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顕在

第四十一話

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 そのときはいきなり訪れた。



 大学の図書館での自習の帰り、須賀とは車種は違えど黒塗りのピカピカした高級車か停まっていて、俺がそこを通り過ぎようとすると突然ドアが開いて背の高い逞しい男たちに囲まれてしまった。

「須賀 元親様をご存知ですね」

 そう言われて抵抗してはいけないと悟った。俺がどうやったって敵う相手でもなさそうだ。

 誘拐同然に連れて来られたのはとんでもないお屋敷だった。須賀の家は古い日本建築だけれど、ここは洋館のよう。光沢のある白い石がピカピカとしていてお姫様が塔の上で閉じ込められていそうな雰囲気だ。大きな重厚な扉が開いてそのまま連れていかれる。

「こちらでお待ちください」

 そう言われて通された部屋は吹き抜けの広間で、庭の木々が揺れて影を作っている。もう日没間近。滝さん心配してないかな、なんて妙に俺は冷静でいた。いや、実際は冷静ではいられなかった。怖くて低血圧になって思考が回らないんだと思う。



 遠くでガチャリと扉が開く音が吹き抜けの空間に響いて、その先からコツコツと杖をつく音が近づいてきた。後ろには数人の男たちを引き連れている。

 白髪の髭を蓄えた大柄な男だった。先日会った伏見会長とは年は近いかもしれないが会長とは違って体の大きな人だ。

「君が長谷川 雪か」

 名前を呼ばれドキッとする。皺があるがその目尻はキツく上がっていて既視感を覚える。

「私は須賀 正親だ」

 あぁ、ついに対面してしまったのだ。既視感を覚えたのはそのせいだった。須賀のおじいさんだ。

「驚かないのか、大した度胸だね」
「……」
「どこの骨とも分からないΩにご執心とは、祖父として恥ずかしい話だ」

 おじいさんは後ろに居た人から大きな封筒を受け取ると、封筒の口を逆さまに持ち何度か揺さぶると、中から紙がバサバサと落ちる。それらが床に散らばった。

 ──写真!?

 俺の足元に滑り込んできたものは、須賀と俺がキスしている写真だった。慌てて他にも目をやると俺の肩に手を掛けているものや、腰を抱いているもの、俺のボロアパートの前で撮られているものまであった。

 ──やはり撮られていたんだ……。

 須賀の目論見は見事に成功している。写真に切り取られたこの一瞬一瞬はどれも、確かに恋人のように見えてくる。俺を抱く須賀の腕の力強さ、俺を見下ろす眼差し。……そして俺が見上げる眼差し。

 ──こんな顔をしてる。

「どうせ金目的だろう? 金はやる、孫の前から失せてくれ」

 思わずその写真に手を伸ばそうとしていたことに気づいてその手をぎゅっと握り自分の横に戻した。


 この写真たちはおじいさんの怒りを煽っただけで、根本的な解決にはなっていなかった。別れさせたいんだ、そりゃそうだよな。分かっているから傷ついたりはしない。

 それにお金目的なのも違わない。パーティーでも知らない男にお金で買われそうになった、俺にはもう、それしかないのかと自嘲した。

「幾らだ、幾ら欲しいのだ?」

 大学の学費の支払いに困って縋って契約をした自分を殴りたい。お金がないなら大学を辞めるべきだったんだ。身の丈に合った俺の人生を歩めばよかった。

 出来損ないのΩが政府に保護される前に抗ってみて、なんになるのだろう。夢をみて馬鹿みたいだ。

 すべて金でどうにかしようとする人たちの世界にも、もう限界だった。

 そして金でどうにでもなってしまう世の中にも。



 写真の中にスタジャン姿の自分を見つけて、胸が締め付けられていく。高価な服だって分かってた、大学に着ていったら同じ研究室の先輩に服を褒められて、そのとき目の前でスマホで検索されて見せられた画面には、日本未発売であることと価格が載っていたんだ。

 本当に俺は馬鹿だよ。金や物にしっかり気持ちが流されてる。かっこいいものに触れて、それに身を包んで、須賀の満足げな顔を見て俺も満たされてた。

 須賀へ芽生え始めた気持ちも真実味が消えていく。

 金の繋がりで得た関係になんの意味が生まれたのだろうか。きっとそれは『虚像』だ。





 ──バンッ

 俺が入ってきた扉がいきなり大きく勢いよく開いて風が吹き込んだ。振り向くと須賀の香りがして一気に息苦しくなった。

「元親、早かったな。暇なのか?」

 コツコツと床に響く須賀の靴音が俺に近づいてきて俺の前に立ちはだかる。

「あなたこそ誘拐まがいなことをして」
「聞き捨てならんな、この私に向かって!」

 おじいさんは大声を上げて周りを威圧した。ドクンと体にその圧が伝わり後ずさると須賀が後ろ手に俺を捕まえる。

「ご忠告したはずですよ」

 そう睨みつけ、俺の肩を抱いて須賀の胸の中に収めた。おずおずと見上げると須賀は怒りでこめかみがヒクヒクとしている。そして白い犬歯を覗かせ低い声でおじいさんに威嚇した。

「しかしあなたは一線を超えた」

 そう言ったあと、ドドドッと体中の血液が沸き立つかのように体が熱くなった。首を締め付けられているように喉がつまり、顔が赤黒くなる。

 以前母親に病院に呼び出された時を思い出す、あのときの息苦しさに酷似していた。しかしその比は尋常ではなく、俺の視界は小さくなっていく。

「お前は……っ! Ωのフェロモンにあて……ら……れたっ、愚かなαだ……っ、犬だ……っ!」

 須賀は怒りに任せさらに威圧を放った。その場にいた全員が鼻血を出し、次第に卒倒していく。かろうじて杖で身体を支え耐えるおじいさんは、歯を食いしばり目を充血させて堪えていた。


 俺はここで意識を手放したんだ。






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