瑠璃色の吸血鬼は異世界で死を誓う

沖弉 えぬ

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11看病

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 傷を負って戻った璃久の事は心配だったが、この日ルークは大司教に呼ばれていた。アルブスに璃久の事を任せてルークは馬車に乗って大司教の元へと向かう。
 馬車がルークを運んだのは城ではなく大聖堂の方だった。そしてルークを待ち構えていたのは大司教ではなく側近の騎士だ。よくある事なので驚きはない。寧ろこうして大司教以外の人間と接触する機会をルークは巧みに利用してきた。
 もったいつけるように服を脱ぎながら、足を開いて座っている騎士の股の間に座り込む。
 手練手管を用いて情報を聞き出す。
「今日は大司教様はどちらに?」
「さて、王妃派の評議会と約束があると言っていたが」
「そうでしたか。大司教様の素晴らしさに気付けば、きっと王妃派の方々も大司教様に味方して下さるでしょう」
 パンッと左の方から音がして、遅れて頬を叩かれたと気付く。いつでも殴られる覚悟をしていたのでさほど衝撃はない。
「何が大司教様だ。あの禿げた頭の何が好きだ? それとも禿げ頭によく似た別の物がそんなに好きか?」
 この騎士は大司教に与しているが大司教の事が嫌いだった。こうして怒らせると、無様に腰を振りながらよくよく大司教の秘密を囀ってくれた。
 大司教はとうとう王妃派に近付こうとしているらしい。ルークの最終的な目標は大司教を出廷させて法で裁く事だ。それを思うと評議会が大司教に取り込まれ過ぎるのはなるべく避けたい展開だった。
 璃久のおかげでようやくルークの描いた大司教失脚までのシナリオが動き始めた。どうしても気持ちが急くが、璃久の傷を見て冷静になった。
 焦ってはいけない。一歩ずつ、着実に同胞の骨肉で出来た大司教の要塞を崩していかなくては。
 そのためならルークは自分の苦しみを飲み込む事が出来る。
 目の前に突き出された汚物を、ルークは目を閉じ口に入れる。



 大聖堂からもどってくるとすぐに浴室へ向かった。大司教さえ居なければ『悪魔の印』を使われる事がないので疲労感は段違いだ。
 それでも剣を持つために鍛えられた腕力で抱え込まれ、強い握力で逃げないよう腰や腿を掴まれるので体は傷だらけになる。その上加減しないから性質が悪い。
 熱を持ち、疼痛を覚える尻の感覚に眉根を寄せる。アルブスが沸かしてくれた湯を使ってそろそろと尻と腿の辺りについている深く爪が刺さった傷痕を洗い流していった。
 さっさと清拭を済ませて璃久の眠っている部屋に向かう。
 遅くに戻ってきた璃久は熱を出していた。腹に傷があったが、きちんと治療を施されていたので数日休めば日常生活には支障がないくらいには回復するだろう。その間にルークの血を与えておけばまず心配はいらない。問題は璃久が嫌がらずに飲んでくれるかどうかだ。
 アルブスが水を張った盥を持って部屋に入ってくる。
「後は僕がやろう。今日は璃久を待って昼間からずっと起きてたんだから、そろそろ寝なさい」
「ですがそれはルーク様も同じです。それにルーク様の手を煩わせる訳には」
「僕が自分でやりたいんだ」
 ルークが盥を受け取って言うと、何故かアルブスは顔を真っ赤にしてから何度も頭を下げて退室していった。妙な反応だったが、璃久が小さく呻くと意識はそちらに引っ張られてアルブスの事はすぐに気にならなくなった。
 吸血鬼の名前を出させたのがまずかったのかも知れない。恐らく信徒に刺されたのだ。腹の傷はちょうど包丁のようなもので刺されたくらいの幅で裂けており、屋敷に戻ってくるまでの間でまた少し出血したのかガーゼには血が滲んでいた。
 額に噴き出した玉のような汗を拭ってやり、火傷しそうなほど熱い額に洗い直した手拭いを乗せてやる。
 傷の痛みで悪夢を見ているのか、璃久は意味を成さない唸り声を時折漏らしながら苦しそうに首を左右に振る。見ていられなくて起こした方がいっそ楽かと思って迷っているうちに璃久は目を覚ましてしまった。
 傍に椅子を置いて座るルークを朧気な目で見上げる璃久は焦点が合っていない。熱で汗ばんだ手を布団から出して、ルークの方に伸ばす。
「俺の……」
 手を握ると、予想外に強い力で握り返される。発熱の熱さと力強さに不覚にもドキリとしてしまい、慌てて小さく頭を振って意識を璃久の言葉に戻す。
「俺の、せい……か?」
「璃久?」
「……瑠夏」
 言葉が止む。
 またすぐに璃久は寝入ってしまった。眉間に皺を寄せて魘されながら、脂汗が額に浮かび始める。
 ルークは心が冷えていくのを感じていた。やはり璃久はまだ瑠夏を忘れられないのだ。もう瑠夏は居ないのに。魂ごと消えてしまった瑠夏はこの世界には当然、璃久の世界にだってもう居ない。
 璃久から瑠夏を奪ったのは紛れもなくルークだ。だけど、瑠夏を求めて懊悩する璃久を前にしても、ルークは瑠夏の魂と肉体の両方を殺した事を悔やめなかった。それだけは、きっと璃久がどんなにルークを詰ろうとも変わらない。寧ろ璃久が瑠夏の死に悩めば悩むほど、ルークはあの時瑠夏の肉体を死なせてきて良かったとより強く思う事になる。
「ごめんね、璃久」
 生理的な涙を流す璃久の眦に唇を寄せる。
 苦しむ璃久を看病出来るのも、瑠夏を思って泣く璃久の涙を拭ってやれるのも、瑠夏には悪いが自分だけなのだ。ルークだけが、目の前の璃久に触れて傍に居てやる事が出来る。
 昏く泥のように重く汚れた独占欲が溢れて止まらない。



 三日分ほどの薬包を受け取ってルークは礼を告げる。
「これは、助かります。僕ではどうしてもこの屋敷から出る事が出来ませんから」
 ルークは人間を誑かすための美貌に、男の征服欲を煽るようなどこか隙のある笑みを浮かべる。ルークに笑いかけられた男、この国の王弟の一人ハック・アポリオンはゴクリと生唾を飲み込んで思わず手をルークに伸べかけたが、頬に触れる寸でで恐れをなしたように引っ込めた。
 ルークは内心、面倒くさいなと思う。
 乱心していると言われるこの国の王は、彼が若かった頃に大司教に唆されてルークを凌辱し、破滅した。元々性的指向が男性に向いていたのだろう、金髪のしなやかで白い肌をした男の体を思うままにした国王は、以後、女を抱けなくなってしまった。王妃は既にその腹に男児を身籠っていたため幸い跡継ぎには困らなかったが、オークス王はルークに似た容姿の少年を孤児の中から見つけ出しては城に連れてこさせているという。
 全て、大司教ターナーが気分を良くしてルークに漏らした王の恥部だ。同時にルークが現状を打破する突破口の一つでもある。
 そして今、密かにルークへと協力しているハックもまたルークが駒にしようとしている愚かな王族の一人だ。
 しかしハックは案外潔癖なのか、誰の目にもルークに劣情を催しているというのに、なかなか触れてこようとしなかった。
「殿下、また一つ頼みたい事があるのです」
「ああ、言ってみたまえ。私の力で及ぶ事なら叶えてあげよう」
 潔癖で、見栄っ張り。だから多少無茶なお願い事をしてもハックは毎度どうにか融通を利かせようとする。だからもっとルークに夢中になって心酔してくれたら楽なのだが、案外身持ちが固かった。
「僕の屋敷を見張っている騎士の当番札、一日だけで良いんです。ずらして貰えませんか?」
 騎士の見張りや警邏の当番表は各々の名を刻んだ木札を一覧表に掛けておき、見る者全員が分かりやすいように掲示されている。その札を一つずらす。つまり特定の時間帯を空きにしてほしいと仄めかしているのだ。
 さしものハックもこれには即答出来なかった。大司教に知られたら何かしらの形で罰を貰うからだ。
 ハックは四十近い国王と一番年の近い王弟だが、まだ二十代で外見年齢はルークとさほど変わらない。辛酸を舐め、ある意味で叩き上げである六十歳を過ぎたターナー大司教が相手ではハックは到底敵わなかった。
「もしかして、僕は無理なお願いをしてしまったのでしょうか?」
 しなを作ってハックの腕を両手でそっと触れる。触られていると分かるかどうかも怪しいくらいの控えめな接触でも、ハックは音がしそうなほど全身を緊張させてから、半分勢い任せで答えた。
「お、お前がどうしてもと言うなら、ま、任せなさい!」



 璃久は中々目を覚まさなかった。戻っきてから丸一日が過ぎており、魘されなくなったがそれでも心配にはかわりない。一度起こして血を飲ませてあげたいところだが、目を覚まさないという事は体が休息を欲しているのだろう。
 璃久の看病はアルブスに代わってルークが続けていた。そもアルブスを従者として屋敷に連れてきたのも、彼に従者の真似事をさせるためではなくせめて一人だけでも地下牢から連れ出したかったからだ。元が付くとは言え吸血鬼の王にも従者が必要だと「大司教に会う時に常に綺麗にしておきたいんです」とでも言えば、当時最も幼い外見だったアルブスが選ばれた。
 璃久の寝間着の前を寛げて、体を上から順に拭いていく。傷の辺りは触れないように慎重に拭って下も同様に隅々まで清拭していると、僅かに膨らみかけた股のものに目が留まった。良い傾向だ。体調が優れない時はそもそも反応しない。健康になりつつある証拠なので特別気にせず太腿を拭っていると、不意に上から手が伸びてきて素早く手首を掴まれびっくりする。
「ご、ごめん、起こしたかな」
「お前、何して……そんな事……いや……」
 目が覚めたら他人に体を拭かれていたら、驚くものかも知れない。世話をされ慣れていないと普通はこうなのだろう。ルークは度々『悪魔の印』を使われて目が覚めるとアルブスに介抱されていたという経験がある。
「看病、してくれてたのか?」
「そうなるかな。迷惑だった?」
「いや……」
 ぼそっと消え入るような小さな声で「ありがとう」と聞こえてくる。ふわりと胸が温かくなる。
「目が覚めたなら丁度良かったよ。傷の回復のためにも血を飲んだ方が良い」
 璃久は途端に嫌そうな顔になる。まだ吸血鬼の習慣に慣れないのだろう。ルークのした事とはいえ、今更謝罪をしても璃久の怒りを煽ってしまう事が分かっていたので、特別彼を気遣う言葉は掛けないでおく。
 さすがに目を覚ました状態でこれ以上介護されるのは嫌だろうと思い、手拭いと盥を下げようとすると璃久が半身を起こした。
「ナイフを譲った」
「……君に持たせたやつの事?」
「ああ」
 動揺し、盥を持ったルークの手が震えて、盥の縁に掛けた手拭いが落ちて水を跳ねさせた。
「医者が腹を縫ってくれたけど持ち合わせが無かったから。……大事な物だったか?」
 あのナイフは父の形見だった。
「そんな事ないよ。柄の宝石とかちゃんと目利きの出来る人が見ればお金に替えて――」
「ルーク。俺言ったよな、嘘吐くなって」
 微熱のある目はまだ少し腫れぼったく見えるが、はっとするような意思の籠もった視線だった。
「……あれは、この屋敷と一緒で父が遺した物だよ」
 璃久は顔色を変えてベッドから降りようとする。
 慌てて盥を横の机に置き、璃久の肩を押してベッドに戻す。
「取り戻してくる。向こうも押し付けられて困ってたし多分頭を下げれば」
「璃久! いいよ! 無理に動かないで」
「でも」
「璃久の命に代えられるものなんてあるはずないでしょ」
 互いに譲らないので押し問答になったが、やはりまだ体調が万全ではない璃久が力負けしてベッドに戻される。
 ナイフ一本で璃久の命が助かるなら安いというものだ。
 今度こそベッドを離れようとしたが、璃久の手がルークの手首を掴んでいた。
「……飲む」
「血を?」
「うん。その方が、早く治るんだろ?」
「もしかして、治してからナイフを返してもらいに行こうと思ってる?」
「そうじゃないけど、ずっとお前に世話させる訳にもいかないし」
 俯いた璃久とは視線が合わず、言い訳めいた口調にも聞こえるが、何はともあれ食事をしてくれる気になるのは良い事だ。
「噛めばいいのか?」
「アルブスにナイフを借りてくるよ。傷の治りは噛んでもらった方が早いんだけど」
 怪我人の璃久に噛まれて興奮するのはさすがにいたたまれないのでアルブスの部屋に行こうとするが、尚も璃久はルークの手を離さない。
「……噛ませろ」
「えっ……と」
 決して嫌ではない。そう、璃久に噛まれる事は嫌ではないのだ。
「……いい、けど」



 人間にはない鋭い牙がルークの白い腕に当てられる。柔らかいので噛みやすく、服の下に隠れるので肘下の内側をと指定すると璃久はルークの腕を両手で掴んで袖を捲りあげた。
 歯の硬い感触が触れると耳の奥で聞こえる心音が次第に速くなっていく。
 皮膚を歯が破く痛みは一瞬で、すぐにぞわぞわと腰の辺りから生まれた快感が速い鼓動に乗せられ全身に巡っていく。
 ぢゅ、と璃久が傷口をきつく吸うと声が出そうになって慌てて口を押さえた。
 こうなるからナイフで傷を付けようと提案したし、こうなるから璃久の噛みたいという希望を受け入れた。
 期待してしまっている、と自分の欲望の存在に気付いてルークは目を閉じて顔を背ける。自分の腕に吸い付く璃久の姿は興奮する材料でしかない。
 ルークはふぅ、と熱い吐息を吐き出す。璃久も吸血された相手がどうなるかを理解しているので、これくらいの事は許してくれるだろう。
 股の間に集まってくる熱に腿を擦り合わせていると、一度腕から顔を上げて璃久が訊ねてくる。
「それ、どうするんだ?」
「後で自分でするから、気にしないで」
「俺も、さっきから勃ってる」
「それは朝勃ちみたいなもので」
「何か、お前みたいな綺麗な顔からそういう言葉が出てくると、余計卑猥に聞こえる」
「何言っ」
 璃久は腕を離すと、擦り合わせていたルークの腿に片手を掛けた。力は入っていないが、開けと言われている気がする。
「こっち」
 閉じていた足から力を抜こうとすると、璃久は太腿に置いていた手を手前に滑らせ膝を引っ掛けた。ベッドに上がってこいという意味だ。
「……何か」
 昔の璃久みたいだと言い掛けてやめた。向こうの世界に居た時の璃久は今よりずっと無口で言葉足らずで、単語で会話をするようなところがあった。だから璃久の端的で率直な言葉の意味や意図を考えるようにしていた事を思い出した。
「何か、何?」
「ううん。何でもない」
 はぐらかすと璃久は微かに眉をひそめたが、追求されるような事はなかった。それよりも早くベッドに乗れというように手を引かれて、璃久のされるがままになっていると彼の腿を跨ぐ形で座らされる。
 これは。
「ズボン下ろせ。下着も。一緒に抜いてやる」
「……い」
「嫌か?」
 嘘を吐くなと言った璃久の声が頭の中で再生される。ルークは首を横に振った。
 散々体を使って大司教やその周りの人間たちを誑かしてきたというのに、相手が璃久に変わっただけで何がこんなに恥ずかしいのか。たどたどしい手付きで前立てのボタンを外そうとすると、「わざと?」と意地の悪い言い方をされて頬に火がついたみたいに熱くなる。余計に恥ずかしくなって急いでボタンを外して下着ごとズボンを下ろすと、ぷるんと陰茎が下着から飛び出してきた。
 ――僕、すごく興奮してる。
「腹、痛ぇから、俺の方に腰突き出して」
「無理する事ないのに」
 つい口から出るに任せて文句を言うと下から睨むようにされる。怒っているというより、もう諦めろと窘めるような目付きだ。
 膝立ちで璃久の方に近付いて、半勃ちの彼自身に合わせるように腰を落とすと大きな手に纏めて握りこまれる。
 璃久は今下着を何も身に着けていない。ワンピース型の寝衣から男の育った一物が覗く様は妙にいやらしく、見え隠れする璃久の下生えに視線が集中してしまう。
「腰ちゃんと下ろせ。体重掛けていいから」
「でも璃久、怪我っ、してるし」
「これくらいで気遣うな」
 言う通りにすると更に先端までが合わせられて全体を強めに扱かれると腰が痙攣した。璃久もかすかに息が乱れていて、触れ合った肌には熱感が伝わってくる。
 璃久に触られていると思うだけで頭の奥が熱くなって何も考えられなくなる。
「こんな風に一緒にした事は、無かったな。お互いの別々には、あった、けど」
 何と答えていいか分からなかった。あんなに瑠夏との思い出をルークが話すのを嫌がったのに、今は懐かしそうな声でルークに昔を語るのだ。
 どう答えたら彼の機嫌を損ねないかが分からなくて、ルークは黙っていた。意識が下腹部に集中していたのもある。暫く正面から璃久の視線を感じていたが、ルークが黙ったままでいるとすぐに諦めたようだった。
 璃久の手の動きが早くなって、声が出そうになって口元を手で覆う。すると更に璃久の手淫が激しくなって「んんっ」と甘い声が鼻に抜けていってしまう。
 たまらず璃久の手の上に吐き出して、そのすぐ後に璃久も吐精した。
 手拭いの浸かった盥に手を伸ばし、何とか水を絞って互いの体を清める。これまでの璃久なら手拭いをひったくってでも自分でやりそうだが、今は大人しくルークに任せてくれる。こんなちょっとした事が、嬉しい。
「もう、血が止まってる……」
 体を拭うルークの手付きを見ていた璃久が不気味そうに腕の噛み痕を見下ろした。
「明日にはもうほとんど塞がってると思うよ」
「凄いと言えばいいのか怖がればいいのか……」
「人間より丈夫なのは、便利な事の方が多いんじゃない?」
 大司教に対して体を武器に使えるのも、ルークの体が人に比べて傷が治りやすいからではないだろうか。痛みが長く続かなければその分精神に残る疲労も少なくて済む。
「おかげで俺も死ななかったのかもな」
 ベッドに横になり璃久が腹の傷に手を当てるのを見て、ハックから貰った物を思い出した。お互いの着衣を直した後ですぐに傷のガーゼを変えてやり、水と一緒に痛み止めの薬包を渡す。
「璃久は、どうして元の世界で……」
「死んだのかって? きっかけは棚橋だよ。あいつに俺の過去を上司にバラされて、上司から軽蔑されて、飛び降りた。でもそれはきっかけってだけで、もう多分ずっと限界ぎりぎりのところで踏ん張ってたんだ」
 ――やっぱり、璃久は自分で……。
 病、事故、事件。璃久の死んだ原因を色々考えたが、こちらへ来た時の落ち窪んだ目や痩けた頬、濃い疲弊の雰囲気をまとわりつかせた彼は、『瑠夏』と同じ方法を選んでしまったのだと思うのが一番しっくりくる想像だった。
「七年間、何があったの?」
 ルークがそれを訊いた途端に鋭く睨まれてしまう。
「お前は? 何で死んだ?」
「『瑠夏』の魂が、もう消えてしまっていたから、だよ」
「まだ何か隠してる」
 見透かしてこようとする璃久の視線を躱すためにルークは彼に背中を向ける。
「いつか、きっと話すよ。だから今は隠す事を許して」
「いつか、な。お前はそう言って消えた」
 くそ、というままならなさをぶつける声が後ろでする。それでも璃久はそれ以上食い下がろうとはしなかった。ベッドの上で仰向けになり、瞼を閉じている。
「……今は休んで。次に目が覚める時には、今より回復してるはずだから」
 そのまま瑠夏への執着もルークの疑心も消えてしまえばいいのにと祈り、璃久に布団を掛ける。
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