恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

文字の大きさ
上 下
14 / 98
人の価値

第十四話

しおりを挟む
 佐伯さんの運転で撮影スタジオなるところまで運ばれた。自分にモデルなど務まるのか不安がいっぱいで佐伯さんを振り返れば、いつもの優しい笑顔で「頑張ってください!」と見送られてしまった。



「今回撮影担当致しますのは───」

 監督や、カメラマン、メイク、衣装……いっぺんに紹介されて最初から挫けそうだ。それからスタッフの方が控室まで案内してくれた。そこで少し待つよう言われ鏡の前に座って待つことにした。鏡の前の台には化粧品がたくさん並んでいる。俺化粧するのかななんて思ってると廊下から声がした。

「私は社長のコネって聞いたけど?」
「私は恋人だって聞いた、けど社長が男の人と付き合うかなぁ。まぁ、婚約者がいるはずだからそれまでの遊び?」
「見た目はわるく無いよね、クセが無くていいかも」
「企業イメージだから当たり障りないほうがね」
「そうそう」

 俺にもしっかり聞こえる声。間違ってはいないから傷ついたりはしないけど、そう見られて仕事をするのはやりづらい。

 ──当たり障りない、か。……遊び、そうかもしれない。


 そこへ「御曹司がやってくるぞ」という声と共に廊下の外が急に慌ただしくなったかと思うとすぐに静まり返った。噂をしていた人たちはいなくなったのだろうかとドアを少し開けて廊下に顔だけ出すと、エレベーターのある廊下の奥から須賀がやってきた。須賀の後ろには先程の監督やカメラマンなど他にもぞろぞろと引き連れている。

 何か紙を見ながら事項を確認しているようだ。今日は濃く鮮やかなブルーの三つ揃えスーツ。その真剣な眼差しがとっても素敵だ。すっかり見惚れてしまっている俺と目が合うと、片眉をあげてにやりと笑うものだから、バタンと控室に首を引っ込めた。それから先程座っていた椅子に戻り息を整える。

 すると、ガチャリ。

 ノックもなく躊躇いもなくドアが開かれた。


「雪、おはよう」
「へ…………っ」

 初めて名前で呼ばれて飛び上がる。

 後ろから肩に手を置かれさっき座っていた椅子に戻されるとそのまま体を屈め俺の頬にキスをした。

「この服、似合っているよ。とても」

 頬のそばで話しかけられてくすぐったい。

「くすぐったいから、やめてください」
「やめないよ、君に朝の挨拶がしたいんだ」

 続けて首元に吸い付かれた。

 この間貰った紙袋たち全て開けて眺めた時、ついこの手触りに夢中になって頬をすり寄せてしまったほどの物で、襟のついた白いニットは少し可愛らしすぎるかと思ったが、袖を通してしまったら着心地の良さに負けて今日着てきたんだ。

「ベージュもあったがやはり君には白が似合うな」

 ニットの肌触りを確認するかのように俺の肩から下へと撫でた。

「あ……りがとうございます」
「あぁ……、一緒に暮らせば毎朝出来るのにな」

 そう言ってまた首元に強く吸い付くと俺の顔を上に向かせ唇を塞ぐ。

 ──そんな甘いセリフがどうしてツラツラと出てくるの。

「…………ん」

 いつもより長めに唇を塞がれて息が上がってしまい、須賀の胸元にしがみついてしまっていると、そこへメイク担当の女性が入ってきた。

「あっ、すいません! 誰も居ないと思っていたので」

 ビクリとした俺の肩に手を置きながら唇を離すと、俺を腕の中に入れた須賀は顔だけ振り返り女性に愛想笑いを向ける。

「構わないよ、私こそ邪魔したね。美しく仕上げてくれ」
「はい、お任せください」
「じゃあ、私は外にいるよ。良い子にしているんだよ」

 髪に口づけをして、少し落ち着きを取り戻した俺を残して須賀は控室を出ていった。恋人のフリというのは、目撃者が必要だということか。須賀の行動は徹底している。



 俺が席を立って挨拶をすると女性は少し申し訳なさそうに近寄ってきて頭を下げてきた。

「長谷川です。宜しくお願いします」
「波野と言います。ヘアセットとメイクを担当します。宜しくお願いします」

 顔を上げた波野さんはニコッと笑っていた。四十代半ばくらいだろうか、黒髪のショートカットの似合う人だ。

「じゃぁさっそく服を上だけ脱いでもらってガウンになってもらえますか?あそこにフィッティング室があるので」
「分かりました」

 さっき褒めてもらったニットを脱いでハンガーに掛けた。似合ってるだなんて言われて正直嬉しかった。彼も俺が着てきて嬉しかったのかな。あれは喜んでるのかな。

 ──違う。恋人のフリで言ってくれてるんだってば。っていうか名前で呼ばれたよね? 気のせいじゃないよね?



 試着室から出て鏡の前に座ると首と肩にタオルが置かれ、霧吹きで俺の髪を湿らせてから丁寧にブラシで梳かしてくれる。前髪も後ろに梳かされ額が顕になった。

 すると波野さんが俺を鏡越しに観察して何やら考えているようだ。

「あの、少しカットさせてもらってもいいですか?」
「はい、構いません」
「では少しだけ」
「はい」

 パクパクと耳障りの良いハサミの音が耳元でする。いつも千円カットで十五分で急いでカットしてもらっているからこんなに丁寧にゆっくり切ってもらうのは新鮮で、なんで髪を梳かしてもらうと心地よくなるのかなどと考えながら鏡に写る自分をなんとなく見ていた。

「じゃぁこれからセットしていきますね」
「はい、お願いします」




しおりを挟む
初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...