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179 ミスリードぶち壊した!

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 さくらは、息を飲んで二人の様子を見守る。

「どう、ですか?」
 前菜に手をつけた二人に聞く。

「おいしい」
 芙蓉が言う。

「けど、が付く」
 静香が言う。

「けど?」

「普通?」
 芙蓉が言う。
「高いお金払う気にはなれない、そんな感じ?」
「たしかに」
 静香の感想に、芙蓉はうなずく。

「前菜だけじゃわからないでしょ? 
メインを」
 二人はうなずき、メインの肉料理に手をつける。

「一つ聞きたいんだけど。
あなた、男系社会がどうのこうの言ってたけど、パワハラとかセクハラされたわけ?」
 静香が聞く。

「特には。
だって、教えてくれないんです! 
こんなに可愛いんだから、少しは加点があっていいでしょ? 
女料理人は希少な存在です! 
パンダだってホワイトタイガーだって、希少な生物だから優遇されるんです! 
美人スーシェフ、それだけで店のウリになるでしょ?」
 さくらは憤然として言った。静香と芙蓉は深くため息をついた。

「もう一つ聞く。
あなた、料理以外にも体を売るつもり? 
お客は料理を食べにくるのよ!」
 静香の厳しい言葉に、さくらは言葉に詰まった。

「わかってるんです。
要するに、私に根性がないだけなんです。
先輩の味と技を盗む、いまだに前近代的な徒弟制度。
それがこの世界だって。
どの店でも最初は可愛がってくれるんですよ。
私がかわいいから。
だけど、そのうち私の『甘さ』は、必ず見抜かれます。
だんだん店に居づらくなって……。
もう三十だし……。『下積み』は正直厳しい歳です。
メイドでいいです。
肉奴隷はちょっと、ですけど。
雇ってください」
 さくらはべそをかきながら、深く頭を下げた。

「最初から正直にそう言えばいいのよ。
メイド決定」
 静香は再びナイフとフォークを取った。

「あの~…青形さんに、マジでそっちの気があるんですか?」
 芙蓉がおずおずと聞く。

「俊也君、には、全然ない。
どっちかといえばM?」
 静香は平然として応える。

「『には』に、なんかひっかかるんですけど」

「もう一人の俊也君には多少。
頑丈な人にしかS気出さないから。
何、そんなに気になるの?」
 静香は軽く聞く。

「そんなわけないでしょ! 
やっぱり教え子のお兄さんですから」
 芙蓉は「もう一人の俊也君」が気になったが、怒ったようにフォークとナイフを取った。

何を隠そう、芙蓉は「もう一人の俊也君」、つまり、レジに対し、密かに憧れていた。

うん、「普通」にはおいしい。『頑丈な人』ってどんな人なんだろう? 

俊也に関する疑問は尽きなかった。


「ただいま~…、あら、お客様?」
 専門学校から帰ったカナだった。
「高校時代の後輩。美術部で一緒だったの。
早かったのね?」
 静香が応える。

「いらっしゃい。琴ちゃんの都合が悪くなって、女子会中止にしたんです」
 カナは二人に挨拶。二人も「お邪魔してます」、と礼を返す。

「夕食は?」
 静香が聞く。
「まだ。何か作ります」
 カナは応える。

「これ、まだ全然手をつけてません! 
よろしかったらどうぞ!」
 さくらはイスから立ち上がってそう言った。
この子、なんだろうと思いながら。多分嫁の一人なのだろうが。だけど、メイドとしての得点稼ぎはできる。

「カナちゃん、いいから食べなさい。
ぽっちゃりさんは海原さくら。
メイドとして私が雇うことにしたの。
メガネさんは安倍芙蓉。
朝陽ちゃんの担任よ」
 静香が二人を紹介する。

「へ~、メイドに。それに朝陽ちゃんの。
よろしくお願いします。
ホントに、いいんですか?」
 カナはどちらにともなく聞く。

「どうぞ! 一応は料理人の端くれですから。
だけど静香さん、ぽっちゃりさんという紹介、ひどいと思います!」
 さくらは、ほっぺたをふくらませて抗議する。

「高校時代、かわいかったことは認める。
だけど、自分で『美人スーセフ』なんてよく言えたわね? 
体絞ってから言いなさい」
 静香は冷厳に現実を突きつける。

「叙述のトリック、あっさりぶち壊した!」 
 さくらが半べそで抗議。その「現実」を一番知っているのは彼女自身だ。

「誰をミスリードしたいのよ? 
元かわいかった、三十路(みそじ)ぽっちゃりさん?」
 静香は見事にクールな真顔で言う。

「相変わらずのドSぶり!
きく~!」
 複雑な笑顔の、さくらだった。ぐさっとえぐられたが、なんだか懐かしい気もするから。

 芙蓉は苦笑しながら思う。

この二人、高校時代から全然変わらない。さくらちゃんの体型は著しく変わったけど。

「ときにフーちゃん、あなたメガネ外したいと思わない? 
似合ってるけど不便でしょ?」
 静香は氷の女王様から一転、やさしい先輩の顔で言った。

「前に言いませんでした? 
コンタクト、合わなくて」
 静香さん、私にはなぜだか甘いんだよね。昔から。
芙蓉は、そう思いながら言う。

「エンランちゃんなら、視力正常に戻してくれるよ。
よかったら頼んであげる」

「本当ですか? 
是非!」
 芙蓉は嫁たちの超人的能力を、静香から多少聞いている。

「静香さん! 
フーちゃんと、態度違い過ぎてます!」
 さくらが涙目で抗議。

「フーちゃんからかっても、おもしろくないんだもん」
 あっさり片付ける静香だった。
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