恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

文字の大きさ
上 下
29 / 98
暗闇

第ニ十九話

しおりを挟む
 母親が怪我をした。

 友達の娘の結婚式のために上京していることはレストランでの件で知ることになったが、滞在を延ばし観光していたらしい。遊びに行った先で怪我をしたという。

 慌てて大学の門をくぐると黒い艶々の車が停まってる。須賀の車だ。何故ここにいるのか急いで駆け寄ると佐伯さんが俺に気付いて後部座席のドアを開けてくれて待ってる。

「須賀さん……」

 気が動転して何故彼がここに居るのかが分からない。

「あっあの、すいません。急用で俺、乗れません。連絡くれていたのだったらごめんなさい」
「どうした?」

 車の中から背を屈ませ須賀が伺っている。

「……母が怪我をしたと。なので病院へ行ってきます」

 須賀の視線に合わせドアに手をかけ車内を覗き込んだ時、須賀の手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。





 須賀は病院へ送ってくれると提案してくれて、到着まで不安がる俺の手を握っていてくれた。あんなことされてきても母親のこと心配になるんだ、と俺は心のどこかで思った。……俺の母親はあの人しかいないんだ。


 車を降りると病院の入り口目がけて走った。そして受付で事情を話すと救急外来だと教えられそちらへ向かった。すると廊下の長椅子に座っている母を見つけた。母も俺を見つけて立ち上がる。

「遅いじゃないの! なにやってたのよ!」
「ごめん……、怪我は?」
「ふん」

 母の身体を見るが見た目にはどこを怪我しているのが分からない。

「いったい、どこを怪我したの? どうしたの?」
「ほかの観光客にぶつかって転んだのよ。そのときに手首を捻ったのよ、あぁ、もう、痛い!」

 手首をさすって痛そうな顔をした。……手首を捻ったか。それだけで済んだことに安堵してほっとため息をつくが母親はなにか気まずそうにその手首をコートの裾で隠した。

「……なによ」
「ううん。……あの人は? 一緒に来なかったの?」
「父親をあの人だなんて! あんたって子は!」

 痛いはずの方の手で俺の頭を何度も叩いてきた。俺は腕で頭を庇い耐える。俺の言い方に棘があったのは否めない。しかし養父がここに居なくてよかったとホッとしている。だからこんな叱咤も気にもならない。


 するといきなり俺は肩を掴まれた。覚えのある良い香りがふわりとして、気がつくと俺は肩を抱かれ須賀の胸の中に納まっていたんだ。びっくりして見上げると元々目尻の上がったキリッとした眼差しが冷たく母親を睨んでいて、うまく言えないが俺は途端に苦しくなったんだ。キーンと遠くで耳鳴りがして俺の鼓膜を痛める。

「あら、あなた、雪の彼氏かしら?」

 母の声がして俺はようやく母を見ることができた。この喉を絞められているような息苦しさはなんだろう。母はまるで値踏みをするように須賀を見上げてニヤリとしている。

 ──須賀さんにそんな顔を向けないで……。

「違うから……お母さん、やめて……」
「なによ。もう手当も終わったしホテルまでタクシーで帰るからお金寄越しなさい」
「……持ってきてないよ」

 絞り出すようにそう言うと母はわざとらしく肩を落とし泣くような素振りをし始めた。

「じゃあ、私はどうやって帰ればいいのよぉ……!」
「送りましょうか?」

 頭上から低い冷ややかな声がした。とても低いトーンだった。目の前の人に対して嫌悪感を抱いているということは俺にも分かった。
 須賀の胸を押して少し離れると須賀が俺を見下ろしてハッとしたような顔をした。そうしたら途端に俺は解放されたような感覚がした。でもまだ息苦しさが残っていて喉が詰まる。

「駄目です、迷惑は……かけられ……ません」
「……お金さえ貰えれば私は帰るわよ」
「では、これでお帰りを」

 須賀は上着の内ポケットから財布を出すと中から数万抜き取りそれを差し出した。

「あら、話が早くていいわ」
「母さん! そんなに要らないだろ……」
「あんたが私に渡さないからでしょう? 息子に請求してくださいね、じゃ」

 すっかりご機嫌な母は怪我したはずの方の指ですっと須賀の手から取り上げるとハンドバッグにしまい、さっさと俺達の前から去っていった。

 単にタクシー代が欲しかっただけだった。悔しさとやるせなさに涙が滲む。それに須賀に見られてしまった。須賀からも金を無心するような母を持つ俺を須賀はどう思うだろう、軽蔑しただろうか。
 息子の俺でさえ、軽蔑してしまいたいのに……、それが出来ればどれだけ楽だろうといつも考えては湧き出すそれを潰してきたんだ。

「君の母親か?」
「……すみませんでした」

 泣かないように歯を食いしばる。

「君が謝ることじゃない、君のせいじゃない」
「俺の母親ですから……お金はお返しします」
「それより、すまなかった」

 須賀はもう一度俺の肩を抱いて廊下の長椅子に座らせた。





しおりを挟む
初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...