145 / 170
145 第一王子別れの演説
しおりを挟む
西の城塞。第一王子に任された、魔王領最前線基地。
第一王子は、武勇において、ライバル第二王子にはるかに勝る。
そして、彼には魔王国きっての知略を誇る、水の将軍が右腕として付けられている。
水の将軍の執務室に、彼の長女カトレアが飛び込んできた。カトレアは第一王子正妃である。
「父上!
大変なことになりました」
カトレアは顔面蒼白。
「まあ、落ち着け。
何があった?」
「我が夫、魔王様に勢いで言ったそうです。
単身で人族領に斬りこむと。
魔王様は、それをお許しになったそうです。
ああ、どうしたらよいのでしょう」
カトレアは、沈痛な面持ちで事情を説明した。第一王子は、現在やけ酒でぐでんぐでん。
水の将軍は、一瞬青ざめた。死ねと言っているようなものではないか!
だが、すぐに気づいた。魔王様は、第一王子を見放した。マジで死ねと言っているのだ。
つまり、王位を第一王子に継がせる気は、全くなくなったということだ。
客観的に言えば、賢明な判断だ。あの脳筋王子が王位を得たら、大変なことになる。
ましてや、今は耐えるべきとき。
水の将軍は、半ばお手上げだった。第一王子が人族領にカチコミをかけると言い出したこと。彼にも止められなかった。
水の将軍は、素早く計算する。
幸い、彼の孫、第一王子の長子は、明晰な頭脳を持っている。
第二王子との王位継承レース、孫なら可能性はある。
第一王子には、華々しく散っていただこう。魔族の英雄として。
「単身人族領に打って出る。
まさに武士(もののふ)の誉。
笑って見送ろうではないか」
「そんな~……」
父親の非情な言葉に、崩れ落ちるカトレアだった。
「魔剣ヘルウイングを若に賜るよう、申し上げろ」
「ヘルウイングを?
あれは魔王様より下賜された……。
そういうことですか……。
わたくしも武人の妻。
笑って夫を送り出します」
さすが水の将軍の娘。カトレアは、父親の腹が読めた。そして、魔王の真意も。
魔剣ヘルウイングは、王位継承権を持つ者の証。第二王子に下賜された、魔剣ヘルファングに並ぶ宝刀。魔族の誰もがそう考えていた。魔王以外は。
我が息子、次代の魔王に押し上げる。なんとしても。
カトレアの腹は固まった。
第一王子は、自分のベッドで目覚めた。耐毒のスキルを持つ彼の肝臓は、べらぼうなアルコール分をきれいに分解していた。だが、やはりすっきりとした目覚め、とはいかなかった。
「お目覚めになりましたか」
カトレアが、笑顔で声をかけた。
「もう日も高いようだが」
第一王子は、起き上がってベッドに腰かける。
「もう十一時過ぎでございます。
昼食はいかがなさいますか?」
滅多に見ない、嫁の優しい笑顔。第一王子は、逆に腹が立ってきた。
どうしてそんなに冷静でいられる!
「水の将軍は、なんと申した!」
「英雄として、華々しく散ってこそ、武人の誉。
ヘルウイングは、一の君にお与えなさいませ」
カトレアは、見事な笑顔のままで言う。
さすがの脳筋も気づいた。
止める気なんて、まるでないんだね?
我が妻も、将軍も……。まあ、魔王の命。しかも、大勢の幹部の前で下された。
誰が止めようと、今さら後戻りはできないこと、脳筋の彼でも自明の道理だった。
「ヘルウイングは、もちろん持っていく」
ヘルウイングは、第一王子に欠ける敏捷性を、補って余りある武器だ。
第二王子に下賜されたヘルファングは、魔族の有するすべての武器の中で、最高の攻撃力を誇る。
二人の王位継承権者の欠点を補う意味で、魔王はその宝刀を二人に下賜したと、魔族間では噂されている。
ヘルウイングを息子に与えてしまったら、第一王子にとって、片腕、いや、片足を失ったも同然だ。
「ヘルウイングは、王位継承権の証でございましょう。
それに、あの剣が人族の手に渡ってしまっては、取り返しがつきません。
なにとぞ、後のことをお考え下さいませ」
カトレアは、相変わらず笑顔のままそう言った。
後のこと?
俺が死んだ、後のこと…だよね?
もう、どうでもいいや……。
完全に気力をなくした、哀れな第一王子だった。
城塞大広間に、第一王子の主だった家臣が集められた。
「皆の者、聞け!」
やけくそ第一王子は、威儀を正して口を開いた。
「今、魔王国は、まさに危急存亡の秋。
夜の女王の宙船により、魔王城は粉々に粉砕された。
聞けば、我が妹が『原初契約』を破った処罰だという。
愚かな妹ではあるが、人族の勇者パーティを壊滅させる目的だったという。
その意気やよし!
我は陛下に献策した。
クオークに単身斬りこむ。
つまり、我が一命をなげうって、魔族の武威を示さん。
以て、人族への牽制となす。
さらば!
我が忠実なる家臣ども」
やけくそ第一王子は、自らの演説にじ~んときた。家臣を見渡す。
みんな泣いてくれてるね……。王妃や息子も……。
これで死ねる。第一王子はヒロイズムに酔っていた。
酔わなきゃ、やってられないでしょ!
第一王子は、武勇において、ライバル第二王子にはるかに勝る。
そして、彼には魔王国きっての知略を誇る、水の将軍が右腕として付けられている。
水の将軍の執務室に、彼の長女カトレアが飛び込んできた。カトレアは第一王子正妃である。
「父上!
大変なことになりました」
カトレアは顔面蒼白。
「まあ、落ち着け。
何があった?」
「我が夫、魔王様に勢いで言ったそうです。
単身で人族領に斬りこむと。
魔王様は、それをお許しになったそうです。
ああ、どうしたらよいのでしょう」
カトレアは、沈痛な面持ちで事情を説明した。第一王子は、現在やけ酒でぐでんぐでん。
水の将軍は、一瞬青ざめた。死ねと言っているようなものではないか!
だが、すぐに気づいた。魔王様は、第一王子を見放した。マジで死ねと言っているのだ。
つまり、王位を第一王子に継がせる気は、全くなくなったということだ。
客観的に言えば、賢明な判断だ。あの脳筋王子が王位を得たら、大変なことになる。
ましてや、今は耐えるべきとき。
水の将軍は、半ばお手上げだった。第一王子が人族領にカチコミをかけると言い出したこと。彼にも止められなかった。
水の将軍は、素早く計算する。
幸い、彼の孫、第一王子の長子は、明晰な頭脳を持っている。
第二王子との王位継承レース、孫なら可能性はある。
第一王子には、華々しく散っていただこう。魔族の英雄として。
「単身人族領に打って出る。
まさに武士(もののふ)の誉。
笑って見送ろうではないか」
「そんな~……」
父親の非情な言葉に、崩れ落ちるカトレアだった。
「魔剣ヘルウイングを若に賜るよう、申し上げろ」
「ヘルウイングを?
あれは魔王様より下賜された……。
そういうことですか……。
わたくしも武人の妻。
笑って夫を送り出します」
さすが水の将軍の娘。カトレアは、父親の腹が読めた。そして、魔王の真意も。
魔剣ヘルウイングは、王位継承権を持つ者の証。第二王子に下賜された、魔剣ヘルファングに並ぶ宝刀。魔族の誰もがそう考えていた。魔王以外は。
我が息子、次代の魔王に押し上げる。なんとしても。
カトレアの腹は固まった。
第一王子は、自分のベッドで目覚めた。耐毒のスキルを持つ彼の肝臓は、べらぼうなアルコール分をきれいに分解していた。だが、やはりすっきりとした目覚め、とはいかなかった。
「お目覚めになりましたか」
カトレアが、笑顔で声をかけた。
「もう日も高いようだが」
第一王子は、起き上がってベッドに腰かける。
「もう十一時過ぎでございます。
昼食はいかがなさいますか?」
滅多に見ない、嫁の優しい笑顔。第一王子は、逆に腹が立ってきた。
どうしてそんなに冷静でいられる!
「水の将軍は、なんと申した!」
「英雄として、華々しく散ってこそ、武人の誉。
ヘルウイングは、一の君にお与えなさいませ」
カトレアは、見事な笑顔のままで言う。
さすがの脳筋も気づいた。
止める気なんて、まるでないんだね?
我が妻も、将軍も……。まあ、魔王の命。しかも、大勢の幹部の前で下された。
誰が止めようと、今さら後戻りはできないこと、脳筋の彼でも自明の道理だった。
「ヘルウイングは、もちろん持っていく」
ヘルウイングは、第一王子に欠ける敏捷性を、補って余りある武器だ。
第二王子に下賜されたヘルファングは、魔族の有するすべての武器の中で、最高の攻撃力を誇る。
二人の王位継承権者の欠点を補う意味で、魔王はその宝刀を二人に下賜したと、魔族間では噂されている。
ヘルウイングを息子に与えてしまったら、第一王子にとって、片腕、いや、片足を失ったも同然だ。
「ヘルウイングは、王位継承権の証でございましょう。
それに、あの剣が人族の手に渡ってしまっては、取り返しがつきません。
なにとぞ、後のことをお考え下さいませ」
カトレアは、相変わらず笑顔のままそう言った。
後のこと?
俺が死んだ、後のこと…だよね?
もう、どうでもいいや……。
完全に気力をなくした、哀れな第一王子だった。
城塞大広間に、第一王子の主だった家臣が集められた。
「皆の者、聞け!」
やけくそ第一王子は、威儀を正して口を開いた。
「今、魔王国は、まさに危急存亡の秋。
夜の女王の宙船により、魔王城は粉々に粉砕された。
聞けば、我が妹が『原初契約』を破った処罰だという。
愚かな妹ではあるが、人族の勇者パーティを壊滅させる目的だったという。
その意気やよし!
我は陛下に献策した。
クオークに単身斬りこむ。
つまり、我が一命をなげうって、魔族の武威を示さん。
以て、人族への牽制となす。
さらば!
我が忠実なる家臣ども」
やけくそ第一王子は、自らの演説にじ~んときた。家臣を見渡す。
みんな泣いてくれてるね……。王妃や息子も……。
これで死ねる。第一王子はヒロイズムに酔っていた。
酔わなきゃ、やってられないでしょ!
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる