10 / 18
先輩
第十話
しおりを挟む
「い、の、うえ……?」
両頬を掴まれていて、また熱い唇で塞がれた。何度も厚い唇で食まれるたび井上の熱が注がれるようでどんどん身体が熱くなる。
「先輩のこと、好きです。ずっと、ずっと好きでした」
ずっと……?
熱く濡れた目が僕を射止めようとする。
チャリチャリンと、自転車が来る音がして二人とも咄嗟に距離を置いた。
「ずっとって……?」
「入社したときから」
ということは二年も……全く気が付かなかった。
「オレ、代わりでもいいです」
代わり?
プルルルル。僕のスマホが鳴った。無意識にポケットから取り出すと画面には文哉からのメッセージが表示されていた。
「……文哉からだ、ごめん」
「先輩!」
「行かないと」
「……はい。分かりました」
「井上、また、明日な?」
僕は井上に背を向けて走った。とにかくあの場から離れたいって思いだけで。もはや文哉からのメッセージは言い訳に過ぎない。そんなことにも気が付かずに僕は走っていた。
文哉に呼び出されたのは、酔っ払ったからだった。恋人は出張で世話が出来ないらしい。兄である仁には頼りたくなくて僕に連絡を寄越した。
「来てくれてありがと、恭介くん。折角だからごはんいく?」
「おぅ……、行こうか」
本当は井上とどっかで夕飯をと思っていた。文哉からこうやって頼られて呼出されることは珍しくない。いつも喜んで飛んできた。それなのに、今夜は井上のことが頭を離れない。
「寒くない?」
「うん。このコート暖かいから、ふふふ」
男からプレゼントされってところだろうか。思わず箸を置いてしまった。井上を置いてきてしまって大丈夫だったろうか。大人だから帰れる、そんな心配は井上には無用なんだ、そうなんだけど……置いていっちゃいけなかったよな。だが文哉を無視することもまた、出来なかった。
「なぁ、文哉は社内のやつと遊びにいく?」
「うん、行く行く。カラオケとかいくよ?」
「井上は? 誘われないって言ってたけど」
「いつも断られるから、誘わないんだって。恭介くん居ないならいかないって言うんだよ?」
本当にそんなこと言ってたのか。僕が居なきゃ遊びにも出ないってのかよ。
さっきのキスが蘇った。
あいつから告白された、よな……。井上はキスが上手かった。慣れてんのかな……。キスってあんなに気持ちがいいのか。
初恋に捧げすぎた僕は三十四歳にもなってキスも未経験だった。
「恭介さん、どうしたの? 熱い?」
「あっあぁ、飲みすぎたみたいだ」
井上は二年好きだったと言った。
その期間どれだけ辛かっただろうかと、僕は井上を思うとどうしても辛くなってしまった。自分も文哉への片思いで、とても幸せだったとは言えなかった。勝手に好きという気持ちが膨らんで、幼馴染への初恋を大切に大切にしてきた。相手には知られないように、自分の心に溢れそうな気持ちを隠して。
烏滸がましいのかもしれないが、同じような想いを井上も僕に対してしてくれていたのなら……、
僕の好きなものや発言を覚えてることも、僕が文哉にしてきたことだ。喜んでもらいたいからだろう。僕はこの二年、井上にどんな態度を取っていたのだろう。ズキズキと心が痛くて、この日眠ることが出来なかった。
両頬を掴まれていて、また熱い唇で塞がれた。何度も厚い唇で食まれるたび井上の熱が注がれるようでどんどん身体が熱くなる。
「先輩のこと、好きです。ずっと、ずっと好きでした」
ずっと……?
熱く濡れた目が僕を射止めようとする。
チャリチャリンと、自転車が来る音がして二人とも咄嗟に距離を置いた。
「ずっとって……?」
「入社したときから」
ということは二年も……全く気が付かなかった。
「オレ、代わりでもいいです」
代わり?
プルルルル。僕のスマホが鳴った。無意識にポケットから取り出すと画面には文哉からのメッセージが表示されていた。
「……文哉からだ、ごめん」
「先輩!」
「行かないと」
「……はい。分かりました」
「井上、また、明日な?」
僕は井上に背を向けて走った。とにかくあの場から離れたいって思いだけで。もはや文哉からのメッセージは言い訳に過ぎない。そんなことにも気が付かずに僕は走っていた。
文哉に呼び出されたのは、酔っ払ったからだった。恋人は出張で世話が出来ないらしい。兄である仁には頼りたくなくて僕に連絡を寄越した。
「来てくれてありがと、恭介くん。折角だからごはんいく?」
「おぅ……、行こうか」
本当は井上とどっかで夕飯をと思っていた。文哉からこうやって頼られて呼出されることは珍しくない。いつも喜んで飛んできた。それなのに、今夜は井上のことが頭を離れない。
「寒くない?」
「うん。このコート暖かいから、ふふふ」
男からプレゼントされってところだろうか。思わず箸を置いてしまった。井上を置いてきてしまって大丈夫だったろうか。大人だから帰れる、そんな心配は井上には無用なんだ、そうなんだけど……置いていっちゃいけなかったよな。だが文哉を無視することもまた、出来なかった。
「なぁ、文哉は社内のやつと遊びにいく?」
「うん、行く行く。カラオケとかいくよ?」
「井上は? 誘われないって言ってたけど」
「いつも断られるから、誘わないんだって。恭介くん居ないならいかないって言うんだよ?」
本当にそんなこと言ってたのか。僕が居なきゃ遊びにも出ないってのかよ。
さっきのキスが蘇った。
あいつから告白された、よな……。井上はキスが上手かった。慣れてんのかな……。キスってあんなに気持ちがいいのか。
初恋に捧げすぎた僕は三十四歳にもなってキスも未経験だった。
「恭介さん、どうしたの? 熱い?」
「あっあぁ、飲みすぎたみたいだ」
井上は二年好きだったと言った。
その期間どれだけ辛かっただろうかと、僕は井上を思うとどうしても辛くなってしまった。自分も文哉への片思いで、とても幸せだったとは言えなかった。勝手に好きという気持ちが膨らんで、幼馴染への初恋を大切に大切にしてきた。相手には知られないように、自分の心に溢れそうな気持ちを隠して。
烏滸がましいのかもしれないが、同じような想いを井上も僕に対してしてくれていたのなら……、
僕の好きなものや発言を覚えてることも、僕が文哉にしてきたことだ。喜んでもらいたいからだろう。僕はこの二年、井上にどんな態度を取っていたのだろう。ズキズキと心が痛くて、この日眠ることが出来なかった。
71
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
いつの間にか後輩に外堀を埋められていました
雪
BL
2×××年。同性婚が認められて10年が経った現在。
後輩からいきなりプロポーズをされて....?
あれ、俺たち付き合ってなかったよね?
わんこ(を装った狼)イケメン×お人よし無自覚美人
続編更新中!
結婚して五年後のお話です。
妊娠、出産、育児。たくさん悩んでぶつかって、成長していく様子を見届けていただけたらと思います!
好きか?嫌いか?
秋元智也
BL
ある日、女子に振られてやけくそになって自分の運命の相手を
怪しげな老婆に占ってもらう。
そこで身近にいると宣言されて、虹色の玉を渡された。
眺めていると、後ろからぶつけられ慌てて掴むつもりが飲み込んでしまう。
翌朝、目覚めると触れた人の心の声が聞こえるようになっていた!
クラスでいつもつっかかってくる奴の声を悪戯するつもりで聞いてみると
なんと…!!
そして、運命の人とは…!?
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
第一王子から断罪されたのに第二王子に溺愛されています。何で?
藍音
BL
占星術により、最も国を繁栄させる子を産む孕み腹として、妃候補にされたルーリク・フォン・グロシャーは学院の卒業を祝う舞踏会で第一王子から断罪され、婚約破棄されてしまう。
悲しみにくれるルーリクは婚約破棄を了承し、領地に去ると宣言して会場を後にするが‥‥‥
すみません、シリアスの仮面を被ったコメディです。冒頭からシリアスな話を期待されていたら申し訳ないので、記載いたします。
男性妊娠可能な世界です。
魔法は昔はあったけど今は廃れています。
独自設定盛り盛りです。作品中でわかる様にご説明できていると思うのですが‥‥
大きなあらすじやストーリー展開は全く変更ありませんが、ちょこちょこ文言を直したりして修正をかけています。すみません。
R4.2.19 12:00完結しました。
R4 3.2 12:00 から応援感謝番外編を投稿中です。
お礼SSを投稿するつもりでしたが、短編程度のボリュームのあるものになってしまいました。
多分10話くらい?
2人のお話へのリクエストがなければ、次は別の主人公の番外編を投稿しようと思っています。
デコボコな僕ら
天渡清華
BL
スター文具入社2年目の宮本樹は、小柄・顔に自信がない・交際経験なしでコンプレックスだらけ。高身長・イケメン・実家がセレブ(?)でその上優しい同期の大沼清文に内定式で一目惚れしたが、コンプレックスゆえに仲のいい同期以上になれずにいた。
そんな2人がグズグズしながらもくっつくまでのお話です。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる