62 / 98
恋人
第六十ニ話
しおりを挟む
「彼氏元気?」
「堤?!」
堤はソファに座っていてニヤリとして凭れかかっていた。目の前には何やら紙袋が置かれている。執務室に堤が入ってきていたことにも気が付かなかった私は素知らぬふりをしてスマホを胸ポケットにしまった。
「一応ノックはしたぜ」
「……」
「その感じだと雪クンとうまくいってるみたいだね」
私が返事もしないで不機嫌にその紙袋を不審そうに見つめていたのが分かったのか堤は背を起こした。
「漢方だよ、中国のそれはそれは偉い師範から送ってもらったんだ、受け取れよ」
「……漢方?」
「ホルモンバランスを整えてくれるらしい。雪クンに、と思って」
「こんなもの無くとも──」
「お前のフェロモンで治せるとか思ってんの?」
医師の堤が挑戦的に言い放った。昨夜の雪のフェロモンの匂いはいつもよりも遥かに多くなっていた。……が、そんなことを堤に話したくはない。押し黙っていると堤が言葉を続けた。
「摂取して悪いってもんじゃない、滝さんに淹れてもらって?」
「……」
「僕もだけど……、お前もオッサンなんだからな」
「何が言いたいんだ」
「雪クンはうら若き青年、十九歳」
「だからなんだ」
「お前のフェロモンじゃ、足りないかもしれないなぁ」
「セクハラで訴えるぞ」
肩を竦めて悪ふざけしている顔をしている。
「ふたりは運命の番、なんだろ?」
──そうだ。だからこそ、漢方などに頼らなくとも乗り越えられるはずだ。
「いつか雪クンも母親になるかもしれない」
「……?」
そんなこと、考えもしなかった。
「その時のためにも雪クンの身体を健やかに保つことがとっても大切だよ」
「……母親?」
あまりにポカンとしていたのか、堤は元親が父親ってのは想像しづらいがなとクスリと笑った。私は口元に手を添えて考え込む。
──雪が子どもを生む?
──私の子供を?
──きっと、いや間違いなく聡明なαが生まれるだろう。いや……あの柔らかな髪と白い肌を受け継いだΩかもしれない。
「まぁ、それは神のみぞ知る、だからね。それにお前は独占欲強いから子供なんて生まれたら雪クンを取られたとか言い出し──」
「雪の子供なら、間違いなくかわいい」
「……はぁ?」
「疑う余地もないだろう?」
「へぇ……。意外だなぁ」
その言葉にハッとして堤を見るとニヤニヤと含み笑いをして私を見ていた。
溜め息をついてソファへ凭れる。雪との子供を想像してしまった自分が恥ずかしくてバツが悪い。なんて子供じみた発想だ。
今の雪を大切にしたい。雪がそばに居てくれれば私はそれだけでよかった。それに私の後継者などもう生まない方がいいだろう、αが作ったこんな世の中に生まれて幸せだとは思えない。
「そういや、悪魔の所業の養父母はどうなったんだ?」
──話を変えやがって。
腕を組んで、ひと呼吸する。
「……訴追された。あと一ヶ月もあれば判決が出るだろう」
「決着は付くわけだ?」
「あぁ、五年は出られないだろうな、母親も一年と見てる」
「これでようやく雪クンも安心するんだろうか」
「……」
先程とは打って変わって心配そうな表情を向けている堤。こいつなりに雪を心配してくれていたようだ。
「もう二度と会わせないように海外にでも引っ越したらどうだ?」
「それも考えていないわけではないが……」
雪は今の大学を離れたくはないだろう。雪の居心地のよい環境をあの二人のせいで離れさせたくはない。もしまた侵そうとするなら徹底的に二人を排除すればいいだけだ。
「雪クン、本当の親を探したいとか言ってこないの?」
「あぁ……、なにも」
「会いたくないもんなのかな」
「……」
「雪クンからは言えないだろうから聞いてあげれば?」
「お前から指図される覚えはないが」
「まぁ、怒んなって。元親が探せばすぐ分かるんだろ? まさか、もう分かってるとか?」
「いや、探してはいない。雪が願わないことはしない」
「そっか、……うん。そうだね」
「堤?!」
堤はソファに座っていてニヤリとして凭れかかっていた。目の前には何やら紙袋が置かれている。執務室に堤が入ってきていたことにも気が付かなかった私は素知らぬふりをしてスマホを胸ポケットにしまった。
「一応ノックはしたぜ」
「……」
「その感じだと雪クンとうまくいってるみたいだね」
私が返事もしないで不機嫌にその紙袋を不審そうに見つめていたのが分かったのか堤は背を起こした。
「漢方だよ、中国のそれはそれは偉い師範から送ってもらったんだ、受け取れよ」
「……漢方?」
「ホルモンバランスを整えてくれるらしい。雪クンに、と思って」
「こんなもの無くとも──」
「お前のフェロモンで治せるとか思ってんの?」
医師の堤が挑戦的に言い放った。昨夜の雪のフェロモンの匂いはいつもよりも遥かに多くなっていた。……が、そんなことを堤に話したくはない。押し黙っていると堤が言葉を続けた。
「摂取して悪いってもんじゃない、滝さんに淹れてもらって?」
「……」
「僕もだけど……、お前もオッサンなんだからな」
「何が言いたいんだ」
「雪クンはうら若き青年、十九歳」
「だからなんだ」
「お前のフェロモンじゃ、足りないかもしれないなぁ」
「セクハラで訴えるぞ」
肩を竦めて悪ふざけしている顔をしている。
「ふたりは運命の番、なんだろ?」
──そうだ。だからこそ、漢方などに頼らなくとも乗り越えられるはずだ。
「いつか雪クンも母親になるかもしれない」
「……?」
そんなこと、考えもしなかった。
「その時のためにも雪クンの身体を健やかに保つことがとっても大切だよ」
「……母親?」
あまりにポカンとしていたのか、堤は元親が父親ってのは想像しづらいがなとクスリと笑った。私は口元に手を添えて考え込む。
──雪が子どもを生む?
──私の子供を?
──きっと、いや間違いなく聡明なαが生まれるだろう。いや……あの柔らかな髪と白い肌を受け継いだΩかもしれない。
「まぁ、それは神のみぞ知る、だからね。それにお前は独占欲強いから子供なんて生まれたら雪クンを取られたとか言い出し──」
「雪の子供なら、間違いなくかわいい」
「……はぁ?」
「疑う余地もないだろう?」
「へぇ……。意外だなぁ」
その言葉にハッとして堤を見るとニヤニヤと含み笑いをして私を見ていた。
溜め息をついてソファへ凭れる。雪との子供を想像してしまった自分が恥ずかしくてバツが悪い。なんて子供じみた発想だ。
今の雪を大切にしたい。雪がそばに居てくれれば私はそれだけでよかった。それに私の後継者などもう生まない方がいいだろう、αが作ったこんな世の中に生まれて幸せだとは思えない。
「そういや、悪魔の所業の養父母はどうなったんだ?」
──話を変えやがって。
腕を組んで、ひと呼吸する。
「……訴追された。あと一ヶ月もあれば判決が出るだろう」
「決着は付くわけだ?」
「あぁ、五年は出られないだろうな、母親も一年と見てる」
「これでようやく雪クンも安心するんだろうか」
「……」
先程とは打って変わって心配そうな表情を向けている堤。こいつなりに雪を心配してくれていたようだ。
「もう二度と会わせないように海外にでも引っ越したらどうだ?」
「それも考えていないわけではないが……」
雪は今の大学を離れたくはないだろう。雪の居心地のよい環境をあの二人のせいで離れさせたくはない。もしまた侵そうとするなら徹底的に二人を排除すればいいだけだ。
「雪クン、本当の親を探したいとか言ってこないの?」
「あぁ……、なにも」
「会いたくないもんなのかな」
「……」
「雪クンからは言えないだろうから聞いてあげれば?」
「お前から指図される覚えはないが」
「まぁ、怒んなって。元親が探せばすぐ分かるんだろ? まさか、もう分かってるとか?」
「いや、探してはいない。雪が願わないことはしない」
「そっか、……うん。そうだね」
87
お気に入りに追加
900
あなたにおすすめの小説
イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
運命の番から逃げたいです 【αとΩの攻防戦】
円みやび
BL
【αとΩの攻防戦】
オメガバースもの ある過去から人が信じられず、とにかく目立ちたくないがないために本来の姿を隠している祐也(Ω)と外面完璧なとにかく目立つ生徒会長須藤(α)が出会い運命の番だということがわかる。
はじめは暇つぶしがてら遊ぼうと思っていた須藤だったが、だんたん遊びにできなくなっていく。
表紙は柾さんに書いていただきました!
エブリスタで過去投稿していた物を少しだけ修正しつつ投稿しています。
初めての作品だった為、拙い部分が多いとおもいますがどうか暖かい目で見てください。
モッテモテの自信ありまくりの俺様が追いかけるというのが好きでできた作品です。
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる