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186 里帰りなんてするんじゃなかった

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 研修生嫁四人は、王が手配した馬車に乗り、それぞれの実家を目指していた。

猫又ナイト君に、新転移魔法を使ってもらったら一瞬で着けるが、あの魔法を大っぴらに使うわけにいかない。

フレアは馬車に揺られながら思う。窓から見える景色が、なんとなくよそよそしく感じられる。

もう館の人間になったのかな、という気がする。根性無しだった自分は、すっかり変わってしまった。
なによりこの体。レジの野性的なセックスにはまった結果、しなやかな筋肉で、武装した女戦士一丁上がり。

今の肉体も美しいと思う。ただ、皮下脂肪がもたらす柔らかさは、もう望めない。

俊也さんは何も言わないが、抱き心地のバリエーションがきっと少なくなった。

アンさんも、日本の女性にお気に入りができたそうだ。大学の研究室に出入りするようになり、あちらの世界で滞在することが多くなった。

ちょっぴり寂しい。

馬車が急停車した。

「フレア様! 絶対外に出ないでください。
前の馬車が、ブラックコヨーテの群れに襲撃されています」
 御者が大声で叫んだ。

フレアは携帯用の魔法ステッキを取り出し、馬車の外に飛び出した。

前の馬車が立ち往生し、八頭のコヨーテが馬を襲っていた。御者は長剣で追い払おうと、必死で抵抗している。

「氷の矢!」
 フレアは、御者に跳びかかろうとするコヨーテを射抜く。
氷の矢をネコマで連発。

五頭倒したところで、生き残ったコヨーテは、文字通り尻尾を巻いて逃げだした。

フレアは一層神経を集中させる。

「氷の矢!」
 逃走する三頭のコヨーテも、瞬殺された。

前の馬車とフレアの馬車の御者は、口をぽかんと開けて、その様子を見ていた。

スゲー……。


 前の馬車を牽く馬二頭は、助からなかった。その馬車の御者も、腕と足に、噛み傷があった。

フレアは、一般的な治癒魔法で手当てを施した。

「フレア様、危ういところを助けていただき、ありがとうございました」
 馬車の中にいたのは、アラン・ジェファーソン。ギース屈指の貿易商、トーマス・ジェファーソンの長子だ。
フレアも何かのパーティーで、何度か会った記憶がある。

「アラン殿が、御無事だったのは何よりです」
 フレアは貴族スマイルで応える。

あの箱型馬車の中でいたら、多分彼は無事だっただろうが。あのコヨーテに馬車を壊すほどのパワーはない。

「イスタルトで、魔法の研鑽を積まれているとうかがっております。
すばらしい腕をお持ちだ」

「師が優秀ですから、多少上達したと自負しております。
よろしければ、わたくしの馬車で、ギースまでお送りしましょうか?」

「そうしていただければありがたいです。
家の者に後始末を命じます。
フランク、馬車の中なら安全だろう。
迎えが来るまでここにいろ」
 アランは御者にそう命じ、フレアの馬車に乗り込んだ。


「以前お会いした時より、なんと言いますか、引き締まっておられるような」
 フレアは領事の娘。アランはぶしつけな視線を避けながらも、すっかり変わったフレアの印象に驚いていた。

「山中で、修業三昧に明け暮れております。
魔物を相手にするのも、慣れてしまいました」
どうせわたしゃ筋肉少女ですよ。フレアは内心ふてくされながらも、貴族スマイルを絶やさない。

「それであれほどの腕を……。
さぞ過酷な修練を」
 アランは本気で尊敬する。あれほどの魔法が使えるのは、ミストでそうはいない。

「わたくしなど、まだまだです」
 メンドクセ~。フレアは内心鼻じろみながら、貴族の品位を保つ。

「フレア様のお師匠は、どのような方でしょう?」

「さる高貴なお方です。
ゆえあって、隠棲なさっておられます」
 自分の言葉ながら、『高貴なお方』に、フレアは吹き出しそうになった。俊也はきわめて庶民的な若い老け顔。もっとも、あれは誰も憎めない顔だとも思う。
その俊也の嫁になっていることは、もちろんマル秘扱い。

「もしや、ナームの魔導師部隊を、全滅させたという……」
「アラン殿、これ以上詮索なさるのは、お父上の立場を悪くなされるかと。
この馬車は王家の馬車であること、紋章でお気づきでしょう?」
 フレアはガツンと釘をさす。

アランはびびった。王は頑として謎の魔導師のことを明かさない。
つまり、国の重要機密に抵触するのだ。

アランはギースに着くまで、黙りこんでしまった。

「フレア! 聞いたぞ。
八頭ものブラックコヨーテを瞬殺したそうだな!」
 里帰りの挨拶をしに、父親の書斎を訪ねたところ、さっそくそう言われた。

「王と父上の暖かい御配慮で、そこそこの力は蓄えました」
 フレアは皮肉交じりに笑った。完全に結果オーライだったけど。

「俊也殿、といったか? 優しくしてくれるのか?」
 父親は重ねて聞く。
「それはもう……」
 だから魔力が超アップしてるのよ!
 フレアは心の中で叫ぶ。

「そうかそうか、それはなによりだ。
魔法を見せてもらえぬか?」
 旅の疲れをねぎらいもしないで……。相変わらず無神経でいらっしゃること。

「何か不要なものはありますか?」
「不要なもの?」

「この館ぐらいなら、一発でこなごなにして差し上げますが」

 父親はドン引き。
「そんなに?」
「そんなに、です。ルラ様をはじめ、館三幹部の方からお墨付きをいただいております。
攻撃魔法は、平均的な上級魔導師をしのぐと」

「そ、そうか……。
ゆっくり休むとよい」
「そうさせていただきます」
フレアは思う。里帰りなんてするんじゃなかった。館の方がずっと気楽。


他の研修生嫁たちの感想も、似たり寄ったりだった。
今ではすっかり館の一員。つまり、秘密の共有者なのだ。
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