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第一章
第二話 チョコレート
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三紀彦のトルコに来た一番の目的は、世界最古のギョベクリテペ遺跡をこの目で見ることだ。
トルコ南東部アナトリアに位置する大規模な遺跡で、メソポタミア文明より七千年も古い文明であることが判明して世界に衝撃を与えた。
世界遺産にも登録されているが、三紀彦はいつか訪れたいとずっと思っていた。念願叶ってイスタンブールからバスを乗り継いで二時間。ようやくアナトリアへ到着した。
さぁ、いよいよ冒険だとバスを降りたところで、三紀彦の腹の虫がぐーっと盛大に鳴ってしまった。そういえばと時計を見るとまもなく正午を指そうというところ。腹を擦りながら辺りを見回した。
「腹ごしらえはとりあえずチェックインをしてからだな」
イスタンブールに着いたのは昨日。市内の大きなホテルにチェックインし、そこで荷ほどきをして一泊。翌朝小さな荷物以外はその部屋に残して、アナトリアへやってきた。
ここではニ泊予約を取っている。日帰りもできるそうだが、ロマン溢れるギョベクリテペ遺跡を堪能するにはニ日は必要と考えからだ。ホテルに向かうとまだ部屋には入ることが出来ないと言われ、荷物だけ預けるとメインストリートへやってきた。
三紀彦はあたりを一周見渡し、レストランではなくひとつ路地を入った商店へ向かう。店内に入ると中年の女性店主が「いらっしゃい」とこちらを一瞥した。
店内は日本でいうコンビニのようなものでお菓子や日用品、飲料などがところ狭しと並んでいる。お土産などは無く三紀彦は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると、レジへ向かった。
レジには会計をしている客がいて、その客の後ろに並んだ。ふと前を見ると客越しにレジ横の籠が目に入った。籠の中にはチョコレートらしきものが沢山入っている。英語でもドイツ語でもない表記にチョコレートらしいということしか分からない。トルコ語なんだろう。
目の前の客が退いて一歩前に進むと、三紀彦はさきほどの籠へ指をさして店主に話しかけた。
「すみません、これもください」
「えぇ、どうぞ」
「この前買ったら美味しくって。今日は十個ください」
そんなのは大嘘だ、さっき到着したばかりなのだから。しかし三紀彦は、得意の営業スマイルを貼り付けて女性に笑いかけた。店主は少し驚いて瞬きを数回繰り返して三紀彦を見る。
「十個? そんなに買うのかい?」
「僕のお気に入りなんだ」
再度ニッコリすると店主は表情を崩し紙袋を用意すると「十個ですね」と数えながら入れていく。
「ここいらの子供みたいなことを言いますねぇ、いっぺんに食べちゃいけませんよ?」
「その自信はない。きっと明日にはないかもしれない!」
大げさに三紀彦が首をすくめてみせると、店主はアハハと声を上げた。
「甘いのが好きなんですかい?」
「ええ、それにトルコ料理も大好きです!」
「じゃあ、あそこの店には行きましたかい?」
「あっ! あの通りの店ですか?」
三紀彦は知った口で外を適当に指差す。すると店主は「いやいや」と煙たそうに手を振ってそれを否定した。
「そんな観光客が行くところじゃなくって、橋のところのさ。あそこは地元の人間っきゃ行かないところなんです」
「わぁ! そこ気になるな! 早速今から行ってみるよ、お腹ペコペコなんだ。橋ってここの先だったかな」
三紀彦が好奇心たっぷりに店の聞き込みをしていると後ろから突然声がかかった。
「その先を右だよ、若いの」
声の方を振り返ると老人男性が居た。
話は勝手に繋がっていき、後ろからも話しかけられたのだった。老人は入り口から入ってきて店主に片手を上げて挨拶をしている。常連のようだ。
「こっちのマントゥは食べたかい?」
「いいえ!」
「あの店はわしのカミさんの作ったのとおんなじ味がする。マントゥはトルコの家庭料理だが、地域で味が少し違う。あの店のマントゥはここらで一番うまい。外人さんにもおすすめだ」
そう話しながら老人は慣れた手つきで棚からビスケットの箱を引き出すと、その箱をレジ台に置いた。
「マントゥですね、よし、覚えた! 今から行ってみます! 貴重な情報をありがとう! いい思い出ができたなぁ」
「まだ、食べてもいないのに、変なことを言うね」
「あなたたちに出会えたことが思い出ですよ、親切にしてくれて嬉しいんです」
そう答えると、ゆっくりな動きながら次から次へ品々をレジ台に置く老人の手が止まった。そして三紀彦に視線をやった。
「あんた、日本人かい」
「えぇ、そうです、どうしてわかったんです?」
「礼儀正しいアジア人は日本人の証だ、日本人はみな優しい。ここらの人間は日本人が好きなんだ。日本人はシャイって聞くからあんたはちと例外なんだろうがね」
「えぇ、僕は特殊です。でもそう言ってもらえて誇らしい気持ちになりました。ありがとう」
店主も最初こそ不思議そうな目で見ていたが、三紀彦の営業スマイルは万国共通のようで一瞬で打ち解けている。
過去にここを訪れた先人たちが礼儀正しかったからこそ、日本人が好きだと言って三紀彦にも親切にしてくれる。この連鎖が、何よりの外交だな、なんて思いながら紙袋を受け取ると、「良い旅を」と店主と老人に見送られて笑顔で三紀彦は店を出た。
トルコ南東部アナトリアに位置する大規模な遺跡で、メソポタミア文明より七千年も古い文明であることが判明して世界に衝撃を与えた。
世界遺産にも登録されているが、三紀彦はいつか訪れたいとずっと思っていた。念願叶ってイスタンブールからバスを乗り継いで二時間。ようやくアナトリアへ到着した。
さぁ、いよいよ冒険だとバスを降りたところで、三紀彦の腹の虫がぐーっと盛大に鳴ってしまった。そういえばと時計を見るとまもなく正午を指そうというところ。腹を擦りながら辺りを見回した。
「腹ごしらえはとりあえずチェックインをしてからだな」
イスタンブールに着いたのは昨日。市内の大きなホテルにチェックインし、そこで荷ほどきをして一泊。翌朝小さな荷物以外はその部屋に残して、アナトリアへやってきた。
ここではニ泊予約を取っている。日帰りもできるそうだが、ロマン溢れるギョベクリテペ遺跡を堪能するにはニ日は必要と考えからだ。ホテルに向かうとまだ部屋には入ることが出来ないと言われ、荷物だけ預けるとメインストリートへやってきた。
三紀彦はあたりを一周見渡し、レストランではなくひとつ路地を入った商店へ向かう。店内に入ると中年の女性店主が「いらっしゃい」とこちらを一瞥した。
店内は日本でいうコンビニのようなものでお菓子や日用品、飲料などがところ狭しと並んでいる。お土産などは無く三紀彦は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると、レジへ向かった。
レジには会計をしている客がいて、その客の後ろに並んだ。ふと前を見ると客越しにレジ横の籠が目に入った。籠の中にはチョコレートらしきものが沢山入っている。英語でもドイツ語でもない表記にチョコレートらしいということしか分からない。トルコ語なんだろう。
目の前の客が退いて一歩前に進むと、三紀彦はさきほどの籠へ指をさして店主に話しかけた。
「すみません、これもください」
「えぇ、どうぞ」
「この前買ったら美味しくって。今日は十個ください」
そんなのは大嘘だ、さっき到着したばかりなのだから。しかし三紀彦は、得意の営業スマイルを貼り付けて女性に笑いかけた。店主は少し驚いて瞬きを数回繰り返して三紀彦を見る。
「十個? そんなに買うのかい?」
「僕のお気に入りなんだ」
再度ニッコリすると店主は表情を崩し紙袋を用意すると「十個ですね」と数えながら入れていく。
「ここいらの子供みたいなことを言いますねぇ、いっぺんに食べちゃいけませんよ?」
「その自信はない。きっと明日にはないかもしれない!」
大げさに三紀彦が首をすくめてみせると、店主はアハハと声を上げた。
「甘いのが好きなんですかい?」
「ええ、それにトルコ料理も大好きです!」
「じゃあ、あそこの店には行きましたかい?」
「あっ! あの通りの店ですか?」
三紀彦は知った口で外を適当に指差す。すると店主は「いやいや」と煙たそうに手を振ってそれを否定した。
「そんな観光客が行くところじゃなくって、橋のところのさ。あそこは地元の人間っきゃ行かないところなんです」
「わぁ! そこ気になるな! 早速今から行ってみるよ、お腹ペコペコなんだ。橋ってここの先だったかな」
三紀彦が好奇心たっぷりに店の聞き込みをしていると後ろから突然声がかかった。
「その先を右だよ、若いの」
声の方を振り返ると老人男性が居た。
話は勝手に繋がっていき、後ろからも話しかけられたのだった。老人は入り口から入ってきて店主に片手を上げて挨拶をしている。常連のようだ。
「こっちのマントゥは食べたかい?」
「いいえ!」
「あの店はわしのカミさんの作ったのとおんなじ味がする。マントゥはトルコの家庭料理だが、地域で味が少し違う。あの店のマントゥはここらで一番うまい。外人さんにもおすすめだ」
そう話しながら老人は慣れた手つきで棚からビスケットの箱を引き出すと、その箱をレジ台に置いた。
「マントゥですね、よし、覚えた! 今から行ってみます! 貴重な情報をありがとう! いい思い出ができたなぁ」
「まだ、食べてもいないのに、変なことを言うね」
「あなたたちに出会えたことが思い出ですよ、親切にしてくれて嬉しいんです」
そう答えると、ゆっくりな動きながら次から次へ品々をレジ台に置く老人の手が止まった。そして三紀彦に視線をやった。
「あんた、日本人かい」
「えぇ、そうです、どうしてわかったんです?」
「礼儀正しいアジア人は日本人の証だ、日本人はみな優しい。ここらの人間は日本人が好きなんだ。日本人はシャイって聞くからあんたはちと例外なんだろうがね」
「えぇ、僕は特殊です。でもそう言ってもらえて誇らしい気持ちになりました。ありがとう」
店主も最初こそ不思議そうな目で見ていたが、三紀彦の営業スマイルは万国共通のようで一瞬で打ち解けている。
過去にここを訪れた先人たちが礼儀正しかったからこそ、日本人が好きだと言って三紀彦にも親切にしてくれる。この連鎖が、何よりの外交だな、なんて思いながら紙袋を受け取ると、「良い旅を」と店主と老人に見送られて笑顔で三紀彦は店を出た。
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