瑠璃色の吸血鬼は異世界で死を誓う

沖弉 えぬ

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6延命の儀式

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 璃久が閉じ込められていた部屋は屋敷の二階にあった。璃久を肩に留まらせたルークは階段を降りて一階へ行くと、アルブスを呼んで階段の下にある大きな鉄板を二人で持ち上げる。何が出てくるかと思えば地下へ続く階段だった。
「吸血鬼は太陽に焼かれると火傷になってしまうんだ。生憎、死ねないからかえって辛い」
「オーソドックス、です」
 ルークがよく使う言葉を聞いて覚えたらしいアルブスがルークの言葉を引き取って神妙に言う。階段の先は石でしっかりと固めたられた地下道になっており、日中でもこの道を通ってある程度移動が可能になっているという事だろう。屋敷とこの先に続くどこかを吸血鬼が出入りしているという事実を隠す事も出来る。
 並んで歩く二人の姿を見るくらいしかする事のない璃久は、真っ白な髪をした少年アルブスに目を向ける。
 ルークは自分を吸血鬼の王だったと言った。だとすればアルブスは彼の召使いのようなものだろうか。その割にはルークと変わらないくらい上等な服を着せられている。下衣は半ズボンであるトラウザーを、上衣は肌触りの良いシャツにクラヴァットを巻き、コートはやはりベルベットと服の知識に乏しい璃久でも品質が良く仕立ても良い物だと分かった。
「この子は身分の高い家の子だった。ずっと昔はね」
 まるで璃久の思考を読んだかのようにルークが話す。そんなにアルブスを見つめてしまっていたろうか。
「ずっと昔って何だよ」
「僕ら吸血鬼は若いうちにとある仕掛けを施される。そしたら歳を取らなくなるんだ。だからアルブスはもう十代じゃないんだよ」
「もう何言われても驚かなくなってきたな……」
 アルブスはどこからどう見ても少年そのものだが、ルークが言うならそうなのだろう。
「子供のままでいるメリットなんてあるか?」
「若くて綺麗な方が都合が良いのさ。時に、アルブスのような幼い子でないと駄目だって嗜好の人間も居る」
 淡々と説明するルークだったがその横顔には隠し切れない嫌悪が滲んでいた。
 その表情が璃久の想像を駆り立てていく。以前、ルークが男に尻をぶたれていた事と繋がっていく。
 そうすると、まさかと思うような考えが浮かんだ。
 まさかアルブスが人間姿の璃久を見て怯えていたのは、そういう事なのだろうか。大人の男に、こんな少年がいたぶられている世界なのか、ここは。しかもルークの口ぶりではそれが一人や二人ではないようなのだ。
 恐ろしい妄想が駆け巡る璃久をよそに、二人の足は地下道をしっかりとした足取りで進んでいく。
 地下を行く時、二人は特に灯りになるような物を持って行かなかった。それでも淀みなく足は進んでおり、また璃久の目にも二人の服の色が分かるほど姿がはっきりと見えていた。思えば屋敷に居る間もシャンデリアに火が灯っているところを見た事がなく、便利なようでやはり自分もルークたちも人間ではないのだとまざまざと思わされる。その度に璃久はもう本物の人間に戻る事は出来ないのかと不安になった。
 やがて地下道の先に再び階段が現れる。やはり光などどこにもないが躓いたりする事なく無事階段を登りきって木の板をルークが押し上げた。
「厨房か……?」
 具体的に何の、とは言えないが慣れ親しんだ匂いが鼻をつく。実家のキッチンや家庭科室と似た匂いだ。
「そう、ここは教会の厨房」
「教会の?」
 まるで吸血鬼の対義語のような場所にどんな用事があって来たのだろうか。璃久の気のせいでなければ、食べ物の匂いがし始めた頃からアルブスの様子がおかしくなっていた。しきりに瞬きを繰り返して、喉が渇くのか何度も唾を飲み込むように小さな喉ぼとけを上下させている。
 厨房を抜けて食堂を通り過ぎ、更には礼拝堂のような縦に長くなった部屋も過ぎて、やや古ぼけた木戸の取っ手をルークが掴んでアルブスに確認を取る。
「いいかい、アル」
「はい……」
 緊張した面持ちのアルブスの頬は奇妙な事に紅潮していた。熱を出している時のように目は胡乱で口で浅く呼吸を繰り返している。その幼く丸い顎にだらしなく涎が垂れてきたのを見て漸く璃久にもアルブスの身に起きている事を理解する。これは飢餓の反応だ。璃久の体にも既に二度起きている。やはりアルブスも吸血鬼なのだ。そして吸血鬼である彼が飢餓によって興奮しているという事はつまりこの木戸の先に、吸血鬼の餌になるものがあるという事。
「遅かったな」
 その声が聞こえた瞬間、ルークが身を固くしたのが分かった。
「申し訳御座いませんターナー大司教様」
 仮にも王だったという美貌の吸血鬼が、本来なら人を誑かしその血を吸う恐ろしい存在が、あろう事か聖職者の前に恭しく跪く。自分の興奮を抑え込むようにしてアルブスもルークに倣って片膝を突いた。
 その男の顔を見た時、璃久は自分の心臓が止まったと錯覚した。
 ――棚橋……!!
 すぐに心臓が忘れていた鼓動を再開させて全身に血液を送り出していく。
 この男は瑠夏にしつこく嫌がらせをし続けて、更には璃久の人生をどん底に突き落とした元同級生の顔にそっくりだった。ニキビが治り切らずボコボコした肌に大きな鼻の顔は忘れもしない。しかし大司教は璃久の世界に居た棚橋よりもずっと年上で四十くらい歳を取らせた初老の男性だ。どれだけ似ていても別人なのだ。
 ここは異世界。璃久の居た世界ではない。それが奇しくも同じ顔をした別人によって証明されていく。瑠夏とよく似たルークもやはり、別人だと認めざるを得ないのだろう。だけど「本当に別人だったのか?」という疑問をどうしても無視する事が出来ずにいる。ルークは璃久が瑠夏と過ごしていた日々を知っているのだ。
「さぁ、早く始めなさい。信徒の方がお待ちです」
 信徒、という言葉が聞こえて初めて璃久は大司教が座っている奥に人の気配がある事に気付く。アルブスが大司教の言葉に過剰に反応した事で分かる。それが餌だ。
 礼拝堂の横に造られた部屋は恐らく告解室と呼ばれる場所で、格子状の板と扉が嵌った仕切り板のようなものが部屋を二つに区切っている。本来なら聖職者が仕切り板の向こうにいて、今大司教が座っている椅子に懺悔に来た信徒が座るのだろう。
 この部屋の目的を想像し、暗い夜にたった一本の蝋燭で照らされた空間を不気味な心地で見渡す。
 ルークが強張ってしまっているアルブスの背を軽く叩くと、弾かれたようにすっくと立ちあがり、アルブスが告解室の奥に一人で消えていく。
「ほう。漸くあの子にもさせる気になったか。なぁ、ルーク」
 大司教はアルブスの前に居た時と明らかに声の質が変わっていた。妙に馴れ馴れしい声とねばついた視線でルークを撫で回し、太っているせいで歳の割に皺の無い手がルークに伸びる。
 気持ち悪い。
「なっ、何だ!?」
 大司教の目には真っ黒な姿をした蝙蝠の璃久が見えていなかったらしく、ルークの肩から飛び上がって禿げかけたほわほわの頭の毛を丈夫な鉤爪に引っかけると、大司教は慌てふためき両腕を頭の上で振り回す。そのうちバランスを崩すと椅子ごと横倒しになり、太り過ぎた体が床に叩きつけられて騒音が響いた。
「……ルーク様?」
 アルブスの不安そうな声が仕切り板の向こうから聞こえると、少し可笑しげな気配を孕んだルークの声が「何でもないよ」と答えた。
「ええいくそ! 害獣めが!」
 大司教の暴言に今度は信徒らしき男の困惑したような声が聞こえてきて、大司教はわざとらしく咳払いをして「あなたを連れに来た悪魔を退治たのです」と平然と嘘を吐いた。
 棚橋と大司教は同じ顔の別人だが、この顔をした男がくだらない人間だという事はどちらの世界でも共通らしい。そして、棚橋の嫌がらせがそうだったように、大司教の暴挙をやめさせる事が出来ないのもまた同じのようだ。
 アルブスの興奮した息遣いと共に信徒の呻く声がする。仕切り板の向こうで行われているのは吸血鬼による食事行為だ。吸血鬼の唾液に興奮作用があるというのが本当なら、性的欲求を刺激された信徒にアルブスが襲われてしまうのではないかと心配していると、静観していたルークの表情が俄かに曇り始めて突然仕切り板の戸を開けた。その瞬間、血の匂いが板の向こうからむわりと漏れ出してくる。
 ルークは自身も血の匂いに酔った辛そうな表情でアルブスの細い腕を引く。
「アルブス、やめなさい。もう終わりだよ」
 ふーっと獣のような呼吸の音が聞こえ、顎からだくだくと血を垂れ流し、瞳孔が開き興奮状態のアルブスがルークによって連れ戻された。
 すかさずアルブスと入れ違いで大司教が板を越えていく。
「おお、成功です!」
「ほ、本当ですか大司教様」
 この向こうがどうなっているのか気になった璃久はそっと飛んで仕切り板の端を掴んで中を覗く。
 そこには、首元から血を溢れさせてうっそりと微笑む目の落ち窪んだ男がベッドに横たわっていた。璃久はその男の生気の無さにゾッとする。性的に興奮するなんてとんでもなかった。痩せこけて、骨と皮ばかりの様子は明らかに病を得た末期の患者だというのに、男は吸血鬼に首を噛まれて大司教に向かって笑っているのだ。
 その光景はこの世界の知識に乏しい璃久の目にも歪に映った。
「あなたも白き姿の天の御使いを見た事でしょう」
「ええ、ええ、見ましたとも。白い御髪の少年がそうだったのですね?」
「その通りです。これぞ神の成せる奇跡の御業。あなたの厚い信仰心を神が聞き届けてくれたのですよ」
 いけしゃあしゃあと言って大司教は大仰に祈りのポーズを取る。信徒は動かすのもやっとの細い腕で大司教に倣って祈った。
「では、私は……」
 胡散臭い笑みを顔に張りつけて大司教は緩慢に大きく頷いてみせる。
「そうです。これより一年、あなたは命を長らえる事が出来るでしょう」
 ――命を長らえる?
 その上一年という期限はどういう意味だろうか。そもそもこれは神の奇跡などではない。
「ああ……ありがとうごさいます! ありがとうございます……!」
「さぁもう一度神に感謝を捧げましょう」
 つらつらと決り文句を並べる舌は蝋でも塗っているかのようによく回った。
 宗教や信仰の事に璃久はとやかく言うつもりはないが、起こってもいない奇跡を利用し信徒の信用を得るのは真っ当な聖職者のやる事ではない。
 涙を流して喜ぶ信徒を気の毒に思いながらルークを振り返る。血の匂いにルークも興奮しかかっており、ここに長居するのはまずいように見えた。
「――さて、ルーク。あなたは後で私の部屋へ来なさい」
 信徒に対する姿から一転して、支配者の顔付きに変わった大司教が命令するとルークは粛々と頷いた。大司教が指に嵌めた赤い宝石がついた指輪を撫でると、ルークは更に目を伏せた。
「はい、大司教様」
 大司教の言う通りにすればきっと良くない事が起こるのだと、誰でも分かる気配が両者の間に漂っている。まだ興奮が収まりきっていないアルブスもそれを察しており、血の混じった涎を垂らしながらも主人を心配してルークを見上げた。アルブスの頭を撫でたルークは大司教に一礼して、ちらと視線を璃久に寄越すとアルブスを連れて告解室を後にする。
 璃久もまたルークたちを追って部屋を出たが最後にもう一度だけ憎い顔の男を振り返って見た。棚橋によく似た顔の大司教は顔に邪悪と呼ぶに相応しい歪な笑みを浮かべ、恍惚としてルークの背中を見ていた。



「何であんな事に従ってる?」
 地下道を急ぎ足で戻っていくルークに問う。
 教会の告解室で行われたのは吸血鬼にとっての食事であると同時に眷属を増やす吸血行動でもあった。あの今にも心臓が動きを止めそうなほど死臭を漂わせていた信徒は、今後アルブスの眷属となって吸血鬼として生きる事になる。
「僕ら吸血鬼にはとある仕掛けが施されると話したよね。一定の年齢に達すると『悪魔の印』という物が肌のどこかに刻まれるんだ。それを使われると僕らは大司教に逆らえないし、さっきの教会と大聖堂の地下牢に同胞を人質として囚えられているから慎重にならざるを得ないんだ」
「こっちでも下衆なのは一緒かよ」
 こっちでも、という璃久の発言の意味を察して「そうだね」と辟易とした顔でルークは同意する。
 行きよりも早く地下道の終わりが見えてさっさと階段を登りきってしまうとそこでとうとうアルブスが力尽きた。
「アル、アルブス。僕の腕を噛んで」
「そ、そんな、いけませんルーク様」
「我慢をさせ過ぎた僕の失態だよ。だから気にしないで」
 中途半端に血を吸ったのがまずかったのかアルブスは飢餓の興奮が収まらず、頭を抱えて蹲ってしまう。
「アルブスはどうしたんだ?」
「この子はさっきのが三年ぶりの食事だったんだよ。飢えを誤魔化して今日まできたけど、もう限界だった。そこにほんの少しの血を吸わされて、感覚が狂ってしまったんだろうね。吸血衝動の制御が出来なくなっているんだ」
「……お前も、経験があるのか?」
「あるよ。あの大司教に囚われた吸血鬼ならみんな、数年単位で吸血を我慢させられた経験があるはずさ」
「何で、そんな事になってる?」
「この世界の吸血鬼は人間に、いや大司教に飼われているんだ」
「飼われて、だって?」
 ルークの目に強い憎しみが宿る。その黒い光はこの世界に来て初めてルークから感じる、分かりやすい感情だった。ルークはとても強く、あの大司教を憎んでいる。きっと殺したいほどに。
「大司教は捕らえた吸血鬼の食事を管理し限界まで飢えさせた後で、契約を持ち掛ける」
 そこで漸くピンとくるものがあって璃久はその言葉を呟く。
「悪魔の印」
 ルークが認めるように頷いた。
「『悪魔の印』を刻まれたら、徹底して大司教には逆らえない事を心と体に教え込まれる。そして吸血鬼という家畜、もしくは奴隷の完成さ」
 想像を遥かに超えた残酷な吸血鬼を取り巻く環境を知り、璃久は何も言えずに黙り込んでしまう。
 やはり璃久が考えた事は合っていたのだろう。アルブスが璃久を恐れたのは大人の姿が怖かったのだ。つまりそれは大司教は自分以外の人間も使って吸血鬼に恐怖を植え付けさせている事を示していた。
 アルブスが耐えかねて床に手を突く音で璃久の思考は中断される。彼らの苦境を知らされた今、璃久の中にアルブスへ同情する心が芽生えている。
「アル、ほら我慢しないで僕を噛みなさい」
 アルブスは仕えるべき相手の事はどうしても傷付けたくないのか頑なに頭を振ってルークの提案を受け入れようとしない。いじらしい事だが、だらだらと涎を垂らして必死に空腹を耐える子供の姿なんてとても見ていて気持ちの良いものではない。
「だったら俺を噛んでおくか?」
 気付くと、そんな事を口走っていた。いつの間にかルークは制限を解いていたようで、璃久の体が自分の意思で人の姿に戻る。
「だ、駄目です! あなた様は――」
 す、と伸びてきた白い腕がアルブスの口元を塞ぐ。
「アルブス、彼に甘えてしまいなさい。でなければ僕は指をナイフで切ってお前の口に無理矢理突っ込むよ」
 主人に脅されて、興奮しているのに青褪めるという芸当をやってのけたアルブスは渋々頷いた。
「本当に、よ、良いのですか?」
「ああ……籠、片付けてくれたしな」
「あ、ありがとうございます、リック様!」
「リック?」
「君のこちらでの名前さ。必要があればリックと名乗って。璃久という名はこの世界では、というよりこの国ではあまり馴染みがないから」
 リックと呼ばれるのに違和感はあったが、名前くらい別にいいかと思う。だが少し前の璃久ならそれすらも許さなかったろう。
 大司教のおぞましい一幕を見せられた今、璃久の中でルークという男が多少なりともまともな存在に見えるようになってしまっていた。比較対象があれでは誰だってまともに見えるだろうが、少なくとも閉じ込められた事以外に危害は加えられていない。もしかすると、鳥籠に閉じ込めていたのも今となっては璃久のためだったかも知れない可能性が頭に浮かんでいた。
 もしも璃久が本当に吸血鬼になってしまったというのなら。いつか大司教の手の者に捕らわれ、璃久もルークの語ったような目に遭わされただろう。ルークは、この世界を何も知らない璃久が混乱して逃げ出さないよう鳥籠に捕まえて守っていたのかも知れなかった。
 璃久はこの男のせいで七年も苦しみ果ては死を選んだのに、璃久の心は瑠夏を憎む気持ちばかりではなくなっていた。
『再会はお爺さんになってからかと思ってたけど』
 ルークと出会った日に言われた一言には無性に腹が立ったが、彼の中で璃久は寿命を全うしてからこの世界を訪れる事になっていた。そこには皮肉などなく、璃久はごく普通の人生を歩むのだろうという普通の想像をしていただけだ。
 ルークは、いや瑠夏は、璃久を恨んでいる訳ではなかったのだろうか。しかしそんな事を考えていると、どこからか「お前のせいで」という声が聞こえる気がして璃久の思考を邪魔してくる。
「あの、リック様」
「ああ……ごめん考え事してた。アルブス、出来ればあんまり痛くない所を噛んでくれ」
「はい、善処します」
 アルブスがとても真面目な顔をして言うと、ルークが思わず声を立てて笑った。この訳の分からない状況になって初めて、穏やかな空気が流れて不覚にもほっとしてしまっている自分に気付く。バツが悪くなってアルブスの手を引っ掴んで浴室かトイレにでも案内しろと言って進ませる。
「また後で、璃久」
 ルークはコートを翻し、別れを告げて屋敷の奥へ消えていった。どこに行くのかとアルブスに訊ねると幼い顔に嫌悪を滲ませて「大司教の所へ」と答える。今頃屋敷の玄関先に馬車が来ていて、ルークはそれに乗って王城に連れられるのだそうだ。
「城? 何で大司教に会うのに城に行くんだよ?」
 浴室までやってくるとアルブスはコートを脱いだ璃久のシャツの袖を手際よくくるくる捲りあげていく。
「大司教は今やこの国の王に匹敵する権力を得ているんです。だからルーク様はお城に行かれます」
「何をしに?」
「それは……」
 目を背けられる。その横顔はこれ以上訊いてくれるなと言っていた。璃久の頭を過るのは、この世界に来て最初に見た白い双丘を叩かれ艶めいた声で鳴くルークの姿。
 苦い感情が胸に広がっていく。
「あの、噛んでもいいですか?」
 アルブスは目を爛々と輝かせて璃久に訊ねる。そう期待されると少し怖気づきそうになるが、怯えられるよりはいい。
 頷くと、アルブスは璃久の肘の下の比較的柔らかい皮膚にそっと歯を立てる。まるで注射のような細やかな痛みの後で、すぐにそれはやってきた。性的欲求を高める、吸血の興奮作用だ。
 捕食者である吸血鬼は飢餓と血に興奮し、被食者は性的に興奮する。まさに元居た世界で恐れられた怪物に相応しい不気味な作用だ。オーソドックスという言葉が思わず頭に浮かんできた。彼らに毒されてきている。
 腰のところに熱が急速に集まってくるのを感じて、血を洗うために張っておいたバスタブの水に手首から先を浸ける。ひやりとした水の冷たさで多少は冷静になれるが長くは続かない。
 しばらくしてアルブスが腕から顔を上げる。ルークに負けず劣らず綺麗な顔をした美少年の口元に血が滴る様は、背徳的で美しい。耽美にも見える艶めかしい姿は、人間を誘惑して血を吸わせるための彼らの武器だ。
「ありがとうございました。リック様の血は美味でした」
「そ、そうか……」
 アルブスとしては褒めたつもりなのだろうが肉体が吸血鬼になったところで感性は人間のままなので血の味を褒められても複雑でしかない。
 しかし空腹が癒えてにこにこと上機嫌な様子を見ていると悪い気はせず、頭を撫でてやる。それからいかんともし難いものを処理すべく「悪いが出てってくれ」と頼むと、察しの良いアルブスは顔を赤らめてブンブンと首を縦に振って浴室を出ていった。
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