がしてくれたように伊都の傷ついた心により添えないだなんて。
『心配するな。お前がヤキモキしたってどうしようもない』
「父さん、伊都のためになにかしてやってくださいよ!」
『なにかって、私はただ見守るだけだ』
「父さんではあてになりませんね、俺は大学を卒業したら日本に帰ります」
『それは構わないが……』
「そうですか? 分かりました」
吾妻に明確な目標ができた。
大学を卒業して日本に帰る。その頃には成人を超えている、もう自分の人生を思うように生きていい。
伊都のそばにいるという選択ができる。
その後、吾妻はケンブリッジ大学の法学部を三年で卒業した。
そして伊都と同じ大学の法科大学院へ進む。
父親になにも言わせない経歴を作るためだ。
伊都との人生においても伊都に何不自由させないだけの暮らしを自分の手で築きたい。男として、伊都の隣に立ちたくて…。
そう……吾妻は伊都を愛している。
もし伊都にその想いがなくても、最良の友として伊都の人生に寄り添うつもりだ、その覚悟はまだないが…………。
『この飛行機は只今からおよそ二十分で成田国際空港に到着致します。現地の天気は…………』
「もうすぐ会えるんだな、伊都」
吾妻は深呼吸した。
伊都の小さな手にキラキラした包装紙に包まれたチョコレートがたくさん乗っかっている。
「さっきママから貰った、あずまのぶんもあるよ」
伊都の天使のような笑顔。
この笑顔とずっと一緒にいたい。
日本行きの飛行機の中で吾妻は目が覚めた。
夢というより、すごく幸せだった瞬間の記憶。
吾妻の表情は緩む。
吾妻が六歳のころ母親の不倫が発覚し父親は離婚を突きつけた。
理由なんかわからなくても親が仲が悪いことは感じる。母親が出ていったことも。
吾妻は幼稚園が終わると迎えに来た伊都の家の車に一緒に乗る。ほとんどを伊都の家で過ごしていた。今思えば伊都の母親が気を遣ってくれていたことがわかる。
吾妻の古い日本家屋の屋敷とは違い、異国の雰囲気漂う昔の洋館のような屋敷が吾妻には新鮮に映った。
リビングにあるテーブルに伊都の母親が海外出張で買ってくる外国のお菓子がたくさん置いてあり「これ全部食べたらどうなるかな……」なんて冗談言いながらお腹いっぱい食べて後から伊都の母親に怒られたりもした。
伊都の部屋で本を読んだりゲームしたり、小学生に上がってもその関係は続いた。
伊都は母親が居なくて寂しいだろうとずっと一緒にいてくれて吾妻を決して一人にしなかった。
吾妻がなにか噂されるとすぐ相手を探し出して喧嘩しに行ってた。伊都は喧嘩に弱いから最後には吾妻が助ける形になってたけど、吾妻は救われていたんだ。
伊都の母親はリゾートホテルの経営者、日本にいない時は数人の家政婦と常駐している使用人が伊都の世話をしていた。そして父親は日々伊都の家に入り浸る吾妻でさえその気配を感じたことはなかった。
伊都だって多忙を極める両親に、寂しさを抱えていたに違いない。家政婦に少し駄々をこねることはあってもいつも明るく天使のような笑顔を吾妻にくれていた。
お互いを労ることで寂しさを慰め合っていたのかもしれない。
吾妻の父親は当初、吾妻が六歳になったらイギリスの寄宿舎に入れることを考えていた。しかし離婚の直後で吾妻の精神が不安定なところで寄宿舎に入れてしまうことに抵抗を感じ、小学校卒業まで待ちそのあと中学で寄宿舎に入ると決めた。
吾妻は伊都にずっと言えずにいた。言えばきっと伊都は泣くだろう。
イギリスは外国だ、なかなか会える距離じゃない。小学生にとって宇宙と同じくらいに違う遠い世界。
伊都と離れたくなんかない。
しかし伊都と離れたくないという理由だけで、父親が決めたことに反対する立場にまだ居なかったしそれは吾妻も承知していた。
早く大人にならなくては、吾妻はその時思った。
結局伊都には何も言えず日本を発ってしまった。父親から伊都の母親に告げてもらう形で。
イギリスへ行って、伊都との連絡も絶った。
伊都の声や手紙を受け取れば元気が出るかもしれない、けれどその反動で孤独が押し寄せることを知っている。
母親が家庭裁判所で面会を勝ち取り面会したことがあった、その時は会いに来てくれて嬉しかったのに素直になれず別れた後、その辛さに何日も泣いていた。
十二歳で寄宿舎に入った少年にとって、その孤独に再度襲われることがなにより怖かった。
しかしたまに共通の友人を通して日本の話を聞くことがあった。偶然伊都の話が耳に入る。
高校でいじめられて退学したらしい、ということ。詳細を聞こうとするがよく分からないと言われた。
吾妻はすぐに日本にいる父親に連絡をした。
『数カ月ぶりに連絡してきたと思ったら友達のことか』
「伊都はどうなんですか、父さん」
『伊都くんのお母さんの話ではどうやらいじめがあったらしい、本人の意向もあり退学して、家庭教師をつけているということだ』
「退学するほどのいじめって原因はなんだったんだ! 父さんは当時の状況を聞けないのですか!」
吾妻の父親はうーむと唸るとしばらく黙った。そして
『いじめに原因などない。いじめるやつを理解などする気にもならん』
といった。吾妻はこの違和感に気付いた。こう言い留めたということは父親はその理由を知っているが言いたくないということだ。
吾妻は知りたい気持ちをぐっと堪え、父親が言えるだけの情報を聞き出すことにした。
「それで! 伊都は?」
『今後は通信制に通うことが決まっているそうだ、高卒認定があれば大学へも行ける。伊都くんにとっては最善だな』
「伊都は立ち直ろうとしてるんですね」
『伊都くんのお母さんもひとり日本に置いていけないとしばらく仕事を休んでいるそうだ、きっと大丈夫だろう』
「ひとり? こんな状況で伊都のお父さんは?」
『数年前に離婚しているんだよ』
「え?」
吾妻は衝撃を受けた。
まさか…同じ苦しみを味わっていただなんて。
しかも、昔伊都がしてくれたように伊都の傷ついた心により添えないだなんて。
『心配するな。お前がヤキモキしたってどうしようもない』
「父さん、伊都のためになにかしてやってくださいよ!」
『なにかって、私はただ見守るだけだ』
「父さんではあてになりませんね、俺は大学を卒業したら日本に帰ります」
『それは構わないが……』
「そうですか? 分かりました」
吾妻に明確な目標ができた。
大学を卒業して日本に帰る。その頃には成人を超えている、もう自分の人生を思うように生きていい。
伊都のそばにいるという選択ができる。
その後、吾妻はケンブリッジ大学の法学部を三年で卒業した。
そして伊都と同じ大学の法科大学院へ進む。
父親になにも言わせない経歴を作るためだ。
伊都との人生においても伊都に何不自由させないだけの暮らしを自分の手で築きたい。男として、伊都の隣に立ちたくて…。
そう……吾妻は伊都を愛している。
もし伊都にその想いがなくても、最良の友として伊都の人生に寄り添うつもりだ、その覚悟はまだないが…………。
『この飛行機は只今からおよそ二十分で成田国際空港に到着致します。現地の天気は…………』
「もうすぐ会えるんだな、伊都」
吾妻は深呼吸した。
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