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新しい仕事

第十二話

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 須賀の呼吸に合わせるようにサスペンダーを厚い胸板が押し上げる。

 ほどよく張った顎。

 薄い唇、すっと通った鼻筋。

 そして目尻のあがった二重の瞳と目が合う。

「嬉しいね。私に見惚れているのか?」

 顔が近づいてそのまま唇がくっついた。しっとりとした感触が少しだけあってすぐに離れて行く。須賀の片眉が上がったのが見えた。

「目を瞑れ」

 そう言われてぎゅっと目を瞑ると、俺の首に須賀の手が添えられ親指が軽く俺の顎を支える。それからまたしっとりと唇が重なった。

 何度も啄むようなキスをしたあと、唇に優しく息がかかった。須賀がクスリと笑ったのだ。

「君とのキスはマドレーヌの味か」

 思わず目を開けると須賀の顔がまだ目の前にあった。

「まるで子供のようだな」
「こ、子供じゃありません」
「子供じゃ困る。私の恋人なんだから」

 だろ? とまた眉毛があがり首を傾げると今度は俺の首元に顔を近づけた。

 ビターだけど甘い須賀の香りが微かにしたような気がした。

 首筋に息がかかり反射的に身構えてしまう。ごくりと唾を飲めば須賀の頬で俺の顎が持ち上げられて喉仏を噛まれた。

「…………ひぃっ」

 痛みが走るのかと身構えたが、やってきたのは喉仏に焼けるような熱で俺は思わず須賀の襟元あたりを掴んだ。

 あの夜もそうだった。この人に舌で触れられるとその部分がひどく焼けるように熱くなる。無意識にさらに顎を上げてしまう。

 咬みやすくなったのか須賀はより大きな口を開けると俺の喉仏を全て口に含み、口内で厚い舌を動かし俺をなぶりはじめた。

「……んぁ、すが……さん、んんっ」

 須賀のシャツを掴んでいる俺の手首を掴まれると、須賀の首に絡めるよう導かれていく。無意識に俺はそのまま抱きしめた。それはまるでもっと、とせがむようで。

 牛革のソファがギシシと軋んで、俺は背もたれに追い込まれていく。須賀が俺の腕の中にいて、俺の喉仏が開放されると須賀の唇は耳元へ移動していった。

 いつの間にか俺の背中に回っていた手が俺の後頭部を掴むと、須賀の顔のある方とは反対側へ倒され首元が須賀に顕にさせられた。さらに襟足を指先で掻き分けられ項が裸にされる。

 ふ……っ、とまた須賀の息がかかったような気がした。それからちゅっと音を立てて項に強く吸い付かれた。

「んん……っ」

 ───はっ! いま、変な声が出てしまった!! 恥ずかしい!

 慣れろと言われているのにまた怒られてしまう。……と考えて、これは演技指導なのだろうかと俺から離れていく須賀を見ると、気のせいか須賀の目はやんわり熱を孕んでいるように見えた。

「キスしかしてないのにそんな顔をするのか」
「そんな……って」

 ──俺はどんな顔をしているの?

 するりと俺の腕から須賀は離れていく。須賀は俺に呆れたのか少しだけ首を捻りながらネクタイを緩めるとソファから立ち上がる。

 そんな顔とは、子供みたいに余裕がなく羞恥心丸出しの顔ってことだろうか、それならごもっともで、俺はそんなに乱れてもいないのに首元に手をやり身なりを整え、両手で顔を触る。だいぶ温度は高い。火照っているのかはずかしさからなのか、軽くペシペシと叩き座り直した。






「送った服はどうした」
「え……っと」

 唐突な質問が来て言葉に詰まる。

 あの大量の紙袋たちはいま俺の部屋の押し入れにその名の通り押し込められている。とはいっても押し込れ自体元々なにも入ってはいないので、ぎゅうぎゅうではない。

「あの、ありがとうございました。でもあんな高価なもの、しかもあんなに頂くのは気が引けてしまいます」

 ちらりと須賀を見上げると何か考えて「……気に入らなかったか?」と戸惑いのような顔を見せた。

「え……」

 ──なぜ、そんな顔をするの?もしかして俺が着てこないからがっかりしているの?

 佐伯さんとの会話が一瞬思い出したが、まさかとその考えを一旦仕舞う。

「ではまた違う服を送る」
「ですから、結構です…………」
「私からの贈り物は受け取らないと?」
「違います、俺にはあんな高価なもの似合わないから」
「私が贈ったんだ、次は着て来い」

 考えてみたら高価なものを贈っておいて着てもくれないのはたしかに失礼にあたる。でもどうやったって俺にあんな高価な服は袖を通すだけで震えてしまう。

 俺だって良かれと思っていることが断られれば少し傷つくかもしれない。申し訳ないとか遠慮するとか、こちらはそうしたくとも相手にとっては失礼にあたることかもしれない。……こんなに不機嫌にはならないけれど。

 佐伯さんの言うとおり着てきていたら、少なからずこんな不機嫌にさせることは無かったのかもしれない。

「……分かりました、次には」

 いつの間にか口を尖らせてしまっていたらしい。唇を摘まれてしまった。

「だから子供だと言ったんだよ、坊や」

 最後に頭をぽんとされて須賀はデスクに向かい引き出しを開けた。そこから何やら書類らしきものを出してこちらに戻ってきた。




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