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胸②

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 京介はウジが帰宅するのを待って、畳に呼ぶ。時刻は昼の十二時ちょうど。〈羽時煙草店〉は臨時休業だ。

「ウジくん。ここにお座り」
「お座り? 犬みたいにする?」
「ちっがぁーう!」

 危うくM字開脚の姿勢で畳に座ろうとするのを止めて、普通に座れと言うと胡座をかいてきょとんと首を傾げた。まぁその格好でも結構きわどいところまで見えてる。

「ウジくん。まずは君の本当の名前を教えてくれるかな?」

 ウジの目がきょろっと動いて、右、左と目玉だけで信号確認してから正面の京介のところに戻ってくる。

「…………ぅじ」
「年齢は?」
「二十歳」
「嘘だね」
「…………にじゅっさいー」

 埒が明かない。

「頼む。お前俺の事が好きなら俺の事を助けると思って――」

 はっとして口を塞ぐ。

「すまん。今のは忘れてくれ。悪かった。仕切り直しだ」

 嫌な汗が背中を落ちていく。心臓が逸る。今のはさすがにまずかった。このところ自分の失態が目立つのでばつが悪くて仕様がない。
 結局上手く説得する言葉が見つからなくてウジの身元を明かすのは諦めた。

「……分かった。名前も歳も言わなくていいから、とにかく一度家に帰れ」

 俯くウジの頭の根本は一センチ近く黒くなっている。なまじ染めた色が金と明るいためにコントラストがはっきりして黒が目立つ。お洒落に気を使うような子ならそろそろ美容室に行きたくてうずうずし始める頃だろう。だがウジの派手髪は本人の洒落っけではないという気がし始めていた。
 一ヶ月。およそ一ヶ月の間同居して、ウジは感情表現が乏しいが、感情の無い子ではないと分かった。目を逸らして唇をきゅっと軽く窄ませるようにしている時は、大抵不満がある時だ。つまり今がそうだ。

「帰りたくない」

 ウジがはっきりと拒否の意思を表現した。数日前に京介が無理矢理犯そうとした時以上に強い拒絶を感じる。

「……まぁ、な。それくらいの年齢ん時ってのは家族が鬱陶しいもんだよな。分かるぜ」

 本当にそうか? と疑問は湧いたが無視をした。そうではなかったとしても、京介に何が出来るというのか。

「うち母子家庭だったんだけどな、俺もお袋がうざくてたまんなかったよ。でも十五年前にさ、お袋が死んじまってから思った。もう少し何かあったろって。俺、もっとお袋に何か出来たろって」

 よくある話だ。『孝行のしたい時分に親はなし』という言葉があるくらい、子より先に親が逝ってしまうのは普遍的な話だ。京介と紫音の姉弟はそれが少し早く訪れたというだけの事。
 自分の話をしたのは情に訴えて言うことを聞かせようという少し狡い考えもあった。だけどそれ以上に、自分に後悔がある分ウジにはそうなって欲しくない思いもあった。
 伝わったのかは分からないが、ウジは不服そうに「分かった」と返した。
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