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先輩
第十三話
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井上の僕を慕ってくれる気持ちと、恋愛の好きという気持ちって何が違うんだろう。仁には見えていて僕には見えていなかったことは、何なんだ。
自分だったら、と文哉への気持ちを思い返してみる。やはり文哉への執着だろうか。全て文哉優先になっていたこと。自分のことは差し置いて文哉にしてやりたいこと、それが頭でいっぱいだった。
「あぁ、僕は馬鹿だ」
本当に僕は甘えていたんだ。梅おにぎり如かず。常に井上は僕を優先に行動していたことを先輩として当然と受け止めていた。そこに井上の気持ちがちゃんと乗っかってたというのに。僕は井上のなにを見てきたのか。
ふと、井上が僕の口元についたのり塩のポテチを親指で拭った感触が蘇る。カサついた指先が僕の唇を掠めた時、井上は僕を見つめていた。『付いてますよ』って笑う井上が、あのときは呆れ笑っているように見えていたけど、今は恥ずかしそうに笑っていたんだと気が付く。
井上が思いを伝えるためにしてくれたキスも、代わりでもいいなんて言わせてしまったことも。
髪をグシャグシャっとして、手のひらで顔を覆った。
そんな井上に僕は何をしていたんだ。僕は文哉ばかりで、あのキスさえ、意味を持たせないように逃げた。
「なんで、僕みたいなやつ好きになったんだよあいつ」
分かってる。恋に理由なんてないこと。
内ポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。しかし井上は出ない。気が付いてないのか、拒否しているのか。僕は井上のアパートに急いだ。
一度だけ外回りの帰りにタクシーで送ったことがある。あれから引っ越したという話は聞いていない。まだあのアパートに居ると信じて僕は走った。
「井上……っ!」
アパートまで行く途中のコンビニから出てくる井上を見つけた。手にはコンビニのビニール袋。ビールのロング缶が透けて見えた。そして僕がいることに驚いて固まっている井上。
「話が、ある」
「……」
井上は無視して歩き出した、そっちはアパートがあるほうだ。
「井上! 話があるんだ、止まってくれ」
腕をつかむと井上の足はようやく止まってくれたが、顔はこちらを見ようとしない。それでも、僕は口を開いた。
「僕はこの人生で告白されたことがなくて、正直戸惑ってる」
「……」
「井上、こっち見てくれないか?」
そう言うと井上ははっとこちらを振り返ってくれた。そして、すいませんと硬い表情で井上は僕に謝った。井上はどこまでも優しい。黙って逃げた男に謝るなんて。
掴んでいた手を離して僕は話を続けた。
「井上のこと、懐いてくれるかわいい後輩だってずっと思ってて……周りを明るくする愛嬌のあるやつだって。そういう人懐っこい性格の奴なんだな、良いやつだなぁって思ってたからさ……」
井上とようやく目が合った。不安そうに眉をひそめ、僕のことを注視してる。
「お前のこれまでの気持ち考えたら、ほんとすまないと思ってる。お前に冷たくされてほんと、今正直キツイ」
「……」
「それと、仁から聞いた。会社辞めるって」
「え?」
「その理由って、僕か……?」
「……?」
今朝のことをもう僕が知っていることに動揺しているのか、狼狽えながら髪を掻いている。
「お前と一緒にいたいよ」
「……」
「まだ、僕のこと……好きか?」
井上の掻いている手がぴたりと止まる。
「好きです、……好きに決まってる。今朝はあぁ言ったけど、一日で気持ち切り替えられるわけがない」
そう言って井上は身体の脇に腕をだらりと下げて俯いた。
「……そんなの聞いてどうするんですか」
「僕に、チャンスをくれないか?」
「先輩、そんなの、勘違いしますから止めてください」
「井上」
「オレは先輩を諦めたいんです! 自分から好きだって告白しちゃったのは、本当にいけないことをしたと思ってます。すいませんでした。先輩には好きな人がいるって知ってたから、先輩の幸せを、オレは──っ」
早口で辛そうに話す井上に、僕はその腕を掴んでいた。井上の手元が揺れてコンビニのビニール袋がガサリと音がした。ビールのロング缶のうしろに隠れていたものが顔を出した。
僕は井上を見上げる。井上を失いたくなければ、今度は僕の番だ。
「僕は井上といたい」
「え──……? は……? どうなってんの……?」
「だからチャンスが欲しい」
「そんなこと言ったって……」
「それ、買って今夜一人で飲む気だったんだね」
視線を井上の手元に移すと井上も気がついて眉を下げた。
「あ、はい……」
「これは僕の、じゃない?」
「……それは」
「それを食べて僕を忘れるの?」
後ろに隠れていたのは、のり塩のポテチ。
「いつも僕のために買ってきてくれてたんだよな」
「……先輩、まじで止めて」
「なんで」
「いつもの先輩らしくないし」
「こんな僕は嫌ですか」
「そ、そんなこと言ってませんてっ! 本当にちがうんです、戸惑ってるだけで、嫌いとかイヤとかじゃなくて、……先輩を嫌いになるわけないじゃないですか……はぁ……、調子狂う。調子乗りたくもないんですよ……」
おちゃらけてる井上も会社で見てきたはずだけど、こんなにも耳まで真っ赤にして恥ずかしがったり、焦ってたり、この数分で井上の表情が変わってくのが驚きだし、嬉しい気持ちにさせる。
僕は改めて井上の腕をぎゅっと掴んで井上を見上げた。
「井上? 僕は井上が好きなんだと思う」
半信半疑なのか、井上は目をパチクリしながら数秒固まっていた。でもすぐに僕の腕を掴み返すとグングンとアパートの方へ僕を連れて行った。
アパートの外階段をあがり玄関の扉を開けると僕を先に押し込んだ。井上──っそう呼ぼうとしたけど、井上の厚い胸にそれは吸い込まれた。
自分だったら、と文哉への気持ちを思い返してみる。やはり文哉への執着だろうか。全て文哉優先になっていたこと。自分のことは差し置いて文哉にしてやりたいこと、それが頭でいっぱいだった。
「あぁ、僕は馬鹿だ」
本当に僕は甘えていたんだ。梅おにぎり如かず。常に井上は僕を優先に行動していたことを先輩として当然と受け止めていた。そこに井上の気持ちがちゃんと乗っかってたというのに。僕は井上のなにを見てきたのか。
ふと、井上が僕の口元についたのり塩のポテチを親指で拭った感触が蘇る。カサついた指先が僕の唇を掠めた時、井上は僕を見つめていた。『付いてますよ』って笑う井上が、あのときは呆れ笑っているように見えていたけど、今は恥ずかしそうに笑っていたんだと気が付く。
井上が思いを伝えるためにしてくれたキスも、代わりでもいいなんて言わせてしまったことも。
髪をグシャグシャっとして、手のひらで顔を覆った。
そんな井上に僕は何をしていたんだ。僕は文哉ばかりで、あのキスさえ、意味を持たせないように逃げた。
「なんで、僕みたいなやつ好きになったんだよあいつ」
分かってる。恋に理由なんてないこと。
内ポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。しかし井上は出ない。気が付いてないのか、拒否しているのか。僕は井上のアパートに急いだ。
一度だけ外回りの帰りにタクシーで送ったことがある。あれから引っ越したという話は聞いていない。まだあのアパートに居ると信じて僕は走った。
「井上……っ!」
アパートまで行く途中のコンビニから出てくる井上を見つけた。手にはコンビニのビニール袋。ビールのロング缶が透けて見えた。そして僕がいることに驚いて固まっている井上。
「話が、ある」
「……」
井上は無視して歩き出した、そっちはアパートがあるほうだ。
「井上! 話があるんだ、止まってくれ」
腕をつかむと井上の足はようやく止まってくれたが、顔はこちらを見ようとしない。それでも、僕は口を開いた。
「僕はこの人生で告白されたことがなくて、正直戸惑ってる」
「……」
「井上、こっち見てくれないか?」
そう言うと井上ははっとこちらを振り返ってくれた。そして、すいませんと硬い表情で井上は僕に謝った。井上はどこまでも優しい。黙って逃げた男に謝るなんて。
掴んでいた手を離して僕は話を続けた。
「井上のこと、懐いてくれるかわいい後輩だってずっと思ってて……周りを明るくする愛嬌のあるやつだって。そういう人懐っこい性格の奴なんだな、良いやつだなぁって思ってたからさ……」
井上とようやく目が合った。不安そうに眉をひそめ、僕のことを注視してる。
「お前のこれまでの気持ち考えたら、ほんとすまないと思ってる。お前に冷たくされてほんと、今正直キツイ」
「……」
「それと、仁から聞いた。会社辞めるって」
「え?」
「その理由って、僕か……?」
「……?」
今朝のことをもう僕が知っていることに動揺しているのか、狼狽えながら髪を掻いている。
「お前と一緒にいたいよ」
「……」
「まだ、僕のこと……好きか?」
井上の掻いている手がぴたりと止まる。
「好きです、……好きに決まってる。今朝はあぁ言ったけど、一日で気持ち切り替えられるわけがない」
そう言って井上は身体の脇に腕をだらりと下げて俯いた。
「……そんなの聞いてどうするんですか」
「僕に、チャンスをくれないか?」
「先輩、そんなの、勘違いしますから止めてください」
「井上」
「オレは先輩を諦めたいんです! 自分から好きだって告白しちゃったのは、本当にいけないことをしたと思ってます。すいませんでした。先輩には好きな人がいるって知ってたから、先輩の幸せを、オレは──っ」
早口で辛そうに話す井上に、僕はその腕を掴んでいた。井上の手元が揺れてコンビニのビニール袋がガサリと音がした。ビールのロング缶のうしろに隠れていたものが顔を出した。
僕は井上を見上げる。井上を失いたくなければ、今度は僕の番だ。
「僕は井上といたい」
「え──……? は……? どうなってんの……?」
「だからチャンスが欲しい」
「そんなこと言ったって……」
「それ、買って今夜一人で飲む気だったんだね」
視線を井上の手元に移すと井上も気がついて眉を下げた。
「あ、はい……」
「これは僕の、じゃない?」
「……それは」
「それを食べて僕を忘れるの?」
後ろに隠れていたのは、のり塩のポテチ。
「いつも僕のために買ってきてくれてたんだよな」
「……先輩、まじで止めて」
「なんで」
「いつもの先輩らしくないし」
「こんな僕は嫌ですか」
「そ、そんなこと言ってませんてっ! 本当にちがうんです、戸惑ってるだけで、嫌いとかイヤとかじゃなくて、……先輩を嫌いになるわけないじゃないですか……はぁ……、調子狂う。調子乗りたくもないんですよ……」
おちゃらけてる井上も会社で見てきたはずだけど、こんなにも耳まで真っ赤にして恥ずかしがったり、焦ってたり、この数分で井上の表情が変わってくのが驚きだし、嬉しい気持ちにさせる。
僕は改めて井上の腕をぎゅっと掴んで井上を見上げた。
「井上? 僕は井上が好きなんだと思う」
半信半疑なのか、井上は目をパチクリしながら数秒固まっていた。でもすぐに僕の腕を掴み返すとグングンとアパートの方へ僕を連れて行った。
アパートの外階段をあがり玄関の扉を開けると僕を先に押し込んだ。井上──っそう呼ぼうとしたけど、井上の厚い胸にそれは吸い込まれた。
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