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229 ご隠居様の世直し事始め?

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 イスタルトの御隠居様は、王家に伝わる魔法の杖を携え、とある酒場の前に立った。

その酒場は、ゲルト一家の親分が営み、二階はいわば一家の事務所だ。

ご隠居様は、背後に五人の美少女を従えている。即位以来、超暇になった御隠居様は、側近に内緒で自ら出馬。

俊也は最新式の式を使った影武者を使うつもりだったが、その影武者式は、現在王の身代わりを王宮で務めている。

「クールウエイブ!」
 御隠居様は正当魔法の手順に従い、酒場に向けて魔法を放つ。

「我が王、もう少し修行をなさいませ。
威力はそこそこですが、範囲指定が甘うございます」
 エレンが苦笑して指摘。ご隠居様が放った魔法は、酒場の両隣りまで冷気に包んでしまった。

「ウグ……」
 御隠居様は、渋面を作る。
「ヒートウエイブ!」
 エレンはご近所迷惑を考え、酒場両隣りの冷気を打ち消す。

急激な温度変化で、局所的に霧が発生。

なんか殴り込みの雰囲気出てきた。ご隠居様は機嫌を直す。

「もっとガンガン冷やせ」
 御隠居様はエレンに命じる。

「はい。凍死寸前まで追い込みましょう。クールウエイブ!」
 エレンはピンポイントで魔法を放つ。

お~! 霜が降りてる! 
御隠居様は感動。

ちなみに、この酒場は、亜熱帯キャンベルの町中にある。その魔法は、じみ~だが、嫌がらせとしては超効果的だ。

 二階事務所では…
「寒っ! どうなってやがる!」
 ゲルト親分は、薄い毛布で体を包んだ。もっと厚着をしたいのだが、上着は持っていない。

「あんた、どうにかしてよ!」
 親分の妻は、ヒステリックに叫ぶ。

「おい! 誰かいるか! 
外の様子を見て来い!」
 親分は廊下で見張っているはずの子分に命じる。

「へい!」
 子分は寒さに震えながら下へ駆け下りる。窓は真っ白に曇って、外の様子は見えない。
真昼間、開店前のがらんとした薄暗い酒場は、いっそう寒々しく感じられた。

子分がドアを開けると、目の前に剣が突き出された。

「親分に伝えろ。
イスタルト王がカチコミにきた」
 クレオは嗜虐的に笑い、ヒュンヒュンヒュンと剣を振るった。

子分の頭頂部は、きれいな円形禿げとなった。

エレンは、超気分よさそうなご隠居様を見ながら思う。
ご隠居様、「世直し旅に出る」なんて言い出さないだろうか?
俊也が王即位に際し、プレゼントした、テレビとブルーレイは、暇を持て余す王の、大きな楽しみとなっている。

 勧善懲悪の単純なコンテンツは、イスタルト後宮で人気沸騰中。昭和レトロな時代劇も、人気コンテンツの一つ。

「ひゃ~! 親分、大変です!
イスタルト王が、カチコミかけてきました!」
 パニックになった子分は、二階へ駆け上がった。


数分後、寒さと恐怖で顔をひきつらせた親分が、酒場から出てきた。

「てめ~ら、誰だ? 
ただで済むと思っているのか?」
 親分はカチコミのメンバーが、中年男一人と、他は少女であることにほっとして、とたんに元気を取り戻した。
冷静に考えたら、イスタルト王が、こんなところに来るわけがない。

「さっきイスタルト王と名乗ったはずだが?」
 御隠居は澄まして応える。

「ふざけんじゃねぇ! 
王様が娘っ子連れて、殴り込みにくるか? 
先生、やっちまってください!」
 親分はイスタルトから流れてきた、用心棒魔魔法使いを呼ぶ。

「フフフ、ずいぶんきれいな娘ばかりだな…、って、エレン? 
それに…リラーナ王! 
じゃ!」
 魔法使いは泡を食って逃げようとした。彼は元貴族の次男であり、魔法学校の生徒でもあった。

ドスッ!
グファッ……。
アンリがすばやくあて身をくらわせる。

「エレンさん、こいつ、知ってるんですか?」
 アンリが、気絶した魔法使いの頭を持ち上げる。

「なんか見たことあるような…、あ、魔法学校に、こんなのがいた気がする。
名前は忘れたけど、たしか落第して、実家から追い出されたと聞いた。
ふ~ん、こんなのでも、ヤクザの用心棒ぐらいは務まるのか」
 エレンは用心棒魔法使いに、リカバーの魔法をかける。

「魔法学校の落第生だったよね? 
一応イスタリアの魔法学校に在籍してたのに、ヤクザの用心棒なんて、恥ずかしくない?」

「恥ずかしいに決まってるだろうが! 
だけど、どうやって生きていけばいいんだ? 
落ちこぼれの貴族の気持ちなんて、あんたらエリートにはわからないだろ?」
 魔法使いは、逆ギレ気味にふてくされた。

「うん、わかんない。
だけどさ、生まれる前に貴族社会からはぐれても、たくましく生きてきた女の子も知ってる。
小さいころからたった一人で、しかも他人に迷惑をかけないで。
あんた、そんなこの子の前で、開き直れる?」
 エレンはアンを目で促す。

「王立の魔法学校に入学できるなら、初級魔法ぐらい使えるんだろ? 
文字も書けるはずだし、帳簿の計算程度ならできるはず。
それならどこでも使ってもらえる。
ろくな魔法も使えず、読み書きもできない。
そんな庶民も見てきただろ? 
要するに、あんたは楽な生き方に、逃げただけだよ」
 アンは足裏で、用心棒のお腹をぐりぐり。

こんなやついじめても、つまんないけど……。

 ゲルト親分は、少しずつ足を動かす。

カチコミグループの注意が、用心棒に集中している。今がチャンス! 

全力で走った。

「ちょっと待たんかい!」
 クレオがジャンプして、親分の前へシュタン。

足払いで親分を、ひっくり返す。

「子分は預かってる。
お前の雇い主は、イスタルト王の商いを妨害しようとした。
どうなるかわかってんだろうな? 
そう雇い主に伝えろ。
あ、そうそう。キャンベル商会と仲よし貴族たち、首を洗って待ってろ。
それも伝えろ」
 クレオはそう言い捨て、仲間の元へ帰った。

ゲルト親分は立ち上がり、全力で逃げ出した。

アルス王国のお家騒動も、近い将来丸く収まるだろう。
タクトにも手を広げる? 
イスタルト内の世直し旅もおもしろそうだ。

なんかいっそう楽しくなってきたぞ! 

御隠居様の憂鬱は、晴れそうだった。

「我が王、旅に出るなら、次からは、私もいっしょにと、おっしゃってました。
お妃さまが」
 エレンが澄まして言う。

「ばらしたのか!」
 御隠居様はぎくり。

「お妃さまとは、ツーカーの仲ですから。
筒抜けだとお考えください」
 御隠居様は、ちょっぴり憂鬱になった。

 ご隠居様は、内心旅のアバンチュールを期待していた。
彼には、館謹製の強壮ドリンクという、頼もしい味方があったから。
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