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愛
第九十五話 最終話
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───数年後
『生成AIのGPUでの需要が目覚ましいな』
「当然の成り行きだ」
シンガポールの空調の効いた高層マンションにいる私に、幼馴染の堤が国際電話をかけてきた。
『それで、雪先生は?』
「今日も研究所だよ」
『元親はHouseHusbandってわけか』
「あぁ、愛する人のお世話で毎日充実しているよ」
『もっと苦戦していると思ったがな、パパさんよ』
私と雪は雪の卒業を待って番となった。その後雪は大学院へ進み博士号を取るとシンガポールのバイオテクノロジーの研究所から声がかかり、二人で移り住んだのだった。
私もあれから須賀エレクトロニクスを成長させ四年目にはアメリカを抜くことができた。生成AIの需要が追い風になったというのは大きい。
その後引っ越しを機に社長の座を須賀の身内ではない優秀な者に継がせて役員に退き、雪とともにシンガポールで暮らしている。
須賀グループはあれから縮小した。父親ではやはりうまく経営していくことは難しく、銀行を除くいくつか会社を売り払いもはや『須賀財閥』と言う威厳は消えた。
しかし父親も相当楽になったのだろう、肩の荷が下りたのかもしれない。優秀でなければならないというプレッシャーが無くなれば彼も仕事人間であり、自身の会社を愛する気持ちはある男だった。
とにかく、私は雪が与えてくれた小さな天使を追いかけることで精一杯だ。そしてとても幸せだ。
「だだ……っ」
こうやって足に巻き付いて来て電話の邪魔をしてくるのが愛おしくて仕方がない。
「どうした、シンイー?」
抱き上げてやるとスマホを取り上げてムスッとするから不思議だ。小さな手の中にあるスマホから声がするのがシンイーは面白いらしい、画面を叩いている。
「ちゅちゅみ! ちゅちゅみ!」
「堤、お前とはもう喋るなと言ってるよ」
『っんなわけないだろう! 僕の名前を呼んだじゃないか! シンイー、来月そっちいくからな! 待ってろよ~シンイー!』
「はいはい、わかったよ、じゃあな」
小さな指の隙間から通話終了ボタンを押すとシンイーはまたムスッとする。
「あぁ、子供の考えることは分からんな」
シンイーは私と雪との間にできた子供だ。間もなくニ歳になる男の子。雪に似て美しい肌をしているが、顔のパーツは私に似ているらしい。髪質も俺に似て黒髪で直毛だ。言葉の覚えも早く、私のことはだだと呼び、雪をぱぱと呼ぶ。
須賀の家のことなど一切この肩に背負わすことなく、シンガポールという多様文化の中で自由な発想を持って生きていってほしい。
シンイーと名付けたのは、どの国の人からも呼びやすい響きだと雪が名付けたのだった。αであろうとΩであろうと、日本より差別の少ない地で伸び伸びと生きてもらいたい。
雪はといえば、育児休暇のあと研究に勤しんでいる。また今回の論文が認められれば副所長に昇進なんて話もある。中国やイギリスからの大学教授のオファーもあったくらいだ、シンガポールを出る日も近いかもしれない。
いつか雪と旅行をしたいと話していたあの頃。
まさか自分の子供も居て、海外で暮らすなんてことがあるなんて。それも雪の生き甲斐である研究で私を振り回してくれる、こんな楽しい人生が待っていたとは。
オメガ保護法は、伏見会長の話によると決して強制的にΩの繁殖のためにできた法案ではないという。閑香さんのこともあってΩを保護したかったのだろうが、法案成立の過程で『繁殖』という言葉がひとり歩きしたもので、決して人権を無視したものではなかった。
伏見会長も私達に子供ができたことを喜んでくれている。
「さぁ、シンイー、雪を迎えに行こう」
「ぱぱ、むかえいこーっ!」
小さな手はまだ私の指を掴むくらいにしかできない。
何も疑うことを知らない、愛されるために生まれてきた命。
そして私に無償の愛を注いでくれる。
そんな存在を私に与えてくれた雪。
向いから雪が大きく手を振ってこちらに笑顔を向けている。
私の手から離れて「ぱぱ!」と、雪の方へ掛けていくシンイー。
抱き上げられたシンイーに雪が頬ずりする。その二人の笑顔が夕日に照らされる。
なんて、幸せなんだろう。
「元親さん、ただいま!」
「お疲れさま」
「今夜は、なに食べる? シンイーもなにがいいかな?」
そう聞きながらシンイーのふっくらした頬にキスを続けている。
「私は肉がいいな」
「お肉料理? 昨日もそう言って……」
「だって、そろそろ、……じゃないか? 来週あたりには……」
意味深に言うと雪はハッとして一瞬で耳まで赤くなる。
「え? う……、うん」
「雪も肉食べて、栄養つけないと」
「なんか、露骨、ふふ」
「ヒートの時だけは雪を独り占めできるんだ、私だって……」
「おにくぅ!!」
シンイーの元気な声に打ち消されるα……
「じゃあ、シンイーが好きなあのミートボール食べに行こっか」
「あいっ!」
──自分の子供に嫉妬してしまうのは重症だな。
Ωに慰めてもらいたい気持ちを息子に打ち消され肩を落とす。すると雪がシンイーを預けてきた。不思議に思いながらシンイーを抱き上げると、雪の自由になった手が私の腕に絡まった。
「俺じゃ、シンイーを片手で抱っこできないから……」
恥ずかしそうに上目遣いに見上げてくる雪。手と手を絡めてその指先を口元に持っていきしっとりと口付ける。
「来週は、覚悟しておくように」
「!!」
完全に茹で上がったように赤くなった雪。それを見たシンイーがペチペチと雪の頬を触った。
「ぱぱっ! おねちゅ?」
「大丈夫だよ、雪はかわいいなぁ」
「うんっ。ぱぱ……かわいい!」
すると雪が私をシンイーごとぎゅっと抱きしめた。
「二人とも、……大好きです」
「あぁ、私も愛しているよ」
「あいらびゅ、ぱぱっ」
終わり。
長編は初めてのことで誤字脱字等、途中は更新が不定期になるなどお見苦しい場面もありましたが、なんとか終えることができました。
今後、落ち着きましたら加筆訂正、リライトを重ねたいと思います。
ご拝読ありがとうございました。
『生成AIのGPUでの需要が目覚ましいな』
「当然の成り行きだ」
シンガポールの空調の効いた高層マンションにいる私に、幼馴染の堤が国際電話をかけてきた。
『それで、雪先生は?』
「今日も研究所だよ」
『元親はHouseHusbandってわけか』
「あぁ、愛する人のお世話で毎日充実しているよ」
『もっと苦戦していると思ったがな、パパさんよ』
私と雪は雪の卒業を待って番となった。その後雪は大学院へ進み博士号を取るとシンガポールのバイオテクノロジーの研究所から声がかかり、二人で移り住んだのだった。
私もあれから須賀エレクトロニクスを成長させ四年目にはアメリカを抜くことができた。生成AIの需要が追い風になったというのは大きい。
その後引っ越しを機に社長の座を須賀の身内ではない優秀な者に継がせて役員に退き、雪とともにシンガポールで暮らしている。
須賀グループはあれから縮小した。父親ではやはりうまく経営していくことは難しく、銀行を除くいくつか会社を売り払いもはや『須賀財閥』と言う威厳は消えた。
しかし父親も相当楽になったのだろう、肩の荷が下りたのかもしれない。優秀でなければならないというプレッシャーが無くなれば彼も仕事人間であり、自身の会社を愛する気持ちはある男だった。
とにかく、私は雪が与えてくれた小さな天使を追いかけることで精一杯だ。そしてとても幸せだ。
「だだ……っ」
こうやって足に巻き付いて来て電話の邪魔をしてくるのが愛おしくて仕方がない。
「どうした、シンイー?」
抱き上げてやるとスマホを取り上げてムスッとするから不思議だ。小さな手の中にあるスマホから声がするのがシンイーは面白いらしい、画面を叩いている。
「ちゅちゅみ! ちゅちゅみ!」
「堤、お前とはもう喋るなと言ってるよ」
『っんなわけないだろう! 僕の名前を呼んだじゃないか! シンイー、来月そっちいくからな! 待ってろよ~シンイー!』
「はいはい、わかったよ、じゃあな」
小さな指の隙間から通話終了ボタンを押すとシンイーはまたムスッとする。
「あぁ、子供の考えることは分からんな」
シンイーは私と雪との間にできた子供だ。間もなくニ歳になる男の子。雪に似て美しい肌をしているが、顔のパーツは私に似ているらしい。髪質も俺に似て黒髪で直毛だ。言葉の覚えも早く、私のことはだだと呼び、雪をぱぱと呼ぶ。
須賀の家のことなど一切この肩に背負わすことなく、シンガポールという多様文化の中で自由な発想を持って生きていってほしい。
シンイーと名付けたのは、どの国の人からも呼びやすい響きだと雪が名付けたのだった。αであろうとΩであろうと、日本より差別の少ない地で伸び伸びと生きてもらいたい。
雪はといえば、育児休暇のあと研究に勤しんでいる。また今回の論文が認められれば副所長に昇進なんて話もある。中国やイギリスからの大学教授のオファーもあったくらいだ、シンガポールを出る日も近いかもしれない。
いつか雪と旅行をしたいと話していたあの頃。
まさか自分の子供も居て、海外で暮らすなんてことがあるなんて。それも雪の生き甲斐である研究で私を振り回してくれる、こんな楽しい人生が待っていたとは。
オメガ保護法は、伏見会長の話によると決して強制的にΩの繁殖のためにできた法案ではないという。閑香さんのこともあってΩを保護したかったのだろうが、法案成立の過程で『繁殖』という言葉がひとり歩きしたもので、決して人権を無視したものではなかった。
伏見会長も私達に子供ができたことを喜んでくれている。
「さぁ、シンイー、雪を迎えに行こう」
「ぱぱ、むかえいこーっ!」
小さな手はまだ私の指を掴むくらいにしかできない。
何も疑うことを知らない、愛されるために生まれてきた命。
そして私に無償の愛を注いでくれる。
そんな存在を私に与えてくれた雪。
向いから雪が大きく手を振ってこちらに笑顔を向けている。
私の手から離れて「ぱぱ!」と、雪の方へ掛けていくシンイー。
抱き上げられたシンイーに雪が頬ずりする。その二人の笑顔が夕日に照らされる。
なんて、幸せなんだろう。
「元親さん、ただいま!」
「お疲れさま」
「今夜は、なに食べる? シンイーもなにがいいかな?」
そう聞きながらシンイーのふっくらした頬にキスを続けている。
「私は肉がいいな」
「お肉料理? 昨日もそう言って……」
「だって、そろそろ、……じゃないか? 来週あたりには……」
意味深に言うと雪はハッとして一瞬で耳まで赤くなる。
「え? う……、うん」
「雪も肉食べて、栄養つけないと」
「なんか、露骨、ふふ」
「ヒートの時だけは雪を独り占めできるんだ、私だって……」
「おにくぅ!!」
シンイーの元気な声に打ち消されるα……
「じゃあ、シンイーが好きなあのミートボール食べに行こっか」
「あいっ!」
──自分の子供に嫉妬してしまうのは重症だな。
Ωに慰めてもらいたい気持ちを息子に打ち消され肩を落とす。すると雪がシンイーを預けてきた。不思議に思いながらシンイーを抱き上げると、雪の自由になった手が私の腕に絡まった。
「俺じゃ、シンイーを片手で抱っこできないから……」
恥ずかしそうに上目遣いに見上げてくる雪。手と手を絡めてその指先を口元に持っていきしっとりと口付ける。
「来週は、覚悟しておくように」
「!!」
完全に茹で上がったように赤くなった雪。それを見たシンイーがペチペチと雪の頬を触った。
「ぱぱっ! おねちゅ?」
「大丈夫だよ、雪はかわいいなぁ」
「うんっ。ぱぱ……かわいい!」
すると雪が私をシンイーごとぎゅっと抱きしめた。
「二人とも、……大好きです」
「あぁ、私も愛しているよ」
「あいらびゅ、ぱぱっ」
終わり。
長編は初めてのことで誤字脱字等、途中は更新が不定期になるなどお見苦しい場面もありましたが、なんとか終えることができました。
今後、落ち着きましたら加筆訂正、リライトを重ねたいと思います。
ご拝読ありがとうございました。
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初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
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