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初めての旅行

第七十三話

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「……終わった」

 俺は戻った部屋のベッドでひとり大の字に転がった。


 予定通り撮影がお昼前に終わると、波野さんをはじめカメラマンさんやスタッフの皆さんに深々とお辞儀をした。感謝を伝えると、小さな可愛らしい花束をプレゼントしてもらうと思わず涙がこみ上げた。

 自分が望むことを最後までやり遂げられたことにこんなに充足感があるとは、俺が初めて感じることだった。

 思えば大学受験だって自分が望んだこと、あの家を出たことも。でもそれは生きる手段であり、こんなにも幸せをもたらしてくれるものは無かったと実感する。

 何より大勢の人と関わり、皆でひとつの事を達成させる。ひとりひとり自分の仕事をこなしている様で実はそれは重なり合っていてそれが大きなひとつを創る。

 ひとつ自分の役目を終える事ができた安堵と、冷めやらぬ興奮に、俺はベッドの上でゴロゴロと落ち着かなかった。

 ──あっ、お花!



 リビングのテーブルに置き去りにしてしまっていたことに気がつく。ベッドを降りて慌てて花束を手に取るが、どうしたらいいのかと、思考を巡らせてみる。部屋を見渡しながら花瓶もないし、どうしたらいいのだろうと考える。

 そこへ部屋のベルが鳴った。

 誰だろうとスコープを覗くと佐伯さんが立っていた。ガチャリとドアを開けるとこんにちはと笑顔をくれた。そして俺が持っている花束に気がついた。

「撮影が無事に終わったのですね」

 すぐに状況に気がつく佐伯さんに聞いたらいい案を教えてくれるかもしれない。俺は頼ることにした。

「このままでも、枯れないですか?」
「え?」

 突然そう聞かれて佐伯さんは目を開いた。

「花瓶に入れたほうがいいと思うんですが、どうしたら枯れないですか?」

 花束を見つめる佐伯さんがうーんと考え込んだ。

「明日にはここもチェックアウトされますしね」

 俺は頷いた。須賀から明日ここを発つことだけは伝えられていた。だから余計、花束をどうして良いか困っていたのだった。花束を貰うことは初めてでとても嬉しいのだが、扱い方を知らない俺にとって、元から寿命の短い花が不憫に思えてくる。

「ならば、私がお預かりして宜しいでしょうか?」
「え?」
「滝さんにお預けするというのはどうでしょう。私はこのあとすぐ東京に戻るんです、夜には滝さんの元にお届けできますよ、花束も耐えてくれるかと」
「……良いんですか?」
「一番適任かと」
「でも佐伯さんにご迷惑じゃ……」
「迷惑ではありませんよ、長谷川様が戴いた大切な花束ですから」
「でも」

 この提案はあまりにも佐伯さんに甘えていないかと躊躇っているとニコリといつもの佐伯さんの笑顔と目が合う。

「これを迷惑と仰るなら須賀からの指示はそれ以上になってしまいますよ」
「え?!」

 抱えていた書類を書斎机に置いてそれからきっちり角を整えると少しいたずらっぽい笑顔でそう言った。

「あなた様を最初に連れてくるよう仰せつかったこと、今でも思い出すとため息が出ます」
「佐伯さん……」
「長谷川様が付いてきてくださって、私の首も繋がっております」

 俺の手から花束を受け取った。

「では、私はこれにて」

 一礼して佐伯さんは部屋を出ていった。







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