19 / 98
人の価値
第十九話
しおりを挟む
アパートに戻ると車はまだあって側に須賀が立っていた。心配そうにそわそわして俺を視界に入れると駆け寄ってきた。
──まだ帰っていなかったんだ……
須賀の横を通り過ぎ自分の部屋に向かうと須賀は付いてきた。鍵を開けて足を踏み入れるとさっき拭いた床からまたじんわり水分が湧き出てくる。乾かしたばかりのタオルを取り出すとそれにまた水分を吸わせた。
「まさか、この水をどうにかしようとしているのか?」
「下の人に迷惑かけてしまうから」
「下のやつのことなどどうでもいいだろう、君は一番の被害者だ。上の階のやつは何を……」
俺の代わりに怒ってる須賀がなんだかかわいく思えてくるから不思議だ。自分の部屋がこんな状況なのにも関わらず、あまり動揺していないのは須賀がこうやって居てくれてるからなんだと気が付いて、俺は床を拭いている手を止めて須賀を見上げた。
「いいんですよ。責めても結果は変わりませんから。……あ! あなたの権力でどうこうしようとしないでくださいね」
「……君がそういうならしない」
しようとしてたんだと思うと笑ってしまった。須賀は俺の代わりに未だ苛立っているようだ。
「しかし家財の補償は君の持つ正当な権利だ。ちゃんと請求しよう」
「……家財なんてありませんから」
手元に視線を戻すと拭いた床からまたじわりと水分が出て、流石に作業を止めて俺は立ち上がった。
「パソコンは歴とした家財だ」
「……」
須賀は返事をしなかった俺の背中をさすってくれた。
「…………とにかく今夜だけでもいい、うちに来てくれ。頼む」
「なぜあなたがお願いするのですか」
「そうだな、おかしいな」
そう眉を下げて笑う須賀に俺はお世話になりますと答えた。するとみるみるうちに眉毛は上がって俺に一歩近づいた。
「あ……っ?!」
須賀は俺のコートのポケットに手を突っ込んで部屋の鍵を見つけたんだ。
「工事の人がいつ入ってもいいように持ち出せるものは今持っていこう」
その言葉に頷いて俺は通帳など大切なものをひと通りバッグに詰めるとバッグはぎゅうぎゅうになった。
「行くぞ」
須賀が鍵を掛けると外の廊下に持ち出しておいたボストンバッグたちを片手で軽々握り、もう片方の手は俺の手を掴んだ。しっかり水没した教科書たちだから重いはずなのに力持ちなんだな。
「佐伯、廊下にある他の荷物を頼む」
「かしこまりました」
車のトランクに全て積み込んで車は発進する。
須賀に家ではなくホテルのほうが良いかと聞かれ、その方が気は楽だと思ったが宿泊代を考えると俺には払えないし、彼が当然払うという顔をするだろうからその選択肢はすぐに消えた。
結局やって来たのはやはり須賀の家だった。こんな形で彼の家族に会ってしまうのだろうか……。
「今日はもう遅い。まずは休みなさい」
通された部屋は十畳ほどの和室で続き間になっていて隣は絨毯が敷かれその上にベッドが置かれている。家……というよりお屋敷と呼ぶに相応しい日本家屋。高級旅館のようだ。
「おやすみ、雪」
俺のおでこにキスをして襖が閉じられた。
はぁ……っと大きなため息が自然と漏れてその場に蹲る。コートを肩から降ろすように脱ぐとようやく力が抜ける。
「撮影したのが、遠い昔のよう……」
今日は色んなことがあり過ぎた。僅かに残ってる体力を振り絞りベッドに横になるとふわわふわした布団にゆっくり身体が沈んでいく。
──まだ帰っていなかったんだ……
須賀の横を通り過ぎ自分の部屋に向かうと須賀は付いてきた。鍵を開けて足を踏み入れるとさっき拭いた床からまたじんわり水分が湧き出てくる。乾かしたばかりのタオルを取り出すとそれにまた水分を吸わせた。
「まさか、この水をどうにかしようとしているのか?」
「下の人に迷惑かけてしまうから」
「下のやつのことなどどうでもいいだろう、君は一番の被害者だ。上の階のやつは何を……」
俺の代わりに怒ってる須賀がなんだかかわいく思えてくるから不思議だ。自分の部屋がこんな状況なのにも関わらず、あまり動揺していないのは須賀がこうやって居てくれてるからなんだと気が付いて、俺は床を拭いている手を止めて須賀を見上げた。
「いいんですよ。責めても結果は変わりませんから。……あ! あなたの権力でどうこうしようとしないでくださいね」
「……君がそういうならしない」
しようとしてたんだと思うと笑ってしまった。須賀は俺の代わりに未だ苛立っているようだ。
「しかし家財の補償は君の持つ正当な権利だ。ちゃんと請求しよう」
「……家財なんてありませんから」
手元に視線を戻すと拭いた床からまたじわりと水分が出て、流石に作業を止めて俺は立ち上がった。
「パソコンは歴とした家財だ」
「……」
須賀は返事をしなかった俺の背中をさすってくれた。
「…………とにかく今夜だけでもいい、うちに来てくれ。頼む」
「なぜあなたがお願いするのですか」
「そうだな、おかしいな」
そう眉を下げて笑う須賀に俺はお世話になりますと答えた。するとみるみるうちに眉毛は上がって俺に一歩近づいた。
「あ……っ?!」
須賀は俺のコートのポケットに手を突っ込んで部屋の鍵を見つけたんだ。
「工事の人がいつ入ってもいいように持ち出せるものは今持っていこう」
その言葉に頷いて俺は通帳など大切なものをひと通りバッグに詰めるとバッグはぎゅうぎゅうになった。
「行くぞ」
須賀が鍵を掛けると外の廊下に持ち出しておいたボストンバッグたちを片手で軽々握り、もう片方の手は俺の手を掴んだ。しっかり水没した教科書たちだから重いはずなのに力持ちなんだな。
「佐伯、廊下にある他の荷物を頼む」
「かしこまりました」
車のトランクに全て積み込んで車は発進する。
須賀に家ではなくホテルのほうが良いかと聞かれ、その方が気は楽だと思ったが宿泊代を考えると俺には払えないし、彼が当然払うという顔をするだろうからその選択肢はすぐに消えた。
結局やって来たのはやはり須賀の家だった。こんな形で彼の家族に会ってしまうのだろうか……。
「今日はもう遅い。まずは休みなさい」
通された部屋は十畳ほどの和室で続き間になっていて隣は絨毯が敷かれその上にベッドが置かれている。家……というよりお屋敷と呼ぶに相応しい日本家屋。高級旅館のようだ。
「おやすみ、雪」
俺のおでこにキスをして襖が閉じられた。
はぁ……っと大きなため息が自然と漏れてその場に蹲る。コートを肩から降ろすように脱ぐとようやく力が抜ける。
「撮影したのが、遠い昔のよう……」
今日は色んなことがあり過ぎた。僅かに残ってる体力を振り絞りベッドに横になるとふわわふわした布団にゆっくり身体が沈んでいく。
84
初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
お気に入りに追加
908
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
お世話したいαしか勝たん!
沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。
悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…?
優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?!
※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる