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恋人

第六十ニ話

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「彼氏元気?」
「堤?!」

 堤はソファに座っていてニヤリとして凭れかかっていた。目の前には何やら紙袋が置かれている。執務室に堤が入ってきていたことにも気が付かなかった私は素知らぬふりをしてスマホを胸ポケットにしまった。

「一応ノックはしたぜ」
「……」
「その感じだと雪クンとうまくいってるみたいだね」

 私が返事もしないで不機嫌にその紙袋を不審そうに見つめていたのが分かったのか堤は背を起こした。

「漢方だよ、中国のそれはそれは偉い師範から送ってもらったんだ、受け取れよ」
「……漢方?」
「ホルモンバランスを整えてくれるらしい。雪クンに、と思って」
「こんなもの無くとも──」
「お前のフェロモンで治せるとか思ってんの?」

 医師の堤が挑戦的に言い放った。昨夜の雪のフェロモンの匂いはいつもよりも遥かに多くなっていた。……が、そんなことを堤に話したくはない。押し黙っていると堤が言葉を続けた。

「摂取して悪いってもんじゃない、滝さんに淹れてもらって?」
「……」
「僕もだけど……、お前もオッサンなんだからな」
「何が言いたいんだ」
「雪クンはうら若き青年、十九歳」
「だからなんだ」
「お前のフェロモンじゃ、足りないかもしれないなぁ」
「セクハラで訴えるぞ」

 肩を竦めて悪ふざけしている顔をしている。

「ふたりは運命の番、なんだろ?」

 ──そうだ。だからこそ、漢方などに頼らなくとも乗り越えられるはずだ。

「いつか雪クンも母親になるかもしれない」
「……?」

 そんなこと、考えもしなかった。

「その時のためにも雪クンの身体を健やかに保つことがとっても大切だよ」
「……母親?」

 あまりにポカンとしていたのか、堤は元親が父親ってのは想像しづらいがなとクスリと笑った。私は口元に手を添えて考え込む。


 ──雪が子どもを生む?

 ──私の子供を?

 ──きっと、いや間違いなく聡明なαが生まれるだろう。いや……あの柔らかな髪と白い肌を受け継いだΩかもしれない。

「まぁ、それは神のみぞ知る、だからね。それにお前は独占欲強いから子供なんて生まれたら雪クンを取られたとか言い出し──」
「雪の子供なら、間違いなくかわいい」
「……はぁ?」
「疑う余地もないだろう?」
「へぇ……。意外だなぁ」

 その言葉にハッとして堤を見るとニヤニヤと含み笑いをして私を見ていた。

 溜め息をついてソファへ凭れる。雪との子供を想像してしまった自分が恥ずかしくてバツが悪い。なんて子供じみた発想だ。

 今の雪を大切にしたい。雪がそばに居てくれれば私はそれだけでよかった。それに私の後継者などもう生まない方がいいだろう、αが作ったこんな世の中に生まれて幸せだとは思えない。





「そういや、悪魔の所業の養父母はどうなったんだ?」

 ──話を変えやがって。

 腕を組んで、ひと呼吸する。

「……訴追された。あと一ヶ月もあれば判決が出るだろう」
「決着は付くわけだ?」
「あぁ、五年は出られないだろうな、母親も一年と見てる」
「これでようやく雪クンも安心するんだろうか」
「……」

 先程とは打って変わって心配そうな表情を向けている堤。こいつなりに雪を心配してくれていたようだ。

「もう二度と会わせないように海外にでも引っ越したらどうだ?」
「それも考えていないわけではないが……」

 雪は今の大学を離れたくはないだろう。雪の居心地のよい環境をあの二人のせいで離れさせたくはない。もしまた侵そうとするなら徹底的に二人を排除すればいいだけだ。


「雪クン、本当の親を探したいとか言ってこないの?」
「あぁ……、なにも」
「会いたくないもんなのかな」
「……」
「雪クンからは言えないだろうから聞いてあげれば?」
「お前から指図される覚えはないが」
「まぁ、怒んなって。元親が探せばすぐ分かるんだろ? まさか、もう分かってるとか?」
「いや、探してはいない。雪が願わないことはしない」
「そっか、……うん。そうだね」






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