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臍②

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 電車を降りた後は行き先を間違えないようバスに飛び乗り二時間かけて辿り着いた二九宝高校。電車の中で高校について調べていたがこれといった特色のない普通の公立高校だ。魔法科も無いので少子化の波に乗っかって毎年定員割れしている。
 ただし偏差値がどの学科も五十後半と少々高めなのが引っ掛かった。ネットの情報だ。正しくない可能性もある。あのぼーっとしたようなウジを思い出すとあの頭の中身に高い学力が詰まっていたとはどうしても思えない。
 立派な学校銘板の掲げられた正門を抜けてホームページにあった案内図を参考に東校舎の二階を目指そうとした、が、一階の事務員室で呼び止められた。

「あのーすみません。生徒のお兄さんとかですか?」

 敬語のなっていない若い男の事務員を京介が見下ろすと、事務員はそれだけで「ひえっ」と情けない声をあげて後退る。

「先輩。通報されたいんすか。ちょっと代わって」

 屋洲は京介に服を貸すよう言って無難なポロシャツとスラックスに着替えていた。服のサイズが合わないので足元はだぶつき、腹回りも布が浮いてしまっているが屋洲がお仕事モードの態度を取ると格好の見苦しさが誤魔化される。

「少々お話を聞きに参りました」

 慇懃無礼な様子で屋洲が出したのは警察手帳。まさかそんなほとんど最終兵器のようなカードを早々に切るとは思わなかった京介も事務員と一緒になってぎょっとする。

「捜査の関係で事を大きくしたくありません。どうかご内密に」

 どんな事情があれば私服警官が高校になどやってくるものだろうか。しかし狼狽していた事務員は「はい、はい」と怯えたように言って京介と屋洲を通してしまう。

「職権乱用じゃねぇか」
「自分は先輩と違って今の職に未練が無いんで」
「んだと? 俺だって未練なんか無ぇよ」
「だったら免許返納したらどうっすか?」
「……世の中危ねぇから、自衛だろ自衛」

 話しながら二階に行く間に何人かの生徒とすれ違う。男は学ラン、女はセーラーだった。ウジの学ラン姿を想像しようとしてもあの派手髪が邪魔して上手くイメージ出来ない。しかし何故か紺色のセーラーを纏うウジは脳内であざとく恥じらってみせるので、自分の末期ぶりを思い知る。京介は年下も細すぎる体格も好みじゃなかったはずなのに、まさかこの歳になって性癖を歪められるとは。
 高校なんて何年ぶりだろうか。自分の母校ではないせいか懐かしいという感覚は全く湧いてこない。仮に母校に戻ったとしても、母が亡くなって怒涛のように過ぎていった日々にさほど思い入れはなく思い出したい記憶ではなかった。
 スライド式のドアに手をかける。屋洲に失職の覚悟を訊ねて頷くのを見てからドアを引いた。

「京介?」

 一ヶ月間、毎日聞いた声がして、京介の視線が斜め下を向く。
 静かに滑った白いドアの向こう、見慣れたよれよれのTシャツと金とピンクの派手な長髪が目を丸くして京介を見上げていた。

「ウ、ジ……」

 黒く透き通った目に視線が吸い込まれる。ウジだ、と思った。
 見える範囲に傷のようなものは見当たらない。力が抜けていく。

「先輩。ずらかりますよ」

 屋洲に言われてぼんやり見えていただけの職員室の風景をはっきり視界に捉えて慄く。疑いと怪訝の眼差しが一斉に京介に向けられており嫌な感じだ。
 ウジが振り返り丁寧に職員室の教師たちに向かってお辞儀をしてドアを閉めた。教師たちの視線が白いスライドドアで断ち切られると、ほっと緊張が抜けていった。

「どうしたの?」

 そうあけすけに訊ねられると返答に困ってしまう。命を落とす覚悟で魔獣の巣穴にでも飛び込んだつもりだったので、自分の思い上がりに気まずくなる。

「……迎えに?」
「よく分かったね」
「まぁ、何となくな」

 ウジが出ていってから三日が経っていた。家には帰ったのかと訊ねるとさすがに頷いた。その割に服が変わっていない事は気掛かりだが、それよりも脇に抱えている冊子に目が留まる。

「お前本当に魔法士に興味が、あるんだな」
「これ? そう」

『魔法基礎入門書』と書かれた薄い冊子はどこの本屋にも売っている精々千円程度の安く実用性の低い参考書だ。ウジが持っているそれには、初めて知るウジの本名が書いてあった。これを学校に忘れていたので取りに来たといったところか。

「あの、この間の、おまわりさんだよね? 屋洲さん」

 何で屋洲はさん付けなんだよ。

「あ、自分っすか? そうっすよ屋洲っす。一回しか会ってないし格好も違うのによく分かったっすね」
「覚えるのは得意」
「そうなんすねー。若い脳みそ羨ましいっすわー」

 来た時と同じ階段を使って一階に降りて、左手に事務室を見ながら玄関へ到着。何となく一緒になってそのまま外に行こうとしているが、今後ウジはどうするつもりなのか。このまま家に戻るのか煙草屋に来るのか。

「ウジ」
「んー?」
「ミッ」
「ミッ?」
「いや今のは俺じゃ」
「ミ見つケた。お、オデの、ウジィィ」

 何かが蠢いた。黒くて細いウネウネした、何か。禿頭の男の頭頂部でまるで生きているかのように細長い腸のようなものがうねって、京介の手が伸びるよりも先にウジの首に巻き付いていた。

「ウジッ!!」
「うぐっ……!?」

 太さも長さも数も自在で肉感のあるそれは、触手。そうだあれは〈触手型魔獣〉に違いない。だがその触手型は人の男にまるで寄生しているかのように禿頭から生えていた。

「ウジ!」
「きょ、すけ……っ」

 京介が伸ばした手に向かってウジも同じく手を伸ばず。後少しで届くという時、真っ黒な触手がウジの喉を締め上げその反動で跳ね上がったウジの手が京介の指を弾いた。
 次の瞬間、ウジと禿頭と触手は京介の前から消えていた。夏の陽炎のように影も形も声も消えている。

「は?」

 ウジを奪われ血の気が引くのと同時に怒りの導線が焼き切れる音が頭の中でして、視界が揺れた。体がフラつく。
 ふざけんなよ。

「あっ、先輩待って!!」

 事態を即座に把握し通報していた屋洲の叫びも虚しく、彼の目の前で京介の姿までが消えていた。

「あーもう。頭に血が昇るとすぐこれだ!!」

 一人残された屋洲の怒号に、事務室の窓から恐る恐る野次馬していた職員たちが揃ってびっくりしていた。
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