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兆し
第九十話
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結局、四日間須賀の部屋に閉じこもった。正確には須賀に出して貰えなかった。二日目にはヒートは治まっていたけれど、須賀は毎日仕事から早く帰ってきてくれて朝まで俺を抱いてくれた。
──αの体力って、すごい。元親さんだからなのかな。っていうか、俺初めてのヒートで迷い無く元親さんの家に来ちゃったんだよな……。元親さんのフェロモンが欲しくて元親さんの服をかき集めてひとりで致そうとまで……。
思い出すと顔から火が出るほどで……、だからヒートで記憶が飛んでることにしてそのことには触れないでいる。
洗濯物を増やしてしまった罪悪感は拭えず、朝、瀧さんには謝って洗濯の手伝いをしようとしたが、フラフラしてしまった俺は手を引かれソファまで連れていかれ、余計な手間を取らせるだけになってしまった……。
すっかり痩せてしまった俺は、五日目ようやく部屋から出られて今体力回復のための料理を瀧さんに作ってもらっている。
「はいはい、出来ましたよ」
「うわぁ……美味しそう」
「お肉もね、召し上がってくださいね」
「ローストビーフだぁ!」
瀧さんの作るローストビーフは最高なんだ。小鉢がたくさん並んでて、少しずつ沢山食べられるように気を遣ってくれてる。
「ちょっとずつ、色んなもの召し上がってくださいな」
「いただきます!」
「ふふふ、どうぞ」
──どれも美味しくて毎日瀧さんのごはん食べたいな……。
ヒートが始まる前、俺は考えていたことがあった。
須賀のおじいさんの突然の訃報に、俺は須賀のために何が出来るだろうかと。
俺には血のつながりのある人間が居ない。あの親たちにも育てて貰った義理はあるが、拘置所で俺のことどう思ってるのか分からないけど、あの人たちが死んだらって想像してみても、シンプルに悲しいとか辛いって感情が沸いてこない。
でもきっと本当にそうならないと気づけない感情ってあると思うし、経験したことのない俺には本当の辛さは分かち合えないんだろうなと思う。
ただ、須賀が悲しいなら、どうにかして傷の手当をしてやりたいと思う。
「ねぇ、瀧さん」
すっかり俺専用になった白い湯呑みにお茶を注いでくれる瀧さんに話しかけた。
「元親さんのおじいさんの四十九の法要。元親さん行かないつもりなんでしょうか」
「さぁ……、どうでしょうね……。昔っから二人は折り合いが悪くて。私からしたら似た者同士で反発し合うんだと思うんですよ」
「お参りに行ったからと言ってどうにかなるとは思いませんけど、いつか後悔しないかなってそれが心配で」
「若旦那さまはずっとあのように生きてきました。自身の守り方も分かってらっしゃると思いますよ」
「うん……」
そうか、後悔しないかなって思ってるのは俺の方で、それは、あの親でも俺はいつか後悔しそうって内心思ってるんだろうか、と思った。
ただ俺は、須賀からしてもらったみたいに、包み込めるようなそんな人間になれればいいのになと思うのだけど。それにはどんな人間になればいいのだろう。
──俺の本当の親ってどんな人なんだろ……
このまま知らないで生きていくのも全然苦しくない。
だって、俺は児童養護施設に預けられた。どんな理由があったとしても親に捨てられたってこと。
そんな人を探して、感動の再会なんてならない。
俺は、いまの俺を受け入れてくれる須賀が居れば、いい。
大学で好きなことを学ぶことが出来て、先輩たちもいて妹が元気で居てくれること。
……でも、恨みつらみをぶつけてでも、肉親という存在を認めたら、今の須賀の辛さを少しでも理解することができるのだろうか。
親は生きているのだろうか。
俺を手放してどんな幸せを得ているんだろうか。
「…………!」
急に目頭が熱くなった。負の感情に持っていかれる。俺はこういう感情が好きじゃない。須賀に出会う前に戻ってしまいそうで怖いから。
須賀の部屋に戻り須賀の香りの残る布団に潜る。須賀の香りで少し落ち着いた。
「俺は、あなたを解りたい……でも怖いよ」
それは、突然のことだった。
大学からの帰りアパートの前に女性が立っていた。瀧さんと同じ七十代くらいの女性だった。とても痩せていて小柄な人だ。
物音に気がついて俺を見たとき、その女性が大きく目を見開いたんだ。まるでおばけでも見たみたいな。そして「しずかさん……」そう、誰かの名前を呟いた。
俺が歩みを止めると、その人が近づいてきた。
「長谷川 雪くん、ですね……。私は横浜にある児童養護施設の施設長をしています、水野といいます」
──児童養護施設……?
あの二人が逮捕されたときに判った俺の出自と重なる。
「突然来てしまってごめんなさい。ニュースで事件を知って、あなたを探していたんです」
「……」
「ごめんなさい。突然で、本当に……ごめんなさい……」
女性はずっと黙っている俺を見て後悔したのか、深く頭を下げて謝る。こんな時どうすればいいんだ。突然、扉が大風で開いてしまったみたいに怖い。
「やっぱり、突然来ては行けなかったわ。でも、あの……、これだけ、これを渡したかったんです」
水野さんは小さな包みを俺に差し出した。
「あなたの物よ、十九年前の忘れ物」
「十九年前?」
おずおずと手を差し出すとそれを俺の手のひらに乗せた。
「じゃあ、失礼します。……本当にごめんなさい」
手のひらほどの包みを開けるとそこには真っ白なハンカチが畳まれていて、その脇に黄色いチューリップの絵柄とその隣に名前が刺繍されている。
『有起哉』
このハンカチの持ち主の名前だろうか。でも俺の忘れ物だと言った。
「俺の、十九年の忘れ物……」
児童養護施設、俺の十九年前をこのハンカチは知っている。
──αの体力って、すごい。元親さんだからなのかな。っていうか、俺初めてのヒートで迷い無く元親さんの家に来ちゃったんだよな……。元親さんのフェロモンが欲しくて元親さんの服をかき集めてひとりで致そうとまで……。
思い出すと顔から火が出るほどで……、だからヒートで記憶が飛んでることにしてそのことには触れないでいる。
洗濯物を増やしてしまった罪悪感は拭えず、朝、瀧さんには謝って洗濯の手伝いをしようとしたが、フラフラしてしまった俺は手を引かれソファまで連れていかれ、余計な手間を取らせるだけになってしまった……。
すっかり痩せてしまった俺は、五日目ようやく部屋から出られて今体力回復のための料理を瀧さんに作ってもらっている。
「はいはい、出来ましたよ」
「うわぁ……美味しそう」
「お肉もね、召し上がってくださいね」
「ローストビーフだぁ!」
瀧さんの作るローストビーフは最高なんだ。小鉢がたくさん並んでて、少しずつ沢山食べられるように気を遣ってくれてる。
「ちょっとずつ、色んなもの召し上がってくださいな」
「いただきます!」
「ふふふ、どうぞ」
──どれも美味しくて毎日瀧さんのごはん食べたいな……。
ヒートが始まる前、俺は考えていたことがあった。
須賀のおじいさんの突然の訃報に、俺は須賀のために何が出来るだろうかと。
俺には血のつながりのある人間が居ない。あの親たちにも育てて貰った義理はあるが、拘置所で俺のことどう思ってるのか分からないけど、あの人たちが死んだらって想像してみても、シンプルに悲しいとか辛いって感情が沸いてこない。
でもきっと本当にそうならないと気づけない感情ってあると思うし、経験したことのない俺には本当の辛さは分かち合えないんだろうなと思う。
ただ、須賀が悲しいなら、どうにかして傷の手当をしてやりたいと思う。
「ねぇ、瀧さん」
すっかり俺専用になった白い湯呑みにお茶を注いでくれる瀧さんに話しかけた。
「元親さんのおじいさんの四十九の法要。元親さん行かないつもりなんでしょうか」
「さぁ……、どうでしょうね……。昔っから二人は折り合いが悪くて。私からしたら似た者同士で反発し合うんだと思うんですよ」
「お参りに行ったからと言ってどうにかなるとは思いませんけど、いつか後悔しないかなってそれが心配で」
「若旦那さまはずっとあのように生きてきました。自身の守り方も分かってらっしゃると思いますよ」
「うん……」
そうか、後悔しないかなって思ってるのは俺の方で、それは、あの親でも俺はいつか後悔しそうって内心思ってるんだろうか、と思った。
ただ俺は、須賀からしてもらったみたいに、包み込めるようなそんな人間になれればいいのになと思うのだけど。それにはどんな人間になればいいのだろう。
──俺の本当の親ってどんな人なんだろ……
このまま知らないで生きていくのも全然苦しくない。
だって、俺は児童養護施設に預けられた。どんな理由があったとしても親に捨てられたってこと。
そんな人を探して、感動の再会なんてならない。
俺は、いまの俺を受け入れてくれる須賀が居れば、いい。
大学で好きなことを学ぶことが出来て、先輩たちもいて妹が元気で居てくれること。
……でも、恨みつらみをぶつけてでも、肉親という存在を認めたら、今の須賀の辛さを少しでも理解することができるのだろうか。
親は生きているのだろうか。
俺を手放してどんな幸せを得ているんだろうか。
「…………!」
急に目頭が熱くなった。負の感情に持っていかれる。俺はこういう感情が好きじゃない。須賀に出会う前に戻ってしまいそうで怖いから。
須賀の部屋に戻り須賀の香りの残る布団に潜る。須賀の香りで少し落ち着いた。
「俺は、あなたを解りたい……でも怖いよ」
それは、突然のことだった。
大学からの帰りアパートの前に女性が立っていた。瀧さんと同じ七十代くらいの女性だった。とても痩せていて小柄な人だ。
物音に気がついて俺を見たとき、その女性が大きく目を見開いたんだ。まるでおばけでも見たみたいな。そして「しずかさん……」そう、誰かの名前を呟いた。
俺が歩みを止めると、その人が近づいてきた。
「長谷川 雪くん、ですね……。私は横浜にある児童養護施設の施設長をしています、水野といいます」
──児童養護施設……?
あの二人が逮捕されたときに判った俺の出自と重なる。
「突然来てしまってごめんなさい。ニュースで事件を知って、あなたを探していたんです」
「……」
「ごめんなさい。突然で、本当に……ごめんなさい……」
女性はずっと黙っている俺を見て後悔したのか、深く頭を下げて謝る。こんな時どうすればいいんだ。突然、扉が大風で開いてしまったみたいに怖い。
「やっぱり、突然来ては行けなかったわ。でも、あの……、これだけ、これを渡したかったんです」
水野さんは小さな包みを俺に差し出した。
「あなたの物よ、十九年前の忘れ物」
「十九年前?」
おずおずと手を差し出すとそれを俺の手のひらに乗せた。
「じゃあ、失礼します。……本当にごめんなさい」
手のひらほどの包みを開けるとそこには真っ白なハンカチが畳まれていて、その脇に黄色いチューリップの絵柄とその隣に名前が刺繍されている。
『有起哉』
このハンカチの持ち主の名前だろうか。でも俺の忘れ物だと言った。
「俺の、十九年の忘れ物……」
児童養護施設、俺の十九年前をこのハンカチは知っている。
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初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
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