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デート
第三十ニ話
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玄関を開けると廊下の奥からパタパタと足音が近づいてくる。
「あら、お二人揃って」
「瀧さん、もしかして待っててくれたんですか?」
「いいえ! もう帰ろうとしていたところですよ」
「あの、これ冷蔵庫に入れてもいいですか?」
「えぇ、私がお預かりしますよ」
「ありがとうございます。これケーキなんですが、俺が手を付けてしまったので……瀧さんにはちゃんと後日改めて買ってきますね」
雪は申し訳なさげにそれを瀧に渡した。
「あらぁ! 気を遣わないでくださいよ! 私はケーキより大福なんですから」
「え?」
「うふふ」
目をぱちくりさせて考えてから雪もくすりと笑う。
「分かった、今度瀧の好きな大福を買って帰るよ」
「えぇ、楽しみにしていますよ」
含み笑いを浮かべる瀧に私がそう話すと瀧はにこにこしながらケーキの入った箱を手にする。
「私はこれを冷蔵庫に仕舞ったら失礼しますね、おやすみなさいまし」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「瀧さん、大福が好きなんだ……」
「いつも買う和菓子屋があるんだよ」
「老舗とか?」
「あぁ、明治からだと聞いたことがある」
「へえ! 俺も行ってみたい!」
「では明日買いにいこう、また大学まで迎えにいく」
「あ……はいっ」
「それに、他の買い物もしよう、服がなくて困っているんじゃないか?」
「……でも、高いのは……」
「明日は君がほしいものを買う、それでいいだろう?」
渋々ながら納得させ、明日の約束を取り付けた。
「さぁついたよ」
閉店後の百貨店の正面玄関に車を付けると、ロマンスグレーの紳士的な男が待ち受けていた。
「須賀様、お待ちしておりました」
「九条さん。 お久しぶりです」
待っていたのはこの百貨店のオーナーである九条社長。一人息子の吾妻は弁護士をしていて、その息子とはたまに飲む間柄だ。九条社長がわざわざ出迎えてくれたことに私は駆け寄り握手を求める。
「いつも息子が大変世話になっています」
「最近彼は忙しいようで、なかなか付き合ってくれませんよ」
「息子にはたまには息抜きするよう伝えます」
「あぁ、頼みます」
「あと、こちら例の大福です」
九条社長が紙袋を寄越した。
「ありがとうございます。瀧に強請られましてね」
「瀧さん、お元気でいらっしゃいますか? 以前はよく買い物にいらしてくださっていたのですが、最近めっきりと」
「近場で済ませているらしいんです。もう年ですからね。とは言っても未だ私の世話で走り回っています」
「それはそれは」
挨拶を済ませると遅れて車から出てきた雪の肩を抱いた。
「今夜は、彼に服を買ってやりたくて」
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
「ありがとうございます」
「私はこれで」
九条社長は微笑んで外商をふたり私達に付けるように指示すると、丁寧なお辞儀をして立ち去った。
「瀧さんへの大福、お取り置きしたんですか?」
「この地下に店舗が入っているから、大概はお願いしているんだ、どうした?」
「俺も店に行きたいって言ったじゃないですか」
「……何が違うんだ?」
「瀧さんに買ってあげたかったんです」
雪が頬を膨らませている。怒ってはいないようだが私はこの理屈に理解が出来ない。
「それに、結局また高価なもの買うんですよね」
百貨店のエントランスの吹き抜けを見上げながら雪が拗ねている。
「私が買ってやりたいんだ」
「やっぱり」
あぁ、拗ねている雪も可愛らしい。
「同じですよ、大福と」
「ん……?」
「なんでもないです」
「貸し切りだ、気にしないで選んでいいよ」
「そう言われても……どれを買っていいか」
困り果てフロアガイドを見始めてしまった雪に、彼が好みそうなブランド店を後ろに控えている外商に教えてもらい連れて行ってもらうことにした。
店に入りハンガーに掛けられた春物の服を手に取るが、ちらりと手元でプライスタグを確認してはそれを戻すを繰り返して雪はついにため息をついた。
「差し出がましいようで恐縮ですが、裏にまだ未発売の春物プレタポルテがございます、もし宜しければご用意させて頂きます」
「未発売か、見てみようか」
「では、ご用意させていただきます」
少し待って通された奥のラウンジにはずらりと移動式のハンガーラックが並んでおり、そこには雪のような若者が好きそうなカジュアルな服が並んでいた。
「うわぁ…これかっこいい!」
早速雪はそれに近寄ってアウターを手に取る。雪が反応したのは黒と白のスタジャン。早速羽織ると少し大きめだが雪が嬉しそうな顔をしている。
「とてもお似合いですよ。中にこのようなフーディーを着込むときに備えてこのくらい大きいほうがよろしいかと」
「えへへ、それもかっこいい」
外商が褒めるとその言葉に照れている。ちらりと雪が私を伺うように見た。
「よく似合っているよ」
「ふふ、かっこいい?」
そうか、雪はこういうのが好きなのか。外商とは人の好みを瞬時に判断出来るのだな。よく見るとプライスタグが付いていない。もしかすると雪を気遣って未発売と言ってまだタグを付けていないものを出したのか。さすがは九条社長の下で働く者たちだ。サービス業のホスピタリティを叩き込まれている。
そのスタジャンに合うよう他の服も選んでいく。選んだ服は別に用意された空のハンガーラックに次々に掛けられた。
まるで着せ替え人形のように次から次へと変身してゆく雪。雪はゆったりと着られるニットや、オーバーサイズのシャツなど体のラインが出ないものが好きらしい。私はソファに腰掛けそれを眺めることにした。
雪の行動を見ていると好きなものそうでないものが良く分かる。若者らしく素直に表情に表れるのだ。気にはなるが一旦断ってしまって未練が残るようなものは、私が店員に合図してそれもハンガーラックに掛けさせた。
「あら、お二人揃って」
「瀧さん、もしかして待っててくれたんですか?」
「いいえ! もう帰ろうとしていたところですよ」
「あの、これ冷蔵庫に入れてもいいですか?」
「えぇ、私がお預かりしますよ」
「ありがとうございます。これケーキなんですが、俺が手を付けてしまったので……瀧さんにはちゃんと後日改めて買ってきますね」
雪は申し訳なさげにそれを瀧に渡した。
「あらぁ! 気を遣わないでくださいよ! 私はケーキより大福なんですから」
「え?」
「うふふ」
目をぱちくりさせて考えてから雪もくすりと笑う。
「分かった、今度瀧の好きな大福を買って帰るよ」
「えぇ、楽しみにしていますよ」
含み笑いを浮かべる瀧に私がそう話すと瀧はにこにこしながらケーキの入った箱を手にする。
「私はこれを冷蔵庫に仕舞ったら失礼しますね、おやすみなさいまし」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「瀧さん、大福が好きなんだ……」
「いつも買う和菓子屋があるんだよ」
「老舗とか?」
「あぁ、明治からだと聞いたことがある」
「へえ! 俺も行ってみたい!」
「では明日買いにいこう、また大学まで迎えにいく」
「あ……はいっ」
「それに、他の買い物もしよう、服がなくて困っているんじゃないか?」
「……でも、高いのは……」
「明日は君がほしいものを買う、それでいいだろう?」
渋々ながら納得させ、明日の約束を取り付けた。
「さぁついたよ」
閉店後の百貨店の正面玄関に車を付けると、ロマンスグレーの紳士的な男が待ち受けていた。
「須賀様、お待ちしておりました」
「九条さん。 お久しぶりです」
待っていたのはこの百貨店のオーナーである九条社長。一人息子の吾妻は弁護士をしていて、その息子とはたまに飲む間柄だ。九条社長がわざわざ出迎えてくれたことに私は駆け寄り握手を求める。
「いつも息子が大変世話になっています」
「最近彼は忙しいようで、なかなか付き合ってくれませんよ」
「息子にはたまには息抜きするよう伝えます」
「あぁ、頼みます」
「あと、こちら例の大福です」
九条社長が紙袋を寄越した。
「ありがとうございます。瀧に強請られましてね」
「瀧さん、お元気でいらっしゃいますか? 以前はよく買い物にいらしてくださっていたのですが、最近めっきりと」
「近場で済ませているらしいんです。もう年ですからね。とは言っても未だ私の世話で走り回っています」
「それはそれは」
挨拶を済ませると遅れて車から出てきた雪の肩を抱いた。
「今夜は、彼に服を買ってやりたくて」
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
「ありがとうございます」
「私はこれで」
九条社長は微笑んで外商をふたり私達に付けるように指示すると、丁寧なお辞儀をして立ち去った。
「瀧さんへの大福、お取り置きしたんですか?」
「この地下に店舗が入っているから、大概はお願いしているんだ、どうした?」
「俺も店に行きたいって言ったじゃないですか」
「……何が違うんだ?」
「瀧さんに買ってあげたかったんです」
雪が頬を膨らませている。怒ってはいないようだが私はこの理屈に理解が出来ない。
「それに、結局また高価なもの買うんですよね」
百貨店のエントランスの吹き抜けを見上げながら雪が拗ねている。
「私が買ってやりたいんだ」
「やっぱり」
あぁ、拗ねている雪も可愛らしい。
「同じですよ、大福と」
「ん……?」
「なんでもないです」
「貸し切りだ、気にしないで選んでいいよ」
「そう言われても……どれを買っていいか」
困り果てフロアガイドを見始めてしまった雪に、彼が好みそうなブランド店を後ろに控えている外商に教えてもらい連れて行ってもらうことにした。
店に入りハンガーに掛けられた春物の服を手に取るが、ちらりと手元でプライスタグを確認してはそれを戻すを繰り返して雪はついにため息をついた。
「差し出がましいようで恐縮ですが、裏にまだ未発売の春物プレタポルテがございます、もし宜しければご用意させて頂きます」
「未発売か、見てみようか」
「では、ご用意させていただきます」
少し待って通された奥のラウンジにはずらりと移動式のハンガーラックが並んでおり、そこには雪のような若者が好きそうなカジュアルな服が並んでいた。
「うわぁ…これかっこいい!」
早速雪はそれに近寄ってアウターを手に取る。雪が反応したのは黒と白のスタジャン。早速羽織ると少し大きめだが雪が嬉しそうな顔をしている。
「とてもお似合いですよ。中にこのようなフーディーを着込むときに備えてこのくらい大きいほうがよろしいかと」
「えへへ、それもかっこいい」
外商が褒めるとその言葉に照れている。ちらりと雪が私を伺うように見た。
「よく似合っているよ」
「ふふ、かっこいい?」
そうか、雪はこういうのが好きなのか。外商とは人の好みを瞬時に判断出来るのだな。よく見るとプライスタグが付いていない。もしかすると雪を気遣って未発売と言ってまだタグを付けていないものを出したのか。さすがは九条社長の下で働く者たちだ。サービス業のホスピタリティを叩き込まれている。
そのスタジャンに合うよう他の服も選んでいく。選んだ服は別に用意された空のハンガーラックに次々に掛けられた。
まるで着せ替え人形のように次から次へと変身してゆく雪。雪はゆったりと着られるニットや、オーバーサイズのシャツなど体のラインが出ないものが好きらしい。私はソファに腰掛けそれを眺めることにした。
雪の行動を見ていると好きなものそうでないものが良く分かる。若者らしく素直に表情に表れるのだ。気にはなるが一旦断ってしまって未練が残るようなものは、私が店員に合図してそれもハンガーラックに掛けさせた。
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