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新しい仕事
第十一話
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アパートの前には見覚えのある黒塗りの高級車が停まっていた。相変わらずピカピカで、築三十年ほどの俺の住んでいるアパートとのミスマッチが妙に面白い。
運転席から佐伯さんが出てきた。
「おかえりなさいませ」
「…どうも」
佐伯さんが穏やかな笑顔をくれる。おかえりなんていつ振りだろう。それも数日前まで知らない人だった佐伯さんから言われるなんて、不思議だ。
──そうか、アルバイト先の荷物を持ってきてくれたんだ。
「お待たせしてしまいましたか、すいません」
「いいえ、先程来たところですから」
駆け足で佐伯さんに近づき無地の紙袋を受け取る。中を覗くと見覚えのある私物が入っていた。荷物と言っても何かあった時のための着替えと折りたたみ傘と、胃薬の薬袋。
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「いいえ、あとこちらは須賀から預かって参りました」
佐伯さんは車の後ろへ回りトランクを開けるとたくさんの高級ブランドの紙袋を手に提げて振り向く。持ちきれない分は腕にまで掛けている。
「こんなに!?」
「すべて長谷川様へのお品でございます」
「……こんなに、どうしよう」
「次回お会いになる際にお召になっていただけたら須賀もお喜びになりましょう」
紙袋両手ににこやかに微笑む佐伯さんがかわいい。……と思っている場合ではない。『適当に見繕う』んじゃなかったのか?なぜこんなにたくさんなのだ。
「いや……喜ぶとか、あの人はしないでしょう?」
「さあ、どうでしょうか。玄関前までお運び致します」
「その前に! 返品は可能ですか? こんなに貰っても……困ります」
「それでは須賀ががっかりされると思います」
「……佐伯さんにも迷惑かけちゃいそうですしね」
「それは、はは、恐れ入ります」
きれいな女性の秘書が解雇されたことが思い出された。理由は分からないがああやって部下を辞めさせることのできる人。マネージャーとの件もそう、あの人のひとことで解雇ができてしまう。佐伯さんにも俺がわがままを言えば佐伯さんが解雇になってしまわないか怖い。
佐伯さんは玄関前にそれを置くときれいなお辞儀をして帰っていった。
授業を終えて須賀専用のスマホを確認すると、話があるとメッセージが来ていた。佐伯さんの車に迎えられて来たのは最初に連れて行かれた超高層タワービルの五十階。
──佐伯さんて秘書室の課長なのに俺の送迎ばかりしてない?
前回来たときは殺されるのかなとか考えていて周りをよく見る余裕が無かったが、今日よくよく見てみると所々養生が張ってあったり脚立が置かれていたり、やはり準備中という雰囲気だ。しかし受付けに大きなフラワーアレンジメントがいくつか置かれている。間もなくオープンなのかもしれない。
須賀コーポレーションの本社は古い建物で重厚感漂っていたから、だいぶ毛色が違う。これから移転するのか? それともまた新グループでも立ち上げるのだろうか。
執務室の牛革の柔らかいソファで考えを巡らせていると佐伯さんがお茶を出してくれた。
ガラスのローテーブルに静かに置かれ、お茶や紅茶が好きな俺はコーヒーじゃないことにワクワクしながらティーカップを覗くと薄く透き通った黄色と湯気が俺を優しい気持ちにさせる。
「これはハーブティーですかね?」
「はい、カモミールティーで御座います」
「初めて飲みます」
「ノンカフェインの紅茶と調合して薄めに淹れておりますので飲みやすいかと」
ハーブティーなんて飲んだことがないから恐る恐るまずは優しい香りを吸い込んでから口をつける。
「おいしい……」
「お口に合いましたでしょうか。横にあるマドレーヌもご一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
佐伯さんが優しい笑顔を残して執務室から出ていくと俺はマドレーヌをひとくちかじる。
「……んまっ! マドレーヌ……」
よくある貝殻の形のマドレーヌだが、バターの香りがふわっと香ってしっとりな食感。
「こんなに美味しいんだ……マドレーヌって」
今までマドレーヌにそこまでの関心はなかった。マドレーヌ自体何年ぶりに食べるだろうと思うくらいだから。レストランで繊細に彩られたデザート皿は提供していたけれど、自分自身甘いものを食べたのはいつ振りなのか思い出せない。
美味しさにもうひとくちかじると……
「もっと持ってこさせるか?」
「……っげほ!」
「落ち着いて食べなさい」
──あなたがいきなり話しかけるからです!
ようやく飲み込んで声の方を睨むと俺はぎょっとしてしまった。須賀はサスペンダー姿で立っていたのだ。身体に密着した濃いブルーのストライプシャツをたわわな胸筋が今にもパツンと弾いてしまいそう。その上に太めのサスペンダーを付けている。
──ダンディ過ぎる……
「なんだ、本当に欲しいのか?」
須賀は無言で口だけパクパクさせている俺を不思議そうに見下ろしている。
──これは、いけない。犯罪だっっ
目を逸らそうと下の方を見ると、今度はシャツの裾をまくっていてそこから逞しい腕が覗いていた。なにより血管が浮き出ているということを脳が理解した瞬間、俺は反射的に顔に熱が集まってしまいすぐに顔を俯かせた。
心臓がバクバクとうるさい。
──上着を着ててほしい、せめてベストを……!
イケメンが過ぎる。これでは心臓がもたない。
するとぎゅっと革張りのソファが軋んで、隣に気配を感じた。
「なかなか後片付けが終わらなくてな、待ったか?」
後ろ髪を撫でられビクッとして体が縮こまる。
「こっちを向け」
運転席から佐伯さんが出てきた。
「おかえりなさいませ」
「…どうも」
佐伯さんが穏やかな笑顔をくれる。おかえりなんていつ振りだろう。それも数日前まで知らない人だった佐伯さんから言われるなんて、不思議だ。
──そうか、アルバイト先の荷物を持ってきてくれたんだ。
「お待たせしてしまいましたか、すいません」
「いいえ、先程来たところですから」
駆け足で佐伯さんに近づき無地の紙袋を受け取る。中を覗くと見覚えのある私物が入っていた。荷物と言っても何かあった時のための着替えと折りたたみ傘と、胃薬の薬袋。
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「いいえ、あとこちらは須賀から預かって参りました」
佐伯さんは車の後ろへ回りトランクを開けるとたくさんの高級ブランドの紙袋を手に提げて振り向く。持ちきれない分は腕にまで掛けている。
「こんなに!?」
「すべて長谷川様へのお品でございます」
「……こんなに、どうしよう」
「次回お会いになる際にお召になっていただけたら須賀もお喜びになりましょう」
紙袋両手ににこやかに微笑む佐伯さんがかわいい。……と思っている場合ではない。『適当に見繕う』んじゃなかったのか?なぜこんなにたくさんなのだ。
「いや……喜ぶとか、あの人はしないでしょう?」
「さあ、どうでしょうか。玄関前までお運び致します」
「その前に! 返品は可能ですか? こんなに貰っても……困ります」
「それでは須賀ががっかりされると思います」
「……佐伯さんにも迷惑かけちゃいそうですしね」
「それは、はは、恐れ入ります」
きれいな女性の秘書が解雇されたことが思い出された。理由は分からないがああやって部下を辞めさせることのできる人。マネージャーとの件もそう、あの人のひとことで解雇ができてしまう。佐伯さんにも俺がわがままを言えば佐伯さんが解雇になってしまわないか怖い。
佐伯さんは玄関前にそれを置くときれいなお辞儀をして帰っていった。
授業を終えて須賀専用のスマホを確認すると、話があるとメッセージが来ていた。佐伯さんの車に迎えられて来たのは最初に連れて行かれた超高層タワービルの五十階。
──佐伯さんて秘書室の課長なのに俺の送迎ばかりしてない?
前回来たときは殺されるのかなとか考えていて周りをよく見る余裕が無かったが、今日よくよく見てみると所々養生が張ってあったり脚立が置かれていたり、やはり準備中という雰囲気だ。しかし受付けに大きなフラワーアレンジメントがいくつか置かれている。間もなくオープンなのかもしれない。
須賀コーポレーションの本社は古い建物で重厚感漂っていたから、だいぶ毛色が違う。これから移転するのか? それともまた新グループでも立ち上げるのだろうか。
執務室の牛革の柔らかいソファで考えを巡らせていると佐伯さんがお茶を出してくれた。
ガラスのローテーブルに静かに置かれ、お茶や紅茶が好きな俺はコーヒーじゃないことにワクワクしながらティーカップを覗くと薄く透き通った黄色と湯気が俺を優しい気持ちにさせる。
「これはハーブティーですかね?」
「はい、カモミールティーで御座います」
「初めて飲みます」
「ノンカフェインの紅茶と調合して薄めに淹れておりますので飲みやすいかと」
ハーブティーなんて飲んだことがないから恐る恐るまずは優しい香りを吸い込んでから口をつける。
「おいしい……」
「お口に合いましたでしょうか。横にあるマドレーヌもご一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
佐伯さんが優しい笑顔を残して執務室から出ていくと俺はマドレーヌをひとくちかじる。
「……んまっ! マドレーヌ……」
よくある貝殻の形のマドレーヌだが、バターの香りがふわっと香ってしっとりな食感。
「こんなに美味しいんだ……マドレーヌって」
今までマドレーヌにそこまでの関心はなかった。マドレーヌ自体何年ぶりに食べるだろうと思うくらいだから。レストランで繊細に彩られたデザート皿は提供していたけれど、自分自身甘いものを食べたのはいつ振りなのか思い出せない。
美味しさにもうひとくちかじると……
「もっと持ってこさせるか?」
「……っげほ!」
「落ち着いて食べなさい」
──あなたがいきなり話しかけるからです!
ようやく飲み込んで声の方を睨むと俺はぎょっとしてしまった。須賀はサスペンダー姿で立っていたのだ。身体に密着した濃いブルーのストライプシャツをたわわな胸筋が今にもパツンと弾いてしまいそう。その上に太めのサスペンダーを付けている。
──ダンディ過ぎる……
「なんだ、本当に欲しいのか?」
須賀は無言で口だけパクパクさせている俺を不思議そうに見下ろしている。
──これは、いけない。犯罪だっっ
目を逸らそうと下の方を見ると、今度はシャツの裾をまくっていてそこから逞しい腕が覗いていた。なにより血管が浮き出ているということを脳が理解した瞬間、俺は反射的に顔に熱が集まってしまいすぐに顔を俯かせた。
心臓がバクバクとうるさい。
──上着を着ててほしい、せめてベストを……!
イケメンが過ぎる。これでは心臓がもたない。
するとぎゅっと革張りのソファが軋んで、隣に気配を感じた。
「なかなか後片付けが終わらなくてな、待ったか?」
後ろ髪を撫でられビクッとして体が縮こまる。
「こっちを向け」
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初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
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