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契約

第四話

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「取引?」

 車が着いたのは複合型ビルの裏手。もうじき完成予定で名だたる日本の企業が入るビルだと方々のメディアで紹介されていたのを記憶している。いま最も話題の超高層タワービルだ。
 俺と秘書を載せたエレベーターは上層階直通であっという間に五十階へ連れて行かれる。広いロビーを抜けた廊下の先には、扉に執務室とだけプレートがあり、その中に俺は通された。

 やや暗めの明かりの広い執務室の真ん中には、これまた大きなプレジデントデスクが構えていた。そのデスクには組んだ手を机上に置いて座っている男がいる。薄明かりで顔はよく見えない。

 その男が俺に取引しようと言ってきたのだ。




「いきなり連れてきて申し訳ないが時間がないものでね」

 俺が黙っているのをいいことに男は勝手に話を進めていく。

「私は須賀すが 元親もとちかというものだ、君は長谷川 雪くん、だね」

 名前を言われて腹が立った。返事もしないまま男に尋ねる。

「取引ってなんです?」
「君の時間を私にくれ」
「は?」

 人生なるようにしかならない。

 けれど、……本当に現実というのは想像もしなかったことが起こってしまう。想像を軽々と超えてしまうのだ。

「時間とは……」
「そのままの意味だ。君の時間を全て私と過ごしてくれればいい」
「なんですかそれは」
「私の恋人のフリをしてほしい。対価は払う」
「対価って……」
「金だ。私にはそれくらいしかないからな」

 男が左手を差し出すと秘書がその手に茶封筒を渡した。その封筒からは札束が覗いていた。

「君の要望があれば足す。まずは手付に百万君に渡そう」
「ひ、ひゃく……」


 ──まずは、って、言ったよね? 俺の授業料ニ年分じゃないか!


 こんなことを瞬間的に考えてしまう自分が恐ろしい。もっと恐ろしいのは人の時間を金で買おうとするこの男だけど。

「こんな一方的なこと、はいそうですかとはなりません」
「そうか?」
「俺はあなたを知らないし、あなたは俺をどこで知ったか分かりませんが恋人のフリなど、納得いきません。第一、時間を買うだなんてこんな人身売買みたいなこと……」
「人身売買?」
「そうでしょう? 俺は十九歳になったばっかで大学生です、まだ未成年だし、その、青春真っ只中で、やりたいことも、やらなきゃならないこともある若者の時間を金で買うだなんてそんなの……そんなの……!」


 ──顔はよく見えないけど声は良い声……おじさんでは無さそうな若い声だし、品もありそう、気を抜いたら絆されてしまいそうな甘い声にも聞こえてしまう…………。いや! だめだ! 俺は何を考えてる!……そうだ! いつか監禁されておじさんのおもちゃにされるとか、……臓器を取り出して売り飛ばされるのかもしれないじゃないか!


 俺がしどろもどろに早口で言い返していると男は立ち上がりデスクの前へとやってきた。薄明かりで見えなかった顔がここへ来てはっきり映し出されると俺は絶句してしまった。

「知らない顔じゃないだろう?」



 ──そんなまさか!



「知らない…………、いや…………、駄目だ、ぜったい! むり!」
「返事はできるだけ早めに」
「だ、だからやりませんて!」

 俺の動揺っぷりに反して男は片眉を上げてわざとにこりと笑い、茶封筒を秘書に渡す。顔が整っている分だけ怖い。


 ─なにを考えているんだ、この人は。


「この方をご自宅に送ってやりなさい」
「考えなくたって、俺は……っいやだ!」

 するといきなり腕に触れられ俺はビクリとする。

「すいません、驚かせるつもりは……」

 後ろから秘書が俺の腕に手をかけていたのだ。続けて小さな声で自宅にお送りします、とだけ言い優しいフリをして結構強引に執務室から出されてしまい、また来た道を戻る。


「送りは結構です、自分で帰ります。もう二度と来ないでください、あなたも仕事だということは分かっていますけど」
「察していただけて何よりですが、成さねばならぬことでして……」

 ビルの出入り口まで来ると秘書に「送ったと嘘をついてください、では」とその場を去った。



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