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契約

第七話

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「ここへ来たということは取引するということでいいんだな?」

 昼間に見る須賀は昨夜より何百倍も良い男だった。片眉をあげるのはクセなんだろう、しかし馬鹿にされているような気にさせるのは、昼も夜も関係ないらしい。

「確認したいことがあります」
「なんだ?」
「俺だと分かって、俺を探してこんなこと頼んでるんですか?」
「……それには答えない」
「なぜ……っ」
「取引するか、しないかそれだけだ」

 鋭い目つきで一瞥され、鳥肌が立った。

「まだ質問はあるか?」
「あ……、えっと……」
「ないなら、やるかやらないか結論を言ってくれ」
「恋人のフリとは具体的にどんなことを?」
「私を夢中にさせてくれればいい」
「夢中……」

 椅子から立ち上がるとプレジデントデスクの前に出てきて軽く腰掛けて、厚い胸板の前で腕を組むと口角を上げて俺を見ている。まるで値踏みされているようで少し不愉快になる。

 ──怒っているのか、楽しんでいるのか本当に分からない人だ。


「恋は盲目というだろう?」
「それなら相手を間違えてる」
「そうか?」
「そうです、まず設定に無理がある」
「どんな?」
「俺のような容姿があなたを夢中にさせるだなんて」
「それは問題ない」
「問題ないって……」

 須賀はあっさり却下した。

 ──そういうフリをするからということ?

「男性経験はあるだろう?」
「え……?」


 その時ポケットのスマホがブルブルと震えた。目の前にいる須賀にもそれが聞こえているらしい。スマホがあるところを一瞥しまた俺を見て窓際の方へ引いていった。

 ──これは電話に出ろってことだよな。連絡してくるなんて母親しかいないのに。

 ポケットからスマホを取り出し相手も確認せず電話を取った。

『あんた! 約束どうり送金しなかったくせに、上乗せしてないってどういうことよ? 今夜は友達のパーティがあるのよ、早く送金してちょうだい! 聞いているの?』

 なぜ利子が発生しているのか、もはや笑えてくる。追加でいくらか欲しくなった、そう言えばいいのに。



 窓際にいる須賀の横顔を見た。

 例えばこの人からお金を貰えればそれを学費に充てられる。母親から無心されても今のアルバイトの給料で賄える。つまり俺の学業に支障がなくなる。
 
 俺は、悪魔に魂を売ってしまうことになるんだろうか。

 でも、このチャンスに縋りたくなってしまった。

「今は無理だからあとで」

 それだけ言って電話を切りスマホをポケットに戻す。

 意を決して須賀をもう一度見ると彼も俺を見ていた。スーツのボタンを外して裾を払いやや後ろ体重にトラウザーズのポケットに手を入れている。

 あの夜の相手で間違いはない。

 全く知らない人よりマシだと思えばいい。

「……やります」
「いいのか?」
「あなたから持ちかけた取引ですよ」
「もちろん断る事もできる」
「……どうだか。俺に拒否権はないように思えますが」

 端正な顔を傾げクスリと笑った。

「恋人のフリというのはある人物を欺くためですよね」
「そうだな」
「それは誰なんです?」
「祖父だ。見合いを迫られてる」
「それで偽物の恋人を……しかも男の」
「妙案だろう?」

「あと、最後にひとつ、これはお願いになります。俺、大学生なんです」
「分かっている」
「時間をくれと言いましたが学業だけは邪魔しないでください、それだけです」

 須賀はデスクの引き出しを開け、中から茶封筒を取り出す。

「手付の百万だ。次からは振り込みにするか?」
「いえ、お金はもういりません」

 それを俺の目の前に置こうとする須賀の手が止まる。

「これだけ……これだけは申し訳ないですが頂きます。でももう十分なので」
「ほぉ、では君の働き次第ということにしておこう」

 学費だけ納入できれば相当楽になる。

 人生なるようにしかならない。

 全く俺には自信もないけれど、須賀がそれに俺を選んだのならやるべきことをやるしかない。





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