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第二章
第十四話 愛とは
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「……うん、そうなんだ。またの機会にね!」
三紀彦は通話しながら何度か電話相手に頭を下げた。通話を終えて一息つくと、ちょうどそこへ店員がやってきた。
「こちら、当店の特製お祭りもんじゃです!」
「うわ! すごい!」
どんとテーブルに置かれたのは、山のように具材が乗せられた大きなどんぶりだ。キャベツなどの野菜の上に豚肉や天かすが君臨している。
「こちらは、豚玉ですね」
次にはテーブルの真ん中にある鉄板に調理されたお好み焼きが乗せられた。ソースがたっぷりとかけられ、真ん中で鰹節が踊っている。店員がソースなどの説明をしているが、ソースの香ばしい美味しそうな香りに夢中になっているうちに店員が去っていった。
すると三紀彦はオフホワイトのニットを意気揚々と腕まくりし、どんぶりを掴んだ。
「僕がやるね!」
三紀彦は嬉しそうに器用に丼を傾けて具材を鉄板に乗せた。
そう。二人は、三紀彦の聞きまわりによって東京の下町のもんじゃ焼き屋にたどり着いていたのだった。
「キャンセルしたのか?」
「あ、うん。いつも予約なんてしないで行ってるところなんだけど、今夜は行くって伝えていたから」
「店を予約していたのなら先約があったのでは? 大丈夫なのか?」
「平気だってば、本当にひとりで食べに行くだけだったから」
「元親、じゃないのか?」
「へ?」
三紀彦は変な声を発して驚いていた。
「違うんだな?」
「幼馴染のこと? よく覚えているね。あいつには婚約者がいてその人に夢中なんだよ」
言わなかったっけと戸惑いの表情を向けた。そう言っていたのは覚えている。ホテルで再会したときに、確かに元親の隣に若いオメガがいた。
「二か月後には結婚式を挙げるんだ。それはそれはかわいいオメガと。……運命なんだってさ」
止めていた手を再び動かすと、これまた器用な手つきでもんじゃ焼きが混ざり合っていく。
「ルーカスはもんじゃ、初めてじゃなさそう」
「え? あぁ……、何度かあるよ」
「だね、このビジュアルに驚かないもんね」
形を整えてから鉄板の端にへらを置くと、グツグツと煮詰まれるもんじゃをじっと見つめた。そして三紀彦はまた神妙な顔つきになっていった。
「……結婚願望なんてまるで無かったんだよ」
寂しそうにもみえる三紀彦を、ルーカスはじっと見つめた。
「元親はすっかり収まるべきところへ、……収まっちまった。運命に出会うとそうなんだろうか」
「君は片思いしていたのかな」
「へ? 誰に」
「違うのか?」
「……あり得ない」
「私にはそう聞こえるよ、寂しさが滲んで見える」
「僕は、……かわいいのはタイプじゃないんだ」
そう伏目がちに、まつ毛が揺れた。
──そうか、三紀彦は自覚していないんだな。
「違うよ。その幼馴染にさ」
そうルーカスが代弁してやると、三紀彦はゆっくりと顔を上げた。そして「まさか」と呆れ笑ったがその目には動揺が滲んでいる。
「自身で気が付かないこともある」
「違う、絶対、……元親はアルファだぞ」
「そうだ、君もアルファだ」
「あぁ。そうだ、だからありえない!」
そう語気を強めた三紀彦は再びへらを持ち上げ、もんじゃを混ぜた。そして「できたよ」と一段と小さなへらをルーカスに手渡した。
「ルーカスには結婚願望はある?」
「いや。結婚制度に興味はない。そもそもアルファの世界では結婚制度は無いに等しい。少なくともアメリカではそうだ」
アルファの世界では婚姻関係というよりは、弁護士を介して結婚契約を結ぶケースが圧倒的だ。
「ふうん。そうか」
「君の幼馴染はベータが作った結婚制度に興味があるらしいな。しかし運命だというのなら、二度と離れないように番いにはなりたいかな」
「へぇ……ルーカスってば意外とロマンチストなんだね」
「三紀彦は違うのか? 運命を信じているのでは?」
「どうだか」
三紀彦はぱくりとお好み焼きを大きな口で頬張った。口の端にソースがとろりと残って、それを小さく舌先で舐めとった。
「そもそも恋愛をよく思ってない。どうせ独り相撲だろ」
「私も、誰かと語りあえる程の恋愛はして来なかったよ」
「へぇ、あ、仕事が忙しいのか」
「それもある。年々機密情報を抱え過ぎて、身を晒せなくなっている」
「恋愛は暇な奴がするもんさ、逃げ道にすぎない」
確かに仕事に集中すればするほどに恋愛は面倒なものに感じる。でもこれはきっと運命に出会っていないからだとも言えた。常に何か、喉の渇きに似た焦燥感が存在していた。
「愛は寛大で懇親的だというけれど、愛ほど利己的なものはないだろう?」
三紀彦のいうことも、もっともだった。
「戦場に赴く兵士たちには既婚者が多い」
「そう言えば、ルーカスは軍人なんだよね。ホテルで会ったとき、制服を着ていた」
「あぁ、陸軍に所属している」
「それで? 兵士には既婚者が多いの?」
三紀彦は頬杖をついてこちらに耳を傾ける。博物館のカフェでの夕日に包まれたあの時間を彷彿とさせた。
「兵士たちには任務を遂行する義務があるが、もうひとつ生きて帰還するという大切な事項がある。上官は華々しく戦場に散る兵士を称えるが、私はそれを許していない」
「うん」
「必ず生きて帰ってくること。それには愛するものの存在が必要なのだ」
「それも利己的ってこと?」
「あぁ、帰還し、祖国の家族の元へ生きて帰るために、どんなことも惜しまない。惜しませない。自己の欲だと言われてもそれも、それは愛と言えるだろう」
「なるほどね」
「それに任務遂行の成功度を高める鍵にもなる」
「愛ってなんだと思う?」
追加した明太子もんじゃまでも平らげて、三紀彦はお腹をさすって背もたれに寄りかかった。
「アルファにそんなもの信じさせるのは難しいよね」
諦めたように笑う三紀彦に、ルーカスは顎に手を当てて考えた。
ルーカスは、三紀彦に会いたくて日本までやってきた。アルファがアルファを好きになるなんてことが果たしてあるのだろうかとそれを確かめにきた。自身の感情であるはずなのに、どうも掴めない。
それは三紀彦が彼の幼馴染に片思いしていたということに気づいていないということからして、恋愛において、自身では気づきにくいという事象も起こりえるのかもしれないと少し納得する部分があった。
三紀彦を見つめると、三紀彦と目が合った。
どこからどう見てもアルファのそれだ。
柔らかな陽だまりのようなフェロモンを出す、異質なアルファであるが。
「そうだな……」
三紀彦を見つめながら、ルーカスは答えた。
三紀彦は通話しながら何度か電話相手に頭を下げた。通話を終えて一息つくと、ちょうどそこへ店員がやってきた。
「こちら、当店の特製お祭りもんじゃです!」
「うわ! すごい!」
どんとテーブルに置かれたのは、山のように具材が乗せられた大きなどんぶりだ。キャベツなどの野菜の上に豚肉や天かすが君臨している。
「こちらは、豚玉ですね」
次にはテーブルの真ん中にある鉄板に調理されたお好み焼きが乗せられた。ソースがたっぷりとかけられ、真ん中で鰹節が踊っている。店員がソースなどの説明をしているが、ソースの香ばしい美味しそうな香りに夢中になっているうちに店員が去っていった。
すると三紀彦はオフホワイトのニットを意気揚々と腕まくりし、どんぶりを掴んだ。
「僕がやるね!」
三紀彦は嬉しそうに器用に丼を傾けて具材を鉄板に乗せた。
そう。二人は、三紀彦の聞きまわりによって東京の下町のもんじゃ焼き屋にたどり着いていたのだった。
「キャンセルしたのか?」
「あ、うん。いつも予約なんてしないで行ってるところなんだけど、今夜は行くって伝えていたから」
「店を予約していたのなら先約があったのでは? 大丈夫なのか?」
「平気だってば、本当にひとりで食べに行くだけだったから」
「元親、じゃないのか?」
「へ?」
三紀彦は変な声を発して驚いていた。
「違うんだな?」
「幼馴染のこと? よく覚えているね。あいつには婚約者がいてその人に夢中なんだよ」
言わなかったっけと戸惑いの表情を向けた。そう言っていたのは覚えている。ホテルで再会したときに、確かに元親の隣に若いオメガがいた。
「二か月後には結婚式を挙げるんだ。それはそれはかわいいオメガと。……運命なんだってさ」
止めていた手を再び動かすと、これまた器用な手つきでもんじゃ焼きが混ざり合っていく。
「ルーカスはもんじゃ、初めてじゃなさそう」
「え? あぁ……、何度かあるよ」
「だね、このビジュアルに驚かないもんね」
形を整えてから鉄板の端にへらを置くと、グツグツと煮詰まれるもんじゃをじっと見つめた。そして三紀彦はまた神妙な顔つきになっていった。
「……結婚願望なんてまるで無かったんだよ」
寂しそうにもみえる三紀彦を、ルーカスはじっと見つめた。
「元親はすっかり収まるべきところへ、……収まっちまった。運命に出会うとそうなんだろうか」
「君は片思いしていたのかな」
「へ? 誰に」
「違うのか?」
「……あり得ない」
「私にはそう聞こえるよ、寂しさが滲んで見える」
「僕は、……かわいいのはタイプじゃないんだ」
そう伏目がちに、まつ毛が揺れた。
──そうか、三紀彦は自覚していないんだな。
「違うよ。その幼馴染にさ」
そうルーカスが代弁してやると、三紀彦はゆっくりと顔を上げた。そして「まさか」と呆れ笑ったがその目には動揺が滲んでいる。
「自身で気が付かないこともある」
「違う、絶対、……元親はアルファだぞ」
「そうだ、君もアルファだ」
「あぁ。そうだ、だからありえない!」
そう語気を強めた三紀彦は再びへらを持ち上げ、もんじゃを混ぜた。そして「できたよ」と一段と小さなへらをルーカスに手渡した。
「ルーカスには結婚願望はある?」
「いや。結婚制度に興味はない。そもそもアルファの世界では結婚制度は無いに等しい。少なくともアメリカではそうだ」
アルファの世界では婚姻関係というよりは、弁護士を介して結婚契約を結ぶケースが圧倒的だ。
「ふうん。そうか」
「君の幼馴染はベータが作った結婚制度に興味があるらしいな。しかし運命だというのなら、二度と離れないように番いにはなりたいかな」
「へぇ……ルーカスってば意外とロマンチストなんだね」
「三紀彦は違うのか? 運命を信じているのでは?」
「どうだか」
三紀彦はぱくりとお好み焼きを大きな口で頬張った。口の端にソースがとろりと残って、それを小さく舌先で舐めとった。
「そもそも恋愛をよく思ってない。どうせ独り相撲だろ」
「私も、誰かと語りあえる程の恋愛はして来なかったよ」
「へぇ、あ、仕事が忙しいのか」
「それもある。年々機密情報を抱え過ぎて、身を晒せなくなっている」
「恋愛は暇な奴がするもんさ、逃げ道にすぎない」
確かに仕事に集中すればするほどに恋愛は面倒なものに感じる。でもこれはきっと運命に出会っていないからだとも言えた。常に何か、喉の渇きに似た焦燥感が存在していた。
「愛は寛大で懇親的だというけれど、愛ほど利己的なものはないだろう?」
三紀彦のいうことも、もっともだった。
「戦場に赴く兵士たちには既婚者が多い」
「そう言えば、ルーカスは軍人なんだよね。ホテルで会ったとき、制服を着ていた」
「あぁ、陸軍に所属している」
「それで? 兵士には既婚者が多いの?」
三紀彦は頬杖をついてこちらに耳を傾ける。博物館のカフェでの夕日に包まれたあの時間を彷彿とさせた。
「兵士たちには任務を遂行する義務があるが、もうひとつ生きて帰還するという大切な事項がある。上官は華々しく戦場に散る兵士を称えるが、私はそれを許していない」
「うん」
「必ず生きて帰ってくること。それには愛するものの存在が必要なのだ」
「それも利己的ってこと?」
「あぁ、帰還し、祖国の家族の元へ生きて帰るために、どんなことも惜しまない。惜しませない。自己の欲だと言われてもそれも、それは愛と言えるだろう」
「なるほどね」
「それに任務遂行の成功度を高める鍵にもなる」
「愛ってなんだと思う?」
追加した明太子もんじゃまでも平らげて、三紀彦はお腹をさすって背もたれに寄りかかった。
「アルファにそんなもの信じさせるのは難しいよね」
諦めたように笑う三紀彦に、ルーカスは顎に手を当てて考えた。
ルーカスは、三紀彦に会いたくて日本までやってきた。アルファがアルファを好きになるなんてことが果たしてあるのだろうかとそれを確かめにきた。自身の感情であるはずなのに、どうも掴めない。
それは三紀彦が彼の幼馴染に片思いしていたということに気づいていないということからして、恋愛において、自身では気づきにくいという事象も起こりえるのかもしれないと少し納得する部分があった。
三紀彦を見つめると、三紀彦と目が合った。
どこからどう見てもアルファのそれだ。
柔らかな陽だまりのようなフェロモンを出す、異質なアルファであるが。
「そうだな……」
三紀彦を見つめながら、ルーカスは答えた。
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