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105 スパルタ指導は望むところ

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 メアリーが治癒魔法を施した後、十人はケーンとジャイアンを中心に、パーティ分けをした。

ケーンが槍使いの男女二人、弓使いの女子二人を引き受けた。

バランス的にもまずまずだろう。

メアリーとリンダが引率し、さっそくチュートリアルダンジョンに向かう。

その指示を聞いたとき、生徒たちは苦笑するしかなかった。バトルロイヤルの入寺子屋式といい、必要最小限の注意しか与えないことといい、超スパルタ方針だ。

つまり、甘えは一切許されないということだ。

それは望むところ。生徒たちは身が引き締まる思いがした。


☆ ☆ ☆


 キキョウの家。

 ケーンを送り出したキキョウはキッチンへ。

「キキョウさん、もうお昼の準備ですか?」
 十時のおやつを、冷蔵庫へあさりに来た総子が聞く。

「ケーン様のお弁当よ。
ゆうべ頼まれてたの」
 キキョウが満面の笑顔で応える。
「へ~……。
何を作るんですか?」

「おにぎりがメイン。
卵焼きとウインナー、肉団子に、プロッコリー、ミニトマト……」

「定番のお弁当メニュー!」
 総子は懐かしく思う。どれも母親がよく持たせてくれた。……交通事故で死んじゃうんなんて、超親不孝だった。
 だけど、道の真ん中で立ちすくむ子猫が……。反射的に飛び出した。
あの猫は無事だったのだろうか?
 よく覚えていない。

「総子ちゃんは、お弁当作ったの?」
 キキョウは卵を割って、ボールに入れる。
「作りましたね! 母親が」
 総子は感傷を押し殺し、軽くジョーク。

「そうなんだ?
卵焼きは砂糖入れる方?
お母さんは」
 キキョウは軽く返す。

「私、甘い卵焼き苦手で」
「ケーン様と同じね。
おにぎりの具、頼めるかな?」

「はい!
料理は全然ダメですけど、おにぎりの具ぐらいなら」
「冷蔵庫にシーチキンが入ってる。
マヨネーズであえて。
それと明太子と、こんぶの佃煮、出してもらえる?」

「了解です!
なんかお嫁さん気分!
てへ……、そういえば私、マジモンのお嫁さんでした!」
「卵焼き、任せようか?」

「どうか御勘弁を!」

「そうなんだ?」
「恥ずかしながら」

「おにぎりは大丈夫?」
「形へのこだわりを問われないなら」

「そうなんだ?」
「元日本人女子として、恥ずかしながら」
 総子は、なんか負けた気分だった。


☆ ☆ ☆


 チュートリアルダンジョン、入り口。リンダは立ち止まり、振り向いた。
 寺子屋生たちは、顔を引きつらせて言葉を待つ。


「ダンジョン突入はポチ班から。
ジャイアン班はその三十分後。
行動開始」
 リンダが簡潔にそう告げた。


「ポチ、行こう!」
 アリスが張り切って言う。

「バカじゃないの? 今何時?」
 ケーンは、後のフレーズにリズムをつける。

「そうね、だいたいねぇ~……。
あれ?」
 アリスは、無意識に乗せられてしまったことに気づく。

どういうふうに乗せられたか、気づかない読者は無視する。

「そういうことか……。
おい、食える物をさがすぞ!」
 ジャイアンは、自分の班員に指示する。

ちなみに、ジャイアンは、ケーンがつけたニックネームに満足している。
「体がでかく、力持ちでリーダーシップがとれる。
もう一つのパーティリーダーは、ジャイアンしかありえない。
ただし、歌は歌うな」

ケーンのよいしょは、彼をしっかりその気にさせた。

どうして歌ってはいけないのか、不明だったが。

以降、ケントという彼の本名は、寺小屋内で二度と使われないだろう。


 アリスは自分の浅慮を恥じた。

時刻は昼前。
このまま突入したら、ダンジョン内で昼食をとるか、空腹を抱えて魔物と闘わなければならない。

いきなり冒険者失格だ。

「メシにしようぜ。
今日だけは俺のおごりだ」
 ケーンは、ここへ来る前、こっそりアイテムボックスから、ポチバッグに移した弁当を取り出す。もちろん、ほとんどキキョウ、ちょっぴり総子作の愛妻弁当。

用意のおにぎりと水筒を五人分取り出した。おかずはやらない!

ちなみに、ポチバッグとは、内容量がミカン段ボール二十個分程度。

中クラスまでの、冒険者用魔道具としては、最もスタンダードな仕様となっている。
もちろん、初心者以前の貧乏メンバーには高根の花だが。

「ポチ、最初からただ者じゃないと思ってたけど……。
私、一生ついていきたい」
 アリスは、恋する乙女の目でケーンを見る。

「ふっ……。弱い女はいらない」
 ケーンは渋く決めてみました。

あ~、青春だね~!


 ポチことケーンは、茣蓙を広げ、竹かご弁当箱を四人分置いた。

「どうぞ。
中身はおにぎりという食べ物だ」
 ケーンはそっけなく言う。四人の分は、塩結びをリクエストした。貧乏人を甘やかせてはならない!

「鬼斬り?
おっかないネーミングだ。
いただきます。
何?」
 アリスは弁当箱を開けて、ちょっとびっくり。白い虫を寄せ集めて三角に整えました、的な?
 この世界に、米は普及していない。

「米という穀物を炊いて、塩で握ったものだ。
案外いけるぞ」 
 ケーンは胸を張って応える。魚沼産のコシヒカリに負けない米だ。塩味だけでも立派なごちそうだ。

「そうなんだ……。
パク……。
おいしい……」
 恐る恐るおにぎりを口にしたアリスは驚いた。本当に味付けは塩だけだが、ほんのり甘い。

 アリスの言葉に勇気を得た、他のメンバーも、おにぎりにかぶりついた。

ケーンは『うまい!』『おいしい!』の感想にケーンは満足しながら自分の弁当箱を開けた。
「わ~! カラフル!」
 ケーンの弁当をのぞいたアリスが叫んだ。

卵焼きの黄色。プロッコリーの緑。プチトマトの赤。細長いやつは、弟のあれを連想させた。
てらてら光る、黒褐色の団子状のものはなんだろう?
おにぎりを巻いた、黒い紙みたいなものは何?

「文句があるならおにぎり食うな!」
 ケーンは弁当箱を、上体を曲げて背中で隠した。

「文句なんてありません!」
 直ちにそう応えたメンバーだった。ずいぶん弁当のクオリティーは違っているようだが、おにぎりだけでもいける。


 食事を終え、ケーンは熱いほうじ茶を、他のメンバーは、ただの水を飲みながらミーティング。

「それでさ、ジョブってあるじゃん。
だいたいわかるんだけど、どういうことなの? 
ポチなら知ってるでしょ?」
 ポチのカップ、湯気が出てる。どうして、と疑問を持ちながらアリスが聞く。

「あ~、それな。
冒険者ギルドに登録するとき、自己申告するんだ。
自分の得意分野が何か、アピールする意味で。
パーティ組むとき便利だろ? 
代表的なのは戦士や剣士、狩人、シーフ。
盾防御が得意なら盾士。
魔法が得意なら、たとえば、火属性魔法使い、防御魔法使い、エトセトラ。
ただし、特殊なジョブもある。
今は全然関係ないけど聞きたい?」
 アリスをはじめ、他のメンバーはコクコクとうなずく。

みんなド田舎の出身だ。冒険者に憧れるものの、詳しい情報は持ってないし、得ようがなかったというのが実態だ。

「冒険者ランクがBランク以上になったら、つまり、一人前になったら、名乗ることができるジョブだ。
成功報酬が上積みされる代わり、金がかかるし、もちろんそのジョブにふさわしい実力が必要だ。
金がかかるというのは、ギルドが認める、特殊ジョブ認定審査官を雇う必要があるからだ。
審査官は、Aクラス以上の冒険者が絶対条件。
高ランク冒険者のアルバイトか、もしくは引退した元冒険者だ。
交渉次第だけど、安くないことはわかるだろ?」
 メンバーはコクコクとうなずく。

「審査官のランクが高いほど、信用度は増す。
審査官は、ギルドカードに名前が明記されるから、当然合格基準は高く設定する。
もちろん、自分の名誉と信用を落としめないためだ。
その特殊ジョブは、たとえば、剣豪とかニンジャとか魔導師とか。
好きに名乗っていいんだけど、なんのスペシャリストかわかりやすいのが望ましいから、ほとんどは先例に乗っかってる。
例外は勇者と聖神女。
その二つは資格がないとね」

「魔法使いと魔導師、どう違うの?」
 魔法にちょっぴり自信があるアリスが聞く。

「魔法使いは、魔法がそこそこ使えますよ~というアピール。
魔導師は魔法が、自由自在に使えるというアピール。
とりあえずは、Bランクに昇格することを目指そうか?」
 ケーンはアリスの頭をぽんぽんと叩いて応える。

この子、磨けば光る可能性は、なきにしもあらず、かもしれない、と思いながら。

今のところ、ド田舎の娘っ子にしか見えないけど。

だが、ケーンの勘は教える。力の伸び代は十分だ。


 その後、ケーンは、前衛・中衛・後衛の役割分担と、サインの打ち合わせを行った。
パーティメンバーは、その的確な指示で、ケーンに全幅の信頼をおくようになった。
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