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19 変に色っぽい?

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 ジャックはエクササイズルームで、エルフィアに稽古をつけていた。

「全然歯が立ちませんね」
 エルフィアは、猛烈に落ち込んだ。彼女には、帝国屈指の剣士というプライドがあったから。ジャックには、訓練用の摸擬剣が、かすりもしなかった。ジャックの木剣が、気付いたら首に当てられていた。
 悔しいことに、動きが全く追えないのだ。

「きれいな剣筋だね。だけど、実戦向きじゃない。
どうして喉や心臓、腹しか狙わないの?
馬鹿正直だと思うけど?」

「あっ、試合でそれ以外、ポイントが取れないからか……。
確かに実戦向きではありませんね」
 エルフィアは目からうろこ。自分の剣術は、戦闘のためというより、スポーツとしての剣術。もちろん、喉や心臓、腹部は急所である。クリーンヒットしたら一撃で倒せる。だから「試合」ではポイントとなる。

だが、実戦では一撃で倒す必要などないのだ。

「気づいたみたいだね?
圧倒的な差があれば別だけど、実力的に差がないなら、差をつくればいいんだ。
足とか手とか」

「私、強くなれますか?」

「素質は十分!」

「ジャックさんより?」

「百年早いわ!」

 意外なことに、乙女顔戦士と氷の剣士は、最も早く意気投合してしまった。

 ジャックは魔法の袋から、スポーツドリンクを二本取り出す。ペットボトルの口を開け、エルフィアに手渡す。ペットボトルが一般的か知らなかったから念のため。

「ありがとうございます」
 エルフィアは、やわらかく微笑んで受け取った。氷の戦士の表情は、意外に豊だった。

「あんまり見ないでください」
 氷の戦士はドリンクを一口飲んで気づいた。ガン見されてるし……。

「あっ、ごめん。変に色っぽかったから」
 ジャックは礼を失したかと反省。対人的な常識、もっと養う必要がある。

「別にいいんですけど……、『変に』という言葉、どういう意味でしょう?」
 実はエルフィア、『色っぽい』という言葉、生まれて初めて異性から聞いた。だから『変に』という修飾語が余計に気になる。

「目がずっと厳しかっただろ? 皇女さんのガードについていた時。
摸擬戦やってるときは、襲ってくるネコ科の魔物に似ていた。
ペットボトルに口付けて……。
別に変な意味じゃないから!」
 さすがのニブチンジャックも、正直な感想を続けられなかった。彼の専属メイドミミの、とあるご奉仕を連想したのだ。激しい運動でひと汗流した後。けだるげな半眼で焦点が定まらない感じ?

「よくわからないんですが、ほめられているのでしょうか?」

「うん!
エルフィアさん、普段クールなだけに……、
色っぽいって言葉、いわゆる『セクハラ』になるの?」
 ジャックはアニメで見たシーンを思い出していた。OLの女性キャラが上司に曰く。
『カチョー、セクハラです!
訴えますよ』
 たしか、上司が『今日もかわいいね』という感じでほめた後。ジャックには意味がわからなかった。

「まあ、よしとしましょう。コダカーラの魔物ってどんな感じですか?」
 エルフィアは、雰囲気にとまどい話題を変えた。なんだか胸がドキドキするような……。

 エルフィアが最も慣れないのは、男女の機微だった。


 三姉妹は、オリビア、セレナ主従と話をしていた。オリビアは、ひどく口数が少ないが、彼女に深く同情するセレナは、遠慮なく憤懣をさらした。

「言っちゃ悪いけど、オリビアの父親、ホントに親なの!」
 マミは激おこ。オリビアの母親は高級娼婦だった。オリビアの父親は、彼女を身請けし、密かに囲っていた。正妻は老舗豪商の娘。本宅に置いたら具合が悪いから。

 オリビアの母親が健在だったころ、待遇はよかった。ところが、オリビアが八歳のころ、母親は病であっさりと亡くなった。

 それ以来、父親は全く妾宅に姿を見せなくなった。セレナはオリビアが生まれる前から、母親の世話をしていた。母親が亡くなってから、父親からの仕送りは、がくっと減ってしまった。
セレナは二人を見捨てることができなかった。独身のまま、損得抜きで二人に仕え続けた。

特にオリビアは、セレナの娘と同様だった。母親には生活能力が、まるで欠けていたのだ。

幼いころ娼館に売られ、高級娼婦としてのみ磨かれ。つまり、男に媚びをいかに売るかだけ教育されてきたのだ。

オリビアが父親から、放置されたことはまだ許せる。あろうことか、娘が美しく成長したことに目を付けた父親は、取引先の大豪商の妾に、オリビアを差し出そうと思いついた。

その「取引先」とは、別の惑星に住む五十のスケベオヤジである。

セレナは、せめて自分だけでもオリビアを守りたいと、同行していたのだ。

「二人にとって、逆によかったんじゃないの?
ほとぼりが冷めたら、カナリア以外の星にいけばいい。
なんだったら、コダカーラで暮らしてもいい。
慣れたらいい星だよ?」
 エルが同情の目で言う。

「はい……。じっくり考えます」
 オリビアはすっきりとした顔で言った。セレナが語る自分の身の上話を、彼女は終始上の空で聞いた。
なぜだか今は、他人事のように聞こえる。捨てても全然惜しくない過去の話だった。

「スルガヤ、ぎゃふんと言わせたいね?」
 リンが悪い顔をして言う。

「AIに相談しよう!」
 妹二人は超やる気を見せた。不穏なフラグが立った模様。



 ハウス電脳内。ミミが得た情報は、リアルタイムで前マスターと共有される。希望者は感覚までリアルに。
 前マスターの中には、生前腐男子気味のメンバーも。ジャックとのいちゃラブ交歓をミミと共有し、やみつきになっている。すでに心は女の娘(こ)?
 
 閑話休題。そんなわけで、『VSスルガヤ』というスレッドが立った。

『さて皆の衆、どうするでござるかな?』

『ハイソ界隈(かいわい)では、よくある話だろうけどさ、許せないよな?』
『姉妹が怒る気持ち、わかる~~~!
俺の親もいい加減だったけどさ、スルガヤほどひどくなかった』

『問題は、どの程度ぎゃふんと言わせるかでござるな?
それによって作戦は変わるでござろう?』

『マミなんかだと、マッサツの一言?』
『あの娘、過激だからね……』

『一番安直!
もっと真綿で首絞めたいよね?』
『スルガヤ、乗っ取っちゃう?
ひょっとしたら、あっさり殺すよりダメージでかいかもよ?』

『議論の原点に還るべきでござる。
姉妹の正義感の憂さ晴らしでは、本末転倒でござろう?
オリビアがどの程度の報復を求めるか、探ってみるべきでござるまいか?』

『うん。《ござ~るでござる》の意見はいつも正論!』
『とりあえず、スルガヤの情報を集める?』

『うん、賛成。なんにせよ、情報が少なすぎる』
『そうそう。慌てることはない』

 電脳ヲタスレ民の意思は、様子見で固まった模様。

ちなみに、このチートヲタたちは、創造神がひまつぶしで立てた『異世界転生してみよう!』というスレッドに、集まったスレ民の中から選ばれた。

 創造神は選択基準を、「チート能力を与えて世界に害をなさない」の一点に絞った。そのチートヲタの中でインドア派七人の有志が、これまたシャレで作ったものこそ、この「ハウス」であり電脳だ。もちろん脳以外の肉体は既に滅んでいる。

 もっと明かせば、彼らの脳は、ハウスの奥深くで生き続けている。
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