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80 兄妹に引導を渡す

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 一週間後のこと。

ケーン、キキョウ、ジャンヌのヒカリちゃんは、総子と模擬戦で戦う兄妹を見ていた。

『どう思う?』
 ケーンが念話で聞く。

『思い切り装備で固めても、Aランクに届かないと思います』
 キキョウが念話で応える。

『器の問題ですね。
気持ちだけが空回りして、一番危険なタイプです』
 ヒカリちゃんも念話で応える。

『俺もそう思う。どうしよう?』
 ケーンは途方に暮れる。

総子とジャンヌに付けて、レベルアップさせようという心づもりだったが、めちゃくちゃ足を引っ張りそうだ。

『エリックは、救いようがないほどのシスコンですね。
メイをケーン様の嫁にするには、問題大ありです』
 キキョウが苦笑して念話で言う。ちなみに、エリックは兄の名だ。ケーンは、さっきまで知らなかった。

『メイもエリックほどではないにしろ、重度のブラコン。
割って入ろうとしたら、険悪な雰囲気になります。
ケーン、頑張ってください。じゃ!』
 ヒカリちゃんはそう言い残し、ジャンヌの体から逃げていった。

三人は目を見合わせ、大きくため息をついた。


「そこまで! 総子、お疲れ」
 ケーンは模擬戦を止めた。「お疲れ」と言ったものの、総子は汗もかいていない。兄妹は息も絶え絶えといった感じ。

総子は幼いころから剣道を習っているし、部活にも入っていた。弱い者の指導はお手の物である。

「エリック、メイ、今晩付き合え」
 ケーンは引導を渡すべきだと思った。

「俺、男は……」
「兄者と二人で? それはちょっと……」
 なんだかひどく誤解しているらしい兄妹だった。

ケーンが二人にコスプレさせているのが、誤解を与える要因だろう。二人はコスプレモデルとして、最高の素材だ。

照れがりながらも、兄、妹の艶姿に、お互い萌え萌えであること、ケーンは見抜いている。

「じゃね~よ! 
君たち二人の将来、じっくり語りあおう」

「もしや、俺に婿入りしろと? レミさんに」
「私はケーンさんの側室?」
 どうしてそういう発想? ケーンはとことん問い詰めたくなった。
 
 ケーンは、兄妹を誘って酒場を訪れた。

供には世間を一番知っている、ユリを指名した。

冒険者があまり来ない店を選ぶ。

「あのさ、まず聞いておきたい。
二人とも、俺のことどう思ってる?」
 オーダーを終えた後、ケーンが切り出す。

「どうと言っても……。
ムサシ殿は、バトルとエッチにしか興味がない人だと、おっしゃってました」
 兄の言葉に、妹はコクコクとうなずく。

「兄は全然そっちの気がないんですけど。
ケーンさんがどうしてもとおっしゃるなら、覚悟を迫ります。
美形なら男も女も見境なしと、ムサシ様はおっしゃってました。
ですが、さっきも言った通り、兄妹まとめてはいやです」
 ムサシィ~! 今度会ったらぶん殴ってやる!

「俺、男には全然興味ないから!」
「やっぱり私ですか……。
いいです。目をつぶって抱かれます」
 妹は妙に悟った目で言う。

兄は苦悶の表情で、一つうなずく。

「そんなの俺のプライドが許さないから! 
どうしてその発想につながる?」

「そら、ケーンに全然利益がないからや。二人の面倒みても。
ちょっと待遇良過ぎたんちゃう? 
生活にしろ装備にしろ。
普通、裏があると思うわな」
 苦労人ユリが、ずばりと解説する。
兄妹はコクコクとうなずく。

「俺たちの装備、いったいいくら使ったんですか? 
週給金貨一枚ずつ? 
薬草採集と、店の用心棒の給料じゃないです。
メイもあなたを嫌ってるわけじゃありません。
俺、あなたなら許せます。
どうか、どうかメイを……」

「兄者!」
 メイは男泣きする兄の肩を抱いた。

「いや、装備は全部ダンジョンで回収したやつだから。
下手な装備だと、レミが危ないかもしれないし。
給料は…そんなものかな、と思っただけなんだけど」
 ケーンも一応常識は持っている。

夜の王宮謹製の、とんでもアイテムは二人に渡してない。

もちろん、とてつもなく高いアイテムばかりだが、換金しても仕方ないと、とっておいたものだ。

「あんな、内緒にしといてや。
ケーンはさる大国の王子様や。
世間一般と金銭感覚がずれとる。
そんだけの話や」
 困惑するケーンに代わり、ユリが説明する。

「やっぱり……。そんな気もしてたんだ」
 涙をごしごしとぬぐう兄に、妹はそっとハンカチを差し出した。

いいカップルなんだけどね。血がつながっていなければ。

ケーンは、憐みの目で二人を見た。


「あのさ、はっきり言う。
二人の器では、一流の冒険者に届かない。
ノーキョーに、どういうふうに言われた?」

「どうしてノーキョー様のことを? 
かなりマイナーな神様なんですが」
 メイは驚いて聞く。

「うん。なんとなくね……」
 ケーンはごまかす。

ケーンはヒカリちゃんから詳しく聞いていた。ノーキョーは農業の発展に力を発揮する神だと。
いくら手厚い加護を受けても、戦闘力はアップしない。

「私たちは、小さいころから父に、領内にあるノーキョー様の祠を守るよう命じられていました。
ですから、二人でまつり物を供えたり、掃除をしたり。
ノーキョー様が顕現なされて、二人の話をよく聞いて下さるようになりました。
兄は上の兄に比べて、剣技や魔法がひどく劣っていました。
ノーキョー様は、根性さえあったら、絶対強くなると兄を励まして下さいました。
私が父に、男爵の妾になるよう命じられた日のことです。
私がノーキョー様に別れを告げるため、二人で祠を訪ねました。
ノーキョー様は、涙を流して同情して下さいました。
そして、まつり物のお酒をたいそう召し上がって、二人にこう言いました。
『俺が守護する。勇者に弟子入りして強くなれ』
次の夜、私と兄は家を飛び出しました」
 ケーンとユリは、なるほどとうなずく。

ノーキョーの気持ちもわかる。神通力もろくにないくせに、無責任だとは思うが。

「追っ手はつかんかったんか?」
 ユリが聞く。

「多分死んだことにしたのではないでしょうか。
それ以外、男爵様に申し開きできないと思います。
いわば兄妹の駆け落ちですから」
 ケーンとユリは、メイの言葉に軽くうなずいた。

「私たち、そんなに才能ないですか? 冒険者として」
 メイは力なく聞く。

「うん。ガチガチに装備しても、多分Aランクには届かない。
Bランクには届くかもしれないけど、なんと言ったらいいのかな。
危ない感じがするんだ。
もっとはっきり言えば、戦いに向いてない。
無理に戦いの生活に身をおいたら、かなりの確率で死ぬと思う」
 何度もお花畑を見てきたケーンだからわかる。

この純粋で人が良過ぎる兄妹は、戦いの場なら死亡フラグを背負っているようなものだ。
下手に人並み以上の力があるから余計に。

「どうすればいいのでしょう? 
もう家には帰れません」
 メイがすがるような目で聞く。

「商売やってみたら? 
メイは薬師として多分やっていけると思う。
エリックも薬草採集の用心棒なら大丈夫だ。
できるだけ援助するよ。
もちろん、レミはエリックに渡さないけどね」

「一つ、聞いていいですか? 
レミさん、他のお嫁さんたちとは、かなり違ってますよね? 
兄が錯覚したのも、無理はないと思うんですけど」
 メイはかねてから思っていた。他のお嫁さんたちは非凡そのもの。レミさんは平凡そのもの。
容貌でも、戦闘能力の面でも。

そして、妹付きとはいえ、女二人の家に兄を住まわせるのは、どうかと思っていた。

ケーンさんは、なにかのはずみでレミさんに手を出し、悪く言えばその後始末を、押し付けるつもりでは? 

兄妹はそこまで想像していた。身分の高い者には、よくある話だ。

「人間の魅力って、色々だろ? 
アットホームな安らぎ? 
それは凡人そのものの、レミしか持ってない魅力だ」

「エリックが、レミさんに手ぇ出そうとしたら、絶対死んでたで。
レミさん、ペンダント肌身離さずつけとるやろ? 
あれは不届きなやつを、即死させる付与がかかっとる。
レミさんの他の装備も、Cクラス程度の魔物なら、傷一つようつけんはずや。
用心棒はあくまで念のためや」
 ユリは兄妹が抱いているであろう疑問を晴らす。

「フフ、ケーンさん、優しいんですね」
 メイはケーンを大いに見直していた。

「スケベで自分の女に欲張りなだけや」
 ユリは混ぜ返す。ケーンは否定できない。

「サマンサさん、なんといっても高齢だろ? 
レミは錬金術師の修行中なんだ。
今は伯母さんが心配だから、店に泊まり込んでる。
錬金術は中級以上になったら、長時間手が離せなくなる。
二人がいたら安心して修行に打ち込める。
だから協力してくれない?」
 ケーンは誠意をもって説得する。

「それで私たち兄妹を……。
最初からそう言ってくだされば」
 変に勘繰ることはなかったのに、とメイは心の中で言葉をつなげる。

「最初から『老人の面倒見ろ』。それじゃ納得できなかっただろ?
君たちの素質を見極めた今なら頼める。
レミの修行の見通しがつくまで、サマンサさんと店を頼む」
 ケーンは深く頭を下げた。

「わかりました。兄者もいいですよね?」
 妹の言葉に、エリックは何か言いたげだったが、黙って軽くうなずいた。

やっぱり冒険者に、未練があるんや? ユリは、そう見てとったが、ケーンやキキョウさんの目は確かだし、自分もケーンの意見に賛成だ。

ユリは口を挟まないことにした。
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