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人の価値
第十七話
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イタリアンレストランで打ち上げが行われたあと須賀の車に揺られていた。須賀は俺の手を握っている。
「……車の中でまで手を繋ぐのですか?」
「嫌か?」
「そういうことではなくて、おじいさんの目はここまで届いているんですか?」
「だとしたらこんな会話は聞かせられないな」
「だったら手を繋ぐ理由はありませんけど」
「どこでパパラッチされるか、分からないからな」
そう言われてしまうと手は解けなくなる。手を握られるだけで胸がドキドキしてしまうのが悔しくて、嫌なのに。
手はそのままにして車窓を眺めて気を紛らわせる。キラキラとした夜の光が流れていく。
「今日は疲れたか?」
俺と手を繋いだままにしている須賀がその手に力を込めたのが分かった。慣れないことばかりで確かに疲れているけれど、初めて知る世界にたくさんの刺激があったせいか変な浮遊感もある。
「俺はちゃんと出来たのか、心配です」
須賀を見ると須賀は俺の手を見つめていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「さっきの打ち上げのみんな、朝とは全く違っただろう?」
「……?」
「朝会った君におそらく彼らは期待していなかった。しかし最後にはみな君に見惚れていた、羨望の眼差しというやつだ。一流の服に、一流の美容師、君は見違えるように美しくなった」
立ち聞きした会話からして俺に期待していないのは分かってる。それに一流の手を借りたからと言って俺は変わらないのに。
しかし須賀は満足げに俺の指にひとつ口付けた。
「おかしなものだよな、中身は一切変わらない。なのに、波野の手にかかり君が見違えるようになると彼らは手のひら返しだ」
「それは波野さんにキスしているところを見せたり、恋人だと示していた効果じゃないのかなとは思うけど……」
「監督は君に相当見惚れていた」
「そうですかね……」
「所詮は、人は見た目だからな」
所詮人は見た目。胸の奥がズキンと痛む。
ふと波野さんに髪質を褒められて嬉しかったのを思い出した。
あのときΩらしさがこの髪質ならと思った自分がいた。Ωらしい見た目が欲しかった。Ωの証として手っ取り早い見た目を得たかった。Ωにしては長身で痩せていてΩらしくないことに劣等感があったから。
Ωらしくないことであのレストランで採用されて嬉しかったことも、見た目で選ばれたことも、あのとき素直に喜んでた。
須賀にいま、人は見た目だと言われてなぜ傷ついているのだろう。自分が求めていたのは外見での区別だったのに。
中身なんてもっと駄目だ、Ωとして出来損ないなんだから……。
須賀の温かな手と、冷ややかな現実を突きつける鋭い眼差し。自分がガキであると突き付けられているようだ。
「中身はこんな俺なんです。なんにも取り柄も才能も、なにも持っていない。あなたがなんでこんな契約したのかも、未だ理解できてない」
須賀は握られている俺の手にもう片方の手を乗せた。
「あなたも俺にきれいな服を着せたりさせますよね?」
「まぁ……そうだな。だがそれは君にステイタスを与えたいからではない」
「分かってます。あなたと並んでもみっともないことがないように俺に高価な服を着せているんですよね。恋人のフリのための、……物資提供」
「……」
須賀は俺の手を強く握って黙った。なにか考えているようだけど、俺は次から次へと湧いてくる意味なんか持たない言葉を吐き出していた。
「おじいさんへのカモフラージュのため。ファストファッションを着ているような人間に須賀さんは惚れることなんてない、現実味がない、おじいさんもそんなの信じない……それとも……っ、俺が貧乏だから、同情しているんですか?」
自分から出ている言葉なのに、どんどん自分の心が傷ついていくのはなんでだろう。いったい、何を彼にぶつけているんだろう。
俺は深呼吸をしようとしてあまり上手に息が吸えなかった。身体が震えているのがそこで判った。
「雪」
須賀に呼ばれて俺はハッとする。
「君は自分を下に見すぎている、見誤るなと言っているんだ」
「……俺には、なにもないんですよ? あなたにこんな贈り物される価値もない」
今日だって、撮影で着た淡いミントグリーンのブラウスがとってもきれいな色だったから着ていてすごく気分が良かった。そうしたらそれを買い取りするといって、そのまま着て帰ることになった。このコートの下にそのブラウスがある。
いつも須賀は俺をきれいなもので包もうとする。
不完全なものをきれいなもので補っている。
人は見た目で判断されるから。
「佐伯さん、車を停めてください、お、降ります」
「駄目だ」
「……須賀さん!」
「こんな夜に君を放り出せない!」
須賀は目尻を上げて俺を睨んだ。
こんなに睨まれたのは初めてだった。こんな感情を顕にする須賀を見るのも。
「見誤るなと言っただろう? 君はΩなんだ」
須賀の口から思いがけないことを言われて俺は言葉を失った。須賀は口元を抑えて冷静さを取り戻そうとしているようだった。
「私と一緒に……居たくないのだろうが、君の身の安全のためだ、……我慢してくれ」
そう言われて俺はドアにかけていた手を膝にゆっくりと戻した。俯くとコートの隙間から淡いミントグリーンが覗く。両手でコートの襟を掴みそのブラウスを覆い隠した。
ブラウスを着たときとっても良い気分がしたんだ。春の暖かな日に少しだけ冷たい風が草原の葉を大きくなびかせるような風景が浮かんだ。そして、須賀も目を細めて俺を見ていた。波野さんにカッコよくしてもらって、浮かれていた。
自分に自信がないはずで、Ωとしても特性がない。……それで着飾った自分を褒めてもらったらいじけてる。
本当はΩになりたいのに、抑制剤を飲んでそうじゃないフリして。
──ほんと、ガキ。
こんな不完全なΩを、Ωと呼んでくれる価値もない。
「……車の中でまで手を繋ぐのですか?」
「嫌か?」
「そういうことではなくて、おじいさんの目はここまで届いているんですか?」
「だとしたらこんな会話は聞かせられないな」
「だったら手を繋ぐ理由はありませんけど」
「どこでパパラッチされるか、分からないからな」
そう言われてしまうと手は解けなくなる。手を握られるだけで胸がドキドキしてしまうのが悔しくて、嫌なのに。
手はそのままにして車窓を眺めて気を紛らわせる。キラキラとした夜の光が流れていく。
「今日は疲れたか?」
俺と手を繋いだままにしている須賀がその手に力を込めたのが分かった。慣れないことばかりで確かに疲れているけれど、初めて知る世界にたくさんの刺激があったせいか変な浮遊感もある。
「俺はちゃんと出来たのか、心配です」
須賀を見ると須賀は俺の手を見つめていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「さっきの打ち上げのみんな、朝とは全く違っただろう?」
「……?」
「朝会った君におそらく彼らは期待していなかった。しかし最後にはみな君に見惚れていた、羨望の眼差しというやつだ。一流の服に、一流の美容師、君は見違えるように美しくなった」
立ち聞きした会話からして俺に期待していないのは分かってる。それに一流の手を借りたからと言って俺は変わらないのに。
しかし須賀は満足げに俺の指にひとつ口付けた。
「おかしなものだよな、中身は一切変わらない。なのに、波野の手にかかり君が見違えるようになると彼らは手のひら返しだ」
「それは波野さんにキスしているところを見せたり、恋人だと示していた効果じゃないのかなとは思うけど……」
「監督は君に相当見惚れていた」
「そうですかね……」
「所詮は、人は見た目だからな」
所詮人は見た目。胸の奥がズキンと痛む。
ふと波野さんに髪質を褒められて嬉しかったのを思い出した。
あのときΩらしさがこの髪質ならと思った自分がいた。Ωらしい見た目が欲しかった。Ωの証として手っ取り早い見た目を得たかった。Ωにしては長身で痩せていてΩらしくないことに劣等感があったから。
Ωらしくないことであのレストランで採用されて嬉しかったことも、見た目で選ばれたことも、あのとき素直に喜んでた。
須賀にいま、人は見た目だと言われてなぜ傷ついているのだろう。自分が求めていたのは外見での区別だったのに。
中身なんてもっと駄目だ、Ωとして出来損ないなんだから……。
須賀の温かな手と、冷ややかな現実を突きつける鋭い眼差し。自分がガキであると突き付けられているようだ。
「中身はこんな俺なんです。なんにも取り柄も才能も、なにも持っていない。あなたがなんでこんな契約したのかも、未だ理解できてない」
須賀は握られている俺の手にもう片方の手を乗せた。
「あなたも俺にきれいな服を着せたりさせますよね?」
「まぁ……そうだな。だがそれは君にステイタスを与えたいからではない」
「分かってます。あなたと並んでもみっともないことがないように俺に高価な服を着せているんですよね。恋人のフリのための、……物資提供」
「……」
須賀は俺の手を強く握って黙った。なにか考えているようだけど、俺は次から次へと湧いてくる意味なんか持たない言葉を吐き出していた。
「おじいさんへのカモフラージュのため。ファストファッションを着ているような人間に須賀さんは惚れることなんてない、現実味がない、おじいさんもそんなの信じない……それとも……っ、俺が貧乏だから、同情しているんですか?」
自分から出ている言葉なのに、どんどん自分の心が傷ついていくのはなんでだろう。いったい、何を彼にぶつけているんだろう。
俺は深呼吸をしようとしてあまり上手に息が吸えなかった。身体が震えているのがそこで判った。
「雪」
須賀に呼ばれて俺はハッとする。
「君は自分を下に見すぎている、見誤るなと言っているんだ」
「……俺には、なにもないんですよ? あなたにこんな贈り物される価値もない」
今日だって、撮影で着た淡いミントグリーンのブラウスがとってもきれいな色だったから着ていてすごく気分が良かった。そうしたらそれを買い取りするといって、そのまま着て帰ることになった。このコートの下にそのブラウスがある。
いつも須賀は俺をきれいなもので包もうとする。
不完全なものをきれいなもので補っている。
人は見た目で判断されるから。
「佐伯さん、車を停めてください、お、降ります」
「駄目だ」
「……須賀さん!」
「こんな夜に君を放り出せない!」
須賀は目尻を上げて俺を睨んだ。
こんなに睨まれたのは初めてだった。こんな感情を顕にする須賀を見るのも。
「見誤るなと言っただろう? 君はΩなんだ」
須賀の口から思いがけないことを言われて俺は言葉を失った。須賀は口元を抑えて冷静さを取り戻そうとしているようだった。
「私と一緒に……居たくないのだろうが、君の身の安全のためだ、……我慢してくれ」
そう言われて俺はドアにかけていた手を膝にゆっくりと戻した。俯くとコートの隙間から淡いミントグリーンが覗く。両手でコートの襟を掴みそのブラウスを覆い隠した。
ブラウスを着たときとっても良い気分がしたんだ。春の暖かな日に少しだけ冷たい風が草原の葉を大きくなびかせるような風景が浮かんだ。そして、須賀も目を細めて俺を見ていた。波野さんにカッコよくしてもらって、浮かれていた。
自分に自信がないはずで、Ωとしても特性がない。……それで着飾った自分を褒めてもらったらいじけてる。
本当はΩになりたいのに、抑制剤を飲んでそうじゃないフリして。
──ほんと、ガキ。
こんな不完全なΩを、Ωと呼んでくれる価値もない。
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