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番外編
ある日のアルファの嫉妬 前編
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「お疲れさま。雪くん」
ヘアメイクアーティストの波野さんがプロデュースするメンズコスメが、いよいよ発売されることになった。俺はそのパンフレットとCM撮影のためにスタジオに来ている。CMと言っても前回同様俺の顔は出ない。広告として成立しているのかと思うのだが、それでも良いというのだから俺はすっかり諦めて今日の撮影を終えた。
控室で帰りの支度をしているところ、波野さんがやってきた。俺は控室のドアを開け、波野さんを迎え入れた。
「お疲れさまです」
「遅くまでありがとうね、須賀さん怒ってない? なにか言われたら私からちゃんと説明するから言ってよ?」
「あはは! 大丈夫ですよ。須賀さん子供じゃないんですから。ちゃんと連絡もしていますし」
「そうなんだけど、須賀さんは雪くんとなると見境ないっていうか」
「ふふ」
俺に対して須賀の束縛が過ぎると周りは言う。本当によく言われるんだ。でも俺はあまりそうは感じていない。αとしての束縛というより、須賀は心配性なんだろうなと思っている。
波野さんの仕事を積極的にしていることも須賀は受け入れてくれているし、今夜のような残業にも了承している。
俺が現在独り暮らしをしていることも了承してくれてるんだ、だから束縛なんてことはない。それが証明してくれているだろう。
俺も俺で須賀に構われていることに幸せを感じている部分がある。無関心でいられることよりいい。
何より須賀のΩでいることの自信を貰えるんだ。
二人声を合わせて笑っていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
返事をするとカチャッとドアが開いた。そこからかわいらしい顔がひょこっと横から覗いたのだった。いったい誰だろう。まるで心当たりのない顔に、俺は首を傾げた。
「あぁ、入って」
考えていると波野さんがその人を中に招いたのだ。波野さんの新しい付き人だろうか。背がすらっと高く、かわいい女性だ。
「雪くん、紹介だけしておくわ。新人の愛斗くん」
「新人?」
──愛斗くん、……て男の子なの?
「うちの事務所に入ったの」
「宜しくお願いします!!」
愛斗くんはキラキラという音が聞こえてきそうな満面の笑みを浮かべた。かわいいという形容詞以外に見つからない。
それに、愛斗くんの首にはチョーカーがあった。彼はΩだ。俺がチョーカーを見たのを意識してか、愛斗くんは自分のチョーカーを見せるようにマフラーを完全に取った。
「……長谷川です。よろしくお願いします」
「愛斗くん、帰り途中まで送るから車を用意してくるね、ここで少し待っていて」
「はいっ! ありがとうございます」
愛斗くんは波野さんを見送ると控室の椅子に躊躇なく座った。
「センパイも座ってください」
「あ、はい」
──ここは俺の控室なんだけど、なんだろう。このパワーバランスは。
それに先程から何やら重たい圧をかけられている。
「先輩は波野さんの事務所の専属じゃないって聞きましたけど」
「はい。個人で管理しています」
「へぇ、そっか、そうしたら他の仕事も出来ますしね」
「いえ、仕事は波野さんの仕事しか請け負ってません」
「そうなんですか? へえ。あ、敬語止めてくださいよ、僕後輩なんで」
俺は愛斗くんのまだ幼さが残る笑顔に癒やされながら、彼の名前の通り愛され満たされているという雰囲気に飲まれそうになる。初対面でこんなにフランクに話をしてくることに躊躇いつつ、つい首元に手を当てていた。
「長谷川センパイ、気分でも悪いんですか? もしかしてヒートが近いとか?」
「え?」
いきなりヒートという言葉が出て愛斗くんを見た。愛斗くんもびっくりしている。
「どうしたんです?」
「ヒート、だなんて、」
「僕もそろそろだから」
愛斗くんは屈託なくそれを口にした。Ωの同士というのはこういうのは会話のひとつなのだろうか。
「センパイ?」
「えっ、あ、いや、寝不足かなぁ……?」
「センパイ、聞いても良いですか?」
「ん?」
「センパイには、ヒートのときの相手はいるんですか?」
「と……唐突だなぁ」
「すみません」
「……」
「教えてはくれないですか?」
「……というか、こういうプライベートなことは、聞かれたくないっていうか」
「えぇ?……プライベート?」
「誰だって相手の話はしたくないだろう?」
「高校のときはみんな次のヒートにお願いするαを予約したり仲間にお願いしたりしてたから、話さないっていうのがよく分からない……」
「えぇ?!」
──相手してもらうαを探す? 仲間にお願いする?
「それともセンパイは抑制剤だけで我慢できてるんですか?」
「ち、ちょっと、ごめん……」
……話がついていかない。
「で、俺にパートナーが居るか聞いてどうするの」
「いなかったらセンパイと、結婚したいなって」
「は?」
「僕は結婚するならΩが良いんです」
「……」
──もうやめてくれ……思考停止してしまいそうだ。
「俺には大切な人がいるから……」
「そうなんですか……僕よりかわいいですか?」
「かわいい?」
思わず青年を見た。俺にもΩのパートナーがいるとでも思っているのだろうか。
「か、かわいいっていうか」
「それともキレイ系?」
──須賀は……、形容するなら美しいという方が適切だろう。逞しい肉体美だし。
つい思い出して頬が熱くなる。
「センパイ?……言いたくないなら良いですけど……」
なんと答えたらよいのかアワアワしていると後ろに気配を感じた瞬間──。
ヘアメイクアーティストの波野さんがプロデュースするメンズコスメが、いよいよ発売されることになった。俺はそのパンフレットとCM撮影のためにスタジオに来ている。CMと言っても前回同様俺の顔は出ない。広告として成立しているのかと思うのだが、それでも良いというのだから俺はすっかり諦めて今日の撮影を終えた。
控室で帰りの支度をしているところ、波野さんがやってきた。俺は控室のドアを開け、波野さんを迎え入れた。
「お疲れさまです」
「遅くまでありがとうね、須賀さん怒ってない? なにか言われたら私からちゃんと説明するから言ってよ?」
「あはは! 大丈夫ですよ。須賀さん子供じゃないんですから。ちゃんと連絡もしていますし」
「そうなんだけど、須賀さんは雪くんとなると見境ないっていうか」
「ふふ」
俺に対して須賀の束縛が過ぎると周りは言う。本当によく言われるんだ。でも俺はあまりそうは感じていない。αとしての束縛というより、須賀は心配性なんだろうなと思っている。
波野さんの仕事を積極的にしていることも須賀は受け入れてくれているし、今夜のような残業にも了承している。
俺が現在独り暮らしをしていることも了承してくれてるんだ、だから束縛なんてことはない。それが証明してくれているだろう。
俺も俺で須賀に構われていることに幸せを感じている部分がある。無関心でいられることよりいい。
何より須賀のΩでいることの自信を貰えるんだ。
二人声を合わせて笑っていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
返事をするとカチャッとドアが開いた。そこからかわいらしい顔がひょこっと横から覗いたのだった。いったい誰だろう。まるで心当たりのない顔に、俺は首を傾げた。
「あぁ、入って」
考えていると波野さんがその人を中に招いたのだ。波野さんの新しい付き人だろうか。背がすらっと高く、かわいい女性だ。
「雪くん、紹介だけしておくわ。新人の愛斗くん」
「新人?」
──愛斗くん、……て男の子なの?
「うちの事務所に入ったの」
「宜しくお願いします!!」
愛斗くんはキラキラという音が聞こえてきそうな満面の笑みを浮かべた。かわいいという形容詞以外に見つからない。
それに、愛斗くんの首にはチョーカーがあった。彼はΩだ。俺がチョーカーを見たのを意識してか、愛斗くんは自分のチョーカーを見せるようにマフラーを完全に取った。
「……長谷川です。よろしくお願いします」
「愛斗くん、帰り途中まで送るから車を用意してくるね、ここで少し待っていて」
「はいっ! ありがとうございます」
愛斗くんは波野さんを見送ると控室の椅子に躊躇なく座った。
「センパイも座ってください」
「あ、はい」
──ここは俺の控室なんだけど、なんだろう。このパワーバランスは。
それに先程から何やら重たい圧をかけられている。
「先輩は波野さんの事務所の専属じゃないって聞きましたけど」
「はい。個人で管理しています」
「へぇ、そっか、そうしたら他の仕事も出来ますしね」
「いえ、仕事は波野さんの仕事しか請け負ってません」
「そうなんですか? へえ。あ、敬語止めてくださいよ、僕後輩なんで」
俺は愛斗くんのまだ幼さが残る笑顔に癒やされながら、彼の名前の通り愛され満たされているという雰囲気に飲まれそうになる。初対面でこんなにフランクに話をしてくることに躊躇いつつ、つい首元に手を当てていた。
「長谷川センパイ、気分でも悪いんですか? もしかしてヒートが近いとか?」
「え?」
いきなりヒートという言葉が出て愛斗くんを見た。愛斗くんもびっくりしている。
「どうしたんです?」
「ヒート、だなんて、」
「僕もそろそろだから」
愛斗くんは屈託なくそれを口にした。Ωの同士というのはこういうのは会話のひとつなのだろうか。
「センパイ?」
「えっ、あ、いや、寝不足かなぁ……?」
「センパイ、聞いても良いですか?」
「ん?」
「センパイには、ヒートのときの相手はいるんですか?」
「と……唐突だなぁ」
「すみません」
「……」
「教えてはくれないですか?」
「……というか、こういうプライベートなことは、聞かれたくないっていうか」
「えぇ?……プライベート?」
「誰だって相手の話はしたくないだろう?」
「高校のときはみんな次のヒートにお願いするαを予約したり仲間にお願いしたりしてたから、話さないっていうのがよく分からない……」
「えぇ?!」
──相手してもらうαを探す? 仲間にお願いする?
「それともセンパイは抑制剤だけで我慢できてるんですか?」
「ち、ちょっと、ごめん……」
……話がついていかない。
「で、俺にパートナーが居るか聞いてどうするの」
「いなかったらセンパイと、結婚したいなって」
「は?」
「僕は結婚するならΩが良いんです」
「……」
──もうやめてくれ……思考停止してしまいそうだ。
「俺には大切な人がいるから……」
「そうなんですか……僕よりかわいいですか?」
「かわいい?」
思わず青年を見た。俺にもΩのパートナーがいるとでも思っているのだろうか。
「か、かわいいっていうか」
「それともキレイ系?」
──須賀は……、形容するなら美しいという方が適切だろう。逞しい肉体美だし。
つい思い出して頬が熱くなる。
「センパイ?……言いたくないなら良いですけど……」
なんと答えたらよいのかアワアワしていると後ろに気配を感じた瞬間──。
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初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
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