7 / 98
契約
第七話
しおりを挟む
「ここへ来たということは取引するということでいいんだな?」
昼間に見る須賀は昨夜より何百倍も良い男だった。片眉をあげるのはクセなんだろう、しかし馬鹿にされているような気にさせるのは、昼も夜も関係ないらしい。
「確認したいことがあります」
「なんだ?」
「俺だと分かって、俺を探してこんなこと頼んでるんですか?」
「……それには答えない」
「なぜ……っ」
「取引するか、しないかそれだけだ」
鋭い目つきで一瞥され、鳥肌が立った。
「まだ質問はあるか?」
「あ……、えっと……」
「ないなら、やるかやらないか結論を言ってくれ」
「恋人のフリとは具体的にどんなことを?」
「私を夢中にさせてくれればいい」
「夢中……」
椅子から立ち上がるとプレジデントデスクの前に出てきて軽く腰掛けて、厚い胸板の前で腕を組むと口角を上げて俺を見ている。まるで値踏みされているようで少し不愉快になる。
──怒っているのか、楽しんでいるのか本当に分からない人だ。
「恋は盲目というだろう?」
「それなら相手を間違えてる」
「そうか?」
「そうです、まず設定に無理がある」
「どんな?」
「俺のような容姿があなたを夢中にさせるだなんて」
「それは問題ない」
「問題ないって……」
須賀はあっさり却下した。
──そういうフリをするからということ?
「男性経験はあるだろう?」
「え……?」
その時ポケットのスマホがブルブルと震えた。目の前にいる須賀にもそれが聞こえているらしい。スマホがあるところを一瞥しまた俺を見て窓際の方へ引いていった。
──これは電話に出ろってことだよな。連絡してくるなんて母親しかいないのに。
ポケットからスマホを取り出し相手も確認せず電話を取った。
『あんた! 約束どうり送金しなかったくせに、上乗せしてないってどういうことよ? 今夜は友達のパーティがあるのよ、早く送金してちょうだい! 聞いているの?』
なぜ利子が発生しているのか、もはや笑えてくる。追加でいくらか欲しくなった、そう言えばいいのに。
窓際にいる須賀の横顔を見た。
例えばこの人からお金を貰えればそれを学費に充てられる。母親から無心されても今のアルバイトの給料で賄える。つまり俺の学業に支障がなくなる。
俺は、悪魔に魂を売ってしまうことになるんだろうか。
でも、このチャンスに縋りたくなってしまった。
「今は無理だからあとで」
それだけ言って電話を切りスマホをポケットに戻す。
意を決して須賀をもう一度見ると彼も俺を見ていた。スーツのボタンを外して裾を払いやや後ろ体重にトラウザーズのポケットに手を入れている。
あの夜の相手で間違いはない。
全く知らない人よりマシだと思えばいい。
「……やります」
「いいのか?」
「あなたから持ちかけた取引ですよ」
「もちろん断る事もできる」
「……どうだか。俺に拒否権はないように思えますが」
端正な顔を傾げクスリと笑った。
「恋人のフリというのはある人物を欺くためですよね」
「そうだな」
「それは誰なんです?」
「祖父だ。見合いを迫られてる」
「それで偽物の恋人を……しかも男の」
「妙案だろう?」
「あと、最後にひとつ、これはお願いになります。俺、大学生なんです」
「分かっている」
「時間をくれと言いましたが学業だけは邪魔しないでください、それだけです」
須賀はデスクの引き出しを開け、中から茶封筒を取り出す。
「手付の百万だ。次からは振り込みにするか?」
「いえ、お金はもういりません」
それを俺の目の前に置こうとする須賀の手が止まる。
「これだけ……これだけは申し訳ないですが頂きます。でももう十分なので」
「ほぉ、では君の働き次第ということにしておこう」
学費だけ納入できれば相当楽になる。
人生なるようにしかならない。
全く俺には自信もないけれど、須賀がそれに俺を選んだのならやるべきことをやるしかない。
昼間に見る須賀は昨夜より何百倍も良い男だった。片眉をあげるのはクセなんだろう、しかし馬鹿にされているような気にさせるのは、昼も夜も関係ないらしい。
「確認したいことがあります」
「なんだ?」
「俺だと分かって、俺を探してこんなこと頼んでるんですか?」
「……それには答えない」
「なぜ……っ」
「取引するか、しないかそれだけだ」
鋭い目つきで一瞥され、鳥肌が立った。
「まだ質問はあるか?」
「あ……、えっと……」
「ないなら、やるかやらないか結論を言ってくれ」
「恋人のフリとは具体的にどんなことを?」
「私を夢中にさせてくれればいい」
「夢中……」
椅子から立ち上がるとプレジデントデスクの前に出てきて軽く腰掛けて、厚い胸板の前で腕を組むと口角を上げて俺を見ている。まるで値踏みされているようで少し不愉快になる。
──怒っているのか、楽しんでいるのか本当に分からない人だ。
「恋は盲目というだろう?」
「それなら相手を間違えてる」
「そうか?」
「そうです、まず設定に無理がある」
「どんな?」
「俺のような容姿があなたを夢中にさせるだなんて」
「それは問題ない」
「問題ないって……」
須賀はあっさり却下した。
──そういうフリをするからということ?
「男性経験はあるだろう?」
「え……?」
その時ポケットのスマホがブルブルと震えた。目の前にいる須賀にもそれが聞こえているらしい。スマホがあるところを一瞥しまた俺を見て窓際の方へ引いていった。
──これは電話に出ろってことだよな。連絡してくるなんて母親しかいないのに。
ポケットからスマホを取り出し相手も確認せず電話を取った。
『あんた! 約束どうり送金しなかったくせに、上乗せしてないってどういうことよ? 今夜は友達のパーティがあるのよ、早く送金してちょうだい! 聞いているの?』
なぜ利子が発生しているのか、もはや笑えてくる。追加でいくらか欲しくなった、そう言えばいいのに。
窓際にいる須賀の横顔を見た。
例えばこの人からお金を貰えればそれを学費に充てられる。母親から無心されても今のアルバイトの給料で賄える。つまり俺の学業に支障がなくなる。
俺は、悪魔に魂を売ってしまうことになるんだろうか。
でも、このチャンスに縋りたくなってしまった。
「今は無理だからあとで」
それだけ言って電話を切りスマホをポケットに戻す。
意を決して須賀をもう一度見ると彼も俺を見ていた。スーツのボタンを外して裾を払いやや後ろ体重にトラウザーズのポケットに手を入れている。
あの夜の相手で間違いはない。
全く知らない人よりマシだと思えばいい。
「……やります」
「いいのか?」
「あなたから持ちかけた取引ですよ」
「もちろん断る事もできる」
「……どうだか。俺に拒否権はないように思えますが」
端正な顔を傾げクスリと笑った。
「恋人のフリというのはある人物を欺くためですよね」
「そうだな」
「それは誰なんです?」
「祖父だ。見合いを迫られてる」
「それで偽物の恋人を……しかも男の」
「妙案だろう?」
「あと、最後にひとつ、これはお願いになります。俺、大学生なんです」
「分かっている」
「時間をくれと言いましたが学業だけは邪魔しないでください、それだけです」
須賀はデスクの引き出しを開け、中から茶封筒を取り出す。
「手付の百万だ。次からは振り込みにするか?」
「いえ、お金はもういりません」
それを俺の目の前に置こうとする須賀の手が止まる。
「これだけ……これだけは申し訳ないですが頂きます。でももう十分なので」
「ほぉ、では君の働き次第ということにしておこう」
学費だけ納入できれば相当楽になる。
人生なるようにしかならない。
全く俺には自信もないけれど、須賀がそれに俺を選んだのならやるべきことをやるしかない。
124
初めて挑戦しましたオメガバース作品です。この世界にもαとΩが居たらどんな世界なのだろうと思って書きはじめました。『Maybe Love』の九条吾妻くんと、そのお父さんが友情出演致しました。須賀の幼馴染の堤の恋の話最後の恋煩いもあります。合わせてお楽しみください。
お気に入りに追加
908
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!
アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」
俺にだけ許された呼び名
「見つけたよ。お前がオレのΩだ」
普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。
友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。
■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話
ゆるめ設定です。
…………………………………………………………………
イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)


お世話したいαしか勝たん!
沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。
悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…?
優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?!
※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる