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顕在

第四十六話

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 雪が暗闇が怖いのは、母親からの虐待のせいだった。意図しないところで身体を触ると身体を強張らせてしまうのは父親からの虐待……、八方塞がりの雪にはなにも救いのない家庭。

 だからこそ、大学進学は雪の逃げ場であり希望だったということか。




 レストランでのアルバイト、古いアパート、家具のない部屋、質素な服、雪の痩せた身体、たまに色のない瞳。

 私は雪のなにも知ることができなかった。

 妹の告白にただ呆然とするだけだなんて。身体に出来たあの引っ掻いたような傷跡が、父親によってなのかは分からないが、雪の心はもっと血が吹き出すような痛みを得ているに違いない。



 膝に肘を置いて両手で顔を覆った。拭うように強く顔を擦ったあと深いため息が漏れた。

「……母親は金も相当無心していた」

 妹は顔をあげると信じられないというような顔をしていた。言わば社長夫人であるにも関わらず息子から毎月送金させていたなんて。

「大学の学費も雪がアルバイトして支払っている」
「そんな……」

 それを聞いて妹は涙を流すことさえ忘れて呆然とする。高校生であれば家の経済状況は判る。なに不自由なく暮らしていたはずだ。

「家賃を滞納したり節約でごはん食べなかったり……何度も倒れて死んでしまいそうでした。実家に行きたがらないのはお金の節約とばかり……。私は、いつも実家に帰るよう雪くんに説教してた……。ご両親に顔を見せてあげなさいって……。そのたび雪くんが傷ついていたとしたら……」

 夏子の目尻からついに大粒の涙が溢れた。



「遥さん、話してくれてありがとう。夏子さんも知らせてくれて助かった。私に出来ることを考えよう」
「雪くんにこのことを話しますか?」
「話さないわけにはいかないが、時を選ぶよ」

「警察に突き出してやりたい……」
「君はどう思う?」
「でもセカンドレイプが怖いです、ただ、雪くんが幸せになる道はないんでしょうか……」

 妹は無言で俯いている。複雑な心境にいることは私も隣にいる夏子もそれは分かっているからこれ以上はやめた。

 しかし、それでは父親を野放しにすることになる。そんなことには決してさせない。









「社長、瀧さんから連絡がありました」
「瀧から?」
「お目覚めになられたと」

 夏子と雪の妹が帰ってから少しして、佐伯が安堵の表情と共に私に知らせをもたらした。ふぅっと息を吐いてこみ上げる感情を抑える。安堵した、だがそれだけではない抑えきれない想いがこの胸から湧き上がる。

 仕事のケリをつけ、深夜帰宅する。雪はもう寝ているだろうか。そうっと襖を開けるといつかのランプがベッドサイドに置かれて、柔らかな明かりが部屋を包んでいる。

「すがさん……」

 小さな声がして、ベッドに駆け寄る。

「…………やっと目が覚めたか」

 ようやく私を見つめ返してくれることに私はいつの間にか視界がぼやけていることにも気が付かなかった。

 「もう、契約が破棄になったのに、帰ってきてしまってすいません……」
「なぜ、そんなことを言うんだ!」

 生ぬるいものが頬を伝った。

 視界をぼやけさせている正体が分かった。私の目から涙が零れたのだ。


「君を愛しているんだ」

 困惑に震える瞳で見つめる雪。

「君を愛している」

 次第に陶磁器の人形のように美しい顔が歪み、目が充血してゆく。そして涙が生まれそれが大粒になると堪えきれず目尻から枕へと零れていった。

 おずおずと私にさらに細くなった腕が伸ばされ、私が雪の胸に抱かれるように顔を埋めると雪は力強く私の首にしがみついた。ときより私の背中を掻き抱くように泣きながら私を締め付ける。


 雪への愛を、もう出し惜しみはしない。

 契約でも、嘘でもない。

 私のΩであることを。





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