後輩の幸せな片思い

Gemini

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先輩

第十話

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「い、の、うえ……?」

 両頬を掴まれていて、また熱い唇で塞がれた。何度も厚い唇で食まれるたび井上の熱が注がれるようでどんどん身体が熱くなる。

「先輩のこと、好きです。ずっと、ずっと好きでした」

 ずっと……?
 熱く濡れた目が僕を射止めようとする。

 チャリチャリンと、自転車が来る音がして二人とも咄嗟に距離を置いた。

「ずっとって……?」
「入社したときから」

 ということは二年も……全く気が付かなかった。

「オレ、代わりでもいいです」

 代わり?

 プルルルル。僕のスマホが鳴った。無意識にポケットから取り出すと画面には文哉からのメッセージが表示されていた。

「……文哉からだ、ごめん」
「先輩!」
「行かないと」
「……はい。分かりました」
「井上、また、明日な?」

 僕は井上に背を向けて走った。とにかくあの場から離れたいって思いだけで。もはや文哉からのメッセージは言い訳に過ぎない。そんなことにも気が付かずに僕は走っていた。






 文哉に呼び出されたのは、酔っ払ったからだった。恋人は出張で世話が出来ないらしい。兄である仁には頼りたくなくて僕に連絡を寄越した。

「来てくれてありがと、恭介くん。折角だからごはんいく?」
「おぅ……、行こうか」

 本当は井上とどっかで夕飯をと思っていた。文哉からこうやって頼られて呼出されることは珍しくない。いつも喜んで飛んできた。それなのに、今夜は井上のことが頭を離れない。

「寒くない?」
「うん。このコート暖かいから、ふふふ」

 男からプレゼントされってところだろうか。思わず箸を置いてしまった。井上を置いてきてしまって大丈夫だったろうか。大人だから帰れる、そんな心配は井上には無用なんだ、そうなんだけど……置いていっちゃいけなかったよな。だが文哉を無視することもまた、出来なかった。

「なぁ、文哉は社内のやつと遊びにいく?」
「うん、行く行く。カラオケとかいくよ?」
「井上は? 誘われないって言ってたけど」
「いつも断られるから、誘わないんだって。恭介くん居ないならいかないって言うんだよ?」

 本当にそんなこと言ってたのか。僕が居なきゃ遊びにも出ないってのかよ。


 さっきのキスが蘇った。
 あいつから告白された、よな……。井上はキスが上手かった。慣れてんのかな……。キスってあんなに気持ちがいいのか。

 初恋に捧げすぎた僕は三十四歳にもなってキスも未経験だった。

「恭介さん、どうしたの? 熱い?」
「あっあぁ、飲みすぎたみたいだ」



 井上は二年好きだったと言った。
 その期間どれだけ辛かっただろうかと、僕は井上を思うとどうしても辛くなってしまった。自分も文哉への片思いで、とても幸せだったとは言えなかった。勝手に好きという気持ちが膨らんで、幼馴染への初恋を大切に大切にしてきた。相手には知られないように、自分の心に溢れそうな気持ちを隠して。

 烏滸がましいのかもしれないが、同じような想いを井上も僕に対してしてくれていたのなら……、
 僕の好きなものや発言を覚えてることも、僕が文哉にしてきたことだ。喜んでもらいたいからだろう。僕はこの二年、井上にどんな態度を取っていたのだろう。ズキズキと心が痛くて、この日眠ることが出来なかった。




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