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新しい仕事
第十三話
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「そんな坊やに仕事だ」
「仕事? アルバイトですか? 紹介してくださるのですか?」
「あぁ、アルバイトだ。しかも短期のな」
「短期の?」
書類の中からひとつ取り出すとそれを俺に差し出した。なにかのパンフレットのようだ。表紙に会社名が印刷されている。
「須賀……エレクトロニクス……」
「主に半導体事業の会社にする予定だ」
「予定?」
「あぁ、来月からだ」
「え、あ、もしかしてここに越してくるのですか?」
「あぁ、急ごしらえなもので、まだ会社らしくなってないがようやく様になってきた」
それで須賀自身も腕まくりまでして準備をしていると言うことなのだろうか。ということはオープンまでの間ここの雑用とか手伝いをするということかも? 須賀の使いパシリをするとか?
どんな仕事をするのか想像していると、向かいのソファに座る須賀の目と合う。今までとは少し違う引き締まったような表情をしていた。
「半導体部門のパンフレットと広告に君をイメージモデルとして起用したいんだ」
「は?」
広告? イメージモデル?
「いやいやいやいや!!」
「もう手はずは済んでる」
「済んでるって、もうまた決定権ないじゃないですか」
「契約内のことだ」
「えぇ…そんな、聞いてません」
「話していたらどうだと言うんだ?」
「…………」
断れないし、断らせない。
「でも、いきなりモデルだなんて、俺がですか?」
「君がいいんだ」
「……なんで俺なんですか」
小さくため息を漏らし須賀は座り直した。
「この半導体事業は私の生命線だ。これに賭けている。祖父は半導体事業の拡大には反対で俺はこれを独断で強行しているんだ。日本の半導体製造はアメリカにより不当な協定を強いられ結ばざるを得なかった。それまでは世界シェア50%だったのに、日本は一切から手を引かざるを得なくなったんだ。私はそれを変えたいと思っている」
「不当な協定?……すいません、無知で……」
「気にするな。こんなことを知っている日本人は少ないだろう。起点は一九八六年だ。当時アメリカは不景気だった。代わりに日本は戦後高度成長期でテレビやエアコン、自動車の輸出で大きく経済が回り始めていた。それに目をつけたのがアメリカで、日本に対して制裁を下したんだ。まるで自分より儲けることが悔しいみたいにね」
「そんなこと……まるでいじめじゃないか」
「日本は敗戦国だからな」
須賀は海の向こうの大国に対して苛立ちなのか拳を握りしめている。
「九〇年代に二次協定で、日本の半導体市場における外国製のシェアを20%以上にすることを条件に緩和されて、須賀エレクトロニクスでも生産を始めようという話が持ち上がったが、上からの圧力に負けて結局祖父は手を引いたんだ。そのときにしっかり立て直していれば良かったものを……」
聞いているだけで俺は勝手に身震いがした。そんな協定があったことも知らなかったし、ただそれに立ち向かおうとしている須賀の気配は殺気立っていて、俺はただガタガタと震えてしまう。
「それを、あなたが始めるのですか……?」
「あぁ、そうだ」
「それで、それのモデルが俺……?」
──あまりに荷が重すぎるよ。
ふいに須賀の殺気が消えて俺も緊張が解けた。ソファに凭れて深呼吸を何回かして心を落ち着かせると須賀の穏やかな顔が向けられる。
「モデルとの恋仲というのもなかなか良いと思うのだがな」
そういうと、俺に出してくれたマドレーヌをひとつ齧った。そして「まあまあだな」などと言っている。そして執務室に戻ってきたときに持ち込んだのか某有名コーヒーショップの紙コップと交互に口に運んでいきマドレーヌはすっかり空になってしまった。
「私は失敗などしないし、勝ち目があると確信があるからやるんだ。安心してくれ。君はそれに少し華を添えてくれればいい」
「俺に華なんか」
須賀はふっと笑って脚を組んだ。
契約金は一千万円。「無名の素人だからこれが妥当だ」なんて須賀は言うがそんな金額貰えないし、それに……
──俺にそんな価値ないから……。
さらなる大金に恐怖心が湧いてくる。
契約金は保留にしてもらった。母親のこともあるし、どうしたらいいのか分からないから。
佐伯さんに送られ部屋に入りようやくスマホを確認すると、夏子さんがアルバイト先を心配して色々探してくれたようで連絡をくれていた。近くでごはんを食べるから出てきなとのことだった。俺はそのまままた部屋を出て夏子さんのところへ向かった。
「もうバイト見つかったの?」
夏子さんの待つ居酒屋に到着すると夏子さんはもうビールを何杯か飲んでいて頬が少しだけ赤い。
「はい。でも、言いにくいと言いますか」
「なによ、変なところ?」
「いや、すっごい安定した、いい会社だと思います、が……」
貰ってきたパンフレットをトートバックから取り出し夏子さんに見せる。
「え? ってか就職?」
「いいえ! バイトです、単発の」
「どんなことするの?」
「だ、誰にも言いませんか? 俺だってまだ信じられなくて、騙されてるのかもって思ってるんです……」
「どうしたのよ」
「俺に企業のイメージモデルをしてくれって頼まれてます」
「ええ?!」
「……やっぱり騙されてるんですかね」
「誰にそれを頼まれたのよ」
「須賀社長……」
「えぇ? 社長自ら?」
「はい、やっぱり変ですよね? しかも俺なんかどうやってもモデルになんか……」
「いや! やりなさい! 雪くん! スカウトなのよそれは! はい! かんぱーーーーいっ!」
無理やりウーロン茶を握らされグラスがガシャンとぶつかった。
「仕事? アルバイトですか? 紹介してくださるのですか?」
「あぁ、アルバイトだ。しかも短期のな」
「短期の?」
書類の中からひとつ取り出すとそれを俺に差し出した。なにかのパンフレットのようだ。表紙に会社名が印刷されている。
「須賀……エレクトロニクス……」
「主に半導体事業の会社にする予定だ」
「予定?」
「あぁ、来月からだ」
「え、あ、もしかしてここに越してくるのですか?」
「あぁ、急ごしらえなもので、まだ会社らしくなってないがようやく様になってきた」
それで須賀自身も腕まくりまでして準備をしていると言うことなのだろうか。ということはオープンまでの間ここの雑用とか手伝いをするということかも? 須賀の使いパシリをするとか?
どんな仕事をするのか想像していると、向かいのソファに座る須賀の目と合う。今までとは少し違う引き締まったような表情をしていた。
「半導体部門のパンフレットと広告に君をイメージモデルとして起用したいんだ」
「は?」
広告? イメージモデル?
「いやいやいやいや!!」
「もう手はずは済んでる」
「済んでるって、もうまた決定権ないじゃないですか」
「契約内のことだ」
「えぇ…そんな、聞いてません」
「話していたらどうだと言うんだ?」
「…………」
断れないし、断らせない。
「でも、いきなりモデルだなんて、俺がですか?」
「君がいいんだ」
「……なんで俺なんですか」
小さくため息を漏らし須賀は座り直した。
「この半導体事業は私の生命線だ。これに賭けている。祖父は半導体事業の拡大には反対で俺はこれを独断で強行しているんだ。日本の半導体製造はアメリカにより不当な協定を強いられ結ばざるを得なかった。それまでは世界シェア50%だったのに、日本は一切から手を引かざるを得なくなったんだ。私はそれを変えたいと思っている」
「不当な協定?……すいません、無知で……」
「気にするな。こんなことを知っている日本人は少ないだろう。起点は一九八六年だ。当時アメリカは不景気だった。代わりに日本は戦後高度成長期でテレビやエアコン、自動車の輸出で大きく経済が回り始めていた。それに目をつけたのがアメリカで、日本に対して制裁を下したんだ。まるで自分より儲けることが悔しいみたいにね」
「そんなこと……まるでいじめじゃないか」
「日本は敗戦国だからな」
須賀は海の向こうの大国に対して苛立ちなのか拳を握りしめている。
「九〇年代に二次協定で、日本の半導体市場における外国製のシェアを20%以上にすることを条件に緩和されて、須賀エレクトロニクスでも生産を始めようという話が持ち上がったが、上からの圧力に負けて結局祖父は手を引いたんだ。そのときにしっかり立て直していれば良かったものを……」
聞いているだけで俺は勝手に身震いがした。そんな協定があったことも知らなかったし、ただそれに立ち向かおうとしている須賀の気配は殺気立っていて、俺はただガタガタと震えてしまう。
「それを、あなたが始めるのですか……?」
「あぁ、そうだ」
「それで、それのモデルが俺……?」
──あまりに荷が重すぎるよ。
ふいに須賀の殺気が消えて俺も緊張が解けた。ソファに凭れて深呼吸を何回かして心を落ち着かせると須賀の穏やかな顔が向けられる。
「モデルとの恋仲というのもなかなか良いと思うのだがな」
そういうと、俺に出してくれたマドレーヌをひとつ齧った。そして「まあまあだな」などと言っている。そして執務室に戻ってきたときに持ち込んだのか某有名コーヒーショップの紙コップと交互に口に運んでいきマドレーヌはすっかり空になってしまった。
「私は失敗などしないし、勝ち目があると確信があるからやるんだ。安心してくれ。君はそれに少し華を添えてくれればいい」
「俺に華なんか」
須賀はふっと笑って脚を組んだ。
契約金は一千万円。「無名の素人だからこれが妥当だ」なんて須賀は言うがそんな金額貰えないし、それに……
──俺にそんな価値ないから……。
さらなる大金に恐怖心が湧いてくる。
契約金は保留にしてもらった。母親のこともあるし、どうしたらいいのか分からないから。
佐伯さんに送られ部屋に入りようやくスマホを確認すると、夏子さんがアルバイト先を心配して色々探してくれたようで連絡をくれていた。近くでごはんを食べるから出てきなとのことだった。俺はそのまままた部屋を出て夏子さんのところへ向かった。
「もうバイト見つかったの?」
夏子さんの待つ居酒屋に到着すると夏子さんはもうビールを何杯か飲んでいて頬が少しだけ赤い。
「はい。でも、言いにくいと言いますか」
「なによ、変なところ?」
「いや、すっごい安定した、いい会社だと思います、が……」
貰ってきたパンフレットをトートバックから取り出し夏子さんに見せる。
「え? ってか就職?」
「いいえ! バイトです、単発の」
「どんなことするの?」
「だ、誰にも言いませんか? 俺だってまだ信じられなくて、騙されてるのかもって思ってるんです……」
「どうしたのよ」
「俺に企業のイメージモデルをしてくれって頼まれてます」
「ええ?!」
「……やっぱり騙されてるんですかね」
「誰にそれを頼まれたのよ」
「須賀社長……」
「えぇ? 社長自ら?」
「はい、やっぱり変ですよね? しかも俺なんかどうやってもモデルになんか……」
「いや! やりなさい! 雪くん! スカウトなのよそれは! はい! かんぱーーーーいっ!」
無理やりウーロン茶を握らされグラスがガシャンとぶつかった。
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初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
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