最後の恋煩い

Gemini

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第二章

第十三話 東京

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「こちらでよろしいのでしょうか」
「あぁ、合っている」

 外務省との会合の帰り、オリバーの運転で東京の道路を走る。東京タワーを横目に三紀彦の勤め先へ向かっているのだ。

 ルーカスは本国へ戻るとすぐ自身で調査会社に頼み三紀彦を調査した。日本人であることと医師であること、アルファの家系であることですぐに居所は分かった。
 調べていく中で日本にアルファの家系は多くないことを知った。こう考えてみると三紀彦に出会ったあの日、あれは確かに一日の出来事であったが、三紀彦は実に多くのことをルーカスに話してくれたと思った。

 それに翌日大使との会談の後、偶然にもそのホテルで再会したとき、彼はオメガの総統と同じテーブルに着いていた。それなりの社会的地位にいないと叶うわけがないだろう。
 オメガの総統と会えたのは驚きだった。アルファとオメガの世界はある時を堺に完全に分離してしまった。それからは特権階級のアルファとオメガの政略結婚でもない限り、オメガとの接触はない。

 それにしても、とルーカスは車窓を見つめる。

 日本大使館に迎えに来た元親という幼馴染アルファも、財閥だということが三紀彦を調べていくうちに分かった。しかも祖父の正親は、ベルギーで行われる三極委員会の前身である日米欧委員会の創立メンバーだったのだ。
 三極委員会とは、世界の政財界、学会の代表者らを集め、世界の動向を決める会議だ。
 その事実を知ってルーカスは手が震えた。

 さらにアルファの世界にはビルダー会議というものがある。アルファ貴族のトップ数人で行われるもので、そこでなにを話し合われているのかは極秘となっているが、そこでの決めごとが三極委員会に下されることになっている。

 そこに何年かに一度オメガの総統が列席するという噂があるのだ。もちろんルーカスではその情報は噂程度にしか得られていない。
 しかし先日ホテルで伏見氏に会った時、ベルギーで父に会ったと話していた。ルーカスの父は謁見出来ているかもしれないが、それを口にすることは憚られる。

 そのような存在である伏見氏と同卓にいた三紀彦。どんな男か、ますます興味を惹かれたのだった。





「大佐、出てきました」

 病院の裏口に注視していたオリバーが運転席から小さな声で発した。腕時計を見ると二十時を過ぎたところ。男女数名が出てきたのだった。

「同僚でしょうか、あ、居ました」

 オリバーは潜入調査さながらターゲットである三紀彦の姿を見つけた。その集団の一番最後に三紀彦が居たのだ。グレンチェックのロングコートにオフホワイトのタートルネックで現れた三紀彦に、ルーカスは思わず息を飲んだ。トルコで出会った時とは違って洗練された都会の男のようだった。

 一か月ほどの再会だった。

 ルーカスはいても立っても居られず後部座席から出ると、三紀彦に駆け寄った。三紀彦は同僚たちに手を振って皆とは逆の方へと歩いていこうとしている。ルーカスははやる気持ちを抑えつつ三紀彦を呼び止めた。

「三紀彦!」

 途端に、三紀彦の身体がぴくんと弾け直ぐにこちらを振り向いた。驚きの顔を隠さない三紀彦に、ルーカスは微笑を浮かべるしかなかった。

「えっ、本物?!」

 三紀彦の第一声はそれだった。

「どうして……」

 それはそうだろう、ルーカスが日本に居てしかも自分の職場に現れたのだから。しかし三紀彦は一旦開いたままの口を閉めゴクリと飲み込むと笑顔を寄越した。それはトルコで何度となく見た三紀彦の笑顔だった。

「僕に会いに来たってことでいい?」
「え……っ」
「じゃあ付いてきて」

 ニコリと笑うと歩き出した。

「待て!」
「ん?」

 話がとんとん拍子にいってしまい戸惑うばかりだが、オリバーがいることを思い出してルーカスは一度車に戻ってオリバーを駐屯地へと返した。







 東京の街を三紀彦と歩いているのは不思議な気分だった。街はクリスマスイルミネーションできらびやかで、まるでデートのようだ。……が三紀彦はコートに手を突っ込んでスタスタと前を行く。
 そういえばギョベクリテペでもそうだった。三紀彦はいつもルーカスの先を行く。怖いもの知らずの冒険家のごとく、それはまるで風を切ってゆく勇者のようだった。

 この一ヶ月、三紀彦との時間を思い出さない日はなかった。その人物が目の前にいるという事実になんだかふわふわした気持ちになっていることに自身驚いていた。
 久しぶりの訪日ではあるが、東京であれば地下鉄を除けば地理は頭に入っている。異国の地という非日常空間に身を置いているからそのような考えに至っているとは、考えにくい。
 しかし、三紀彦の後ろ姿を見つめながら、心が温まるような安心感に似た想いが湧き上がる。三紀彦のオフホワイトのタートルネックの中をつい想像してしまうのを、軽く頭を振って振り払った。

「今夜はステーキにしようと思って鉄板焼きレストランを予約していたんだ。それでいい?」

 ということは、誰かとの先約があるということだろうか。それなら邪魔をしてはいけない。ルーカスが遠慮しようとすると三紀彦はすぐに付け加えた。

「元よりひとりごはんだから、気にしないで。ここからすぐなんだ、あのビル」

 そう言って先を指さした。

「ひとり増えること連絡しといた方がいいかな」

 三紀彦はスマホを取り出した。店に連絡するらしい。しかし何か考えはじめて、なかなか電話をかけようとしない。視線は宙を泳がせている。思わずルーカスは構えた。こんな時、三紀彦はとんでもないことを言うんだ。

「ねぇ、考えてもみてよ。日本に来てアメリカンなのおかしいよね?」

 やはり、とルーカスはほくそ笑んだ。

「日本に来たんなら日本食にしないとさ」

 ルーカスは大笑いしてしまいたかった。自分の期待通りの発言をしてくれた三紀彦を目を細めて眺めていると、三紀彦が気がついて口を尖らせた。

「……なんだよ」
「私はどんなものでも大丈夫だよ」
「オッケー。んー、……じゃあ誰かに聞いてみるってのはどう? オススメを聞いて回ろうよ!」
「は……?」

 ──その手法は母国でも行われていたのか! 

 ルーカスは想像の何手先にもいる三紀彦に、目を白黒させるしか無かった。期待通りだなんて喜んでいる場合ではなかった。予想外のことを言う三紀彦に、ルーカスはもっと興味を惹かれていった。






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