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兆し

第八十五話

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「瀧さんへのお土産はなにがいいと思いますか?」

 瀧さんだけじゃない、夏子さんにも、あと、研究室のみんなにも買っていきたい。
 一緒に店内を回っていた須賀が内ポケットからスマホを取り出した。ブーブーっと振動音が俺にも聞こえた。

「いいですよ、行ってきてください」
「すまん、ラウンジに行ってるから」
「はい」

 須賀はもう仕事モードなのか険しい顔つきでスマホの画面を確認してそれを耳元に持って店を出ていった。

 今朝から須賀のスマホはひっきりなしに電話が掛かってくる。三日俺との時間を作ってくれたことで皺寄せがきてしまっているのだろうか。申し訳なくなってくる。






 買い物を済ませラウンジに向かうが須賀の姿はなかった。大きなテレビが付いていて今日のニュースをキャスターが伝えていた。

『訃報です。須賀銀行をはじめとする須賀グループの会長、須賀正親氏が未明に亡くなりました。享年八三歳でした。須賀氏は、日本における────』

 ──うそ……

 テレビには生前の会長の様子が映し出されていた。これは一回会ったあのときの会長と同じ人物で間違いはない。須賀のおじいさんが亡くなったのだ。

 慌ただしく電話が鳴り止まないのも、当然だ。

 ──なんで、俺にはなにも言わなかった……

 息が苦しくなって自然と胸ぐらを掴んた。しかし、はっとした。今は自分が傷ついてる場合じゃない。須賀はどこにいる、
 彼がどれだけ悲しみにいるか、気付なかった自分に悔しくなってくる。



 今一度ラウンジを見回し姿が見えないことを確認すると入り口へと向かった。すると丁度須賀が入ってきた。サングラスを掛けて表情は読み取れないが、俺に気がついても手をあげてサインを送るだけで、笑みは寄越してはくれなかった。気のせいにもすることもできただろうが、見過ごすことはできなかった。

「買い物は済んだか?」
「……」
「行こうか」

 俺の両手からお土産袋を取り上げそれを片手に持ち変えるともう片方の手が俺の手を繋いだ。
 いつまでも突っ立って歩きだそうとしない俺に須賀が振り返った。そしてサングラス越しにも分かる。須賀が驚いた顔をした。

「雪?」
「悲しいときは悲しいって俺には言ってください」

 俺は怒ってた、勝手に湧き起こる感情だった。
 須賀はそのまま俺の手を引いてプライベートジェットが用意されている搭乗口へと俺を引っ張っていった。

 タラップを上がり機内に入ると座席に押し込められる。

「……っ!」

 ぐっと肩を掴まれ、これ以上の発言を許さないという意思を感じた。

「……シートベルトをしろ」

 それだけ言って須賀は隣に座った。まだサングラスはしたままだった。須賀は肘掛けに爪を立てカタカタと音を鳴らしていた。


 やがてベルトサインが消えると須賀にシートベルトを剥ぎとられ、機内の後ろへ俺を引っ張っていく。プライベートの個室の扉が見えると勢いよくそこを開けて俺を引っ張った。

 ベッドに俺は押し倒された。扉がカチャッと閉まり、須賀がサングラスと上着を書斎デスクに放った。

 俺は息を呑んだ。こんな乱暴な須賀を見たことがあっただろうか。でも須賀のフェロモンからは攻撃的な匂いはしない。むしろ悲しみや戸惑いに満ちているように俺は感じた。

「いいよ……、来てください」

 俺は上体を起こし須賀に腕を伸ばした。

「……すまない」

 須賀は立ったまま手のひらで目を覆って謝った。

「なんで、謝るの?」
「祖父のこと、黙っていた」
「うん……」
「言うべきか悩んで、」
「うん」

 言うべきかと自身に問えば、敢えて言うことではないという結論に至ったんだろう。それは俺も理解できた。どこまで須賀に自分のことを伝える『べき』なんだろうかと思うからだ。

 どんな相手ともグレーゾーンが存在する。すべてを曝け出すことは、大人になればなるほどに難しくなる。

 それに、須賀とおじいさんはきっと俺なんかでは想像もできないほど複雑に雁字搦めになってるんだろう。

「俺にできることは? 元親さんを抱きしめること?」
「雪……」
「いいよ、それでも。だから、来て」

 須賀は縋るように俺の胸に顔を埋めた。大きな背中に目いっぱい手を伸ばして抱きしめる。

 おじいさんのこと黙っていられて須賀に対して怒りの感情がなぜ起こったのか、分かった。それは自分に対してだった、決して須賀にではない。

 自分のことばかりで、まだガキで、頼られる存在にはまだ成れていなくて、そもそもそうなろうと努力さえしていなかったって気がついてしまった。

 金銭面でも、本当の親が誰なのか分からない漠然とした喪失感も、これは自身の問題だから須賀に頼りたくないって、突っぱねてばっかり。

 だから須賀とおじいさんとの問題もふたりの問題だからと頭のどこかではそう思ってたってことだ……。

「俺は、こんなとき、どんな言葉を掛けていいのか思いつかない。元親さんがどうしてほしいのかもわからない。ごめんなさい」

 須賀の髪を撫でると、呟くような小さな声がした。

「……そのままで居てくれたらいい。私のそばに──……っ」







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