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胸①

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 ウジが自分の胸の上で作った輪っかにどうにか硬さのあるペニスを差し込んで、前後に腰を揺する。涎をまぶしたウジの手はぬるぬるで気持ちよくない事はないのだが。

「は……は……」
「……」
「は……」
「……」
「……あの、ウジさん。さすがにこれは虚しいわ」
「駄目だった?」

 要はオナホだ。相手は人間だが無言・無表情・ノーリアクションでは温かいだけのやっぱりオナホだ。
 何をどこで見てきたのか唐突にパイズリをしたいとウジが言い出した事がきっかけなのだが、ぺらぺらの平べったいウジの胸のどこに脂肪があるのかという話で、それっぽい雰囲気が出せないかと胸の上に手で輪を作ってもらいそこでピストンしてみたが、ただひたすらに虚無があるだけだった。
 すっかり萎えたペニスをティッシュで拭ってパンツにしまい込む。おしまい? みたいな顔して見上げてくるが勃つもんが勃たなきゃ終いに決まってる。
 心無しかしょげたように眉を下げるウジの頭を撫でて、チリンと風鈴が鳴るのに釣られて顔を上げると、そこにはガラスケースに外側から寄っかかってこちらを見ている男が居た。

「げ、げぇー……」

 嫌な顔をする京介の一方で、警官の制服を着ている男はにこやかに笑顔を浮かべて手を振ってくる。

「お久しぶりです羽時セーンパイ」
屋洲やじま……」

 歳は京介の四つ下で二十九歳。現役の警察官で前職の後輩である。

「いやぁ朝からお盛んですねぇ」
「んなっ!? ちがっ、違うぞ! あれは!!」
「誰?」
「俺は屋洲っす。君は先輩の彼氏?」

 ギクリとしてウジからも屋洲からも目を逸らす。

「違う」

 ウジはあっさり否定した。間違ってないが、ほっとしたような寂しいような。先日の告白めいたあれは、まぁ何というか、一旦保留だ。

「こんな若い子セフレにしてんすか? すみにおけねぇっすね相変わらず」
「やーめろぉ。屋洲お前何しに来たんだよ。制服着てるって事は職務中だろ?」

 これ以上話をややこしくされるとボロが出そうなので、ウジをキッチンの方に追いやって窓の方に膝で寄っていく。ボロって、一体どんなボロという自問する声は無視だ。

「ここんとこ、この辺一帯の〈魔獣〉出現頻度が上がってるでしょ?」
「そーかぁ? まぁそんな気もするなぁ」

 屋洲は器用に片眉を釣り上げる。何か言いたそうな仕草だ。
 トイレのドアの開閉音がうっすら聞こえてくる。先程中途半端にしてしまったせいで自分で処理しに行ったのだろう。他人に奉仕して興奮する性癖は便利なような不便なような。

「調査が入る事になったんで、そのお知らせに回ってるんすよ」
「一軒一軒?」
「一軒一軒」

 それはそれは精が出ます事。一方京介は朝から精液を出そうとして失敗したが。

「魔力探査機が稼働するんで、民間で魔法を使われるとまずいんすよ」
「民間て。使ってる奴が居たら違法じゃねぇか」
「ま、十中八九。でもごく稀に先輩みたいなのも居るっすからねー」

 今度は両方の眉毛が上に上がって額に皺が寄る。海外のホームドラマでよく聞く「Boo」という観客SEのような仕草だ。

「俺ら警察としちゃ探査機稼働中に違法アプリ使ってくれた方が検挙が捗るんですがね。そうなると魔法士連中と戦争が始まっちゃいますし」

 つまり、魔力探査機を魔法士が使っている間に民間人の魔法が探査機にヒットする事によって魔法士の仕事に差し障りが出ると、民間人への周知徹底が足りていなかったという事で警察側が文句を言われる、という事だ。一から十まで全てどちらかの組織で行えば丸く収まるところを、二つの組織で行ってややこしくなっているのだ。法整備が整っていない事の弊害である。京介が現役だった頃にも何度も警察とは揉め事が起きていた。

「先輩は本当に戻らねぇんすか、前の仕事」
「馬鹿! 頼むからあいつの前で俺が元魔法士だったって話はするなよ!」
「もう遅いみたいっすけど」
「え?」

 決して狙った訳ではないと誓って言うが、京介が着てもややオーバーぎみになるビッグシルエットのTシャツ一枚でウジが真後ろに立っていてぎょっとする。太腿の中腹にかかった裾を手で押さえているのは、ウジの場合恥じらいなのか味噌っかすのような常識なのかは分からないがとにかく京介が彼シャツを狙った訳ではない、決して。
 覗くカモシカのような太腿に視線が吸い寄せられ、喉の中を唾が降りていった。誤魔化すように鼻で息を思い切り吸う。

「ウジくん、向こうでいい子にしててねっておじさんと約束したよね?」
「うん、でもシコッてたらトイレットペーパーなくなった」
「シコッてるとか言わないの!!」



 予備が切れていたので金を持たせてトイレットペーパーとついでに細々とした買い物をウジに任せて店から追い出した。一軒一軒戸を叩いて人間回覧板をしているはずの屋洲は暇なのかまだ居座っている。

「あの子何なんすか? お節介で言いますけど、近所から通報されたらさすがに一発っすよ」
「……わぁってるよ」
「そういう態度の時の先輩は分かってても意見を曲げない時っすね」

 嫌だねぇ、付き合いの長い知人というものは。
 身内に言われれば真っ向から反抗するような事でも、家族ではないぶん遠慮が働いて多少聞く耳を持たねばという気がしてしまう。

「あと、魔法に興味持ってるっすよね?」

 無言を返したが、それが答えのようなものだ。

「まさか違法アプリ使わせてんじゃないでしょうね?」
「な訳あるか。あいつはスマホも持ってねぇよ」
「スマホを持ってない?」

 屋洲のぎょろぎょろした目が更にかっ開く。そうしていると目玉がコロリと落っこちてきそうだ。

「まずいっすよ先輩。まずいっす」
「何が」
「スマホ持ってないって事は家に置いてきてるとかどっかで失くしたって事でしょ? しかもあの子家に帰して無いんでしょ!?」

 ガラスケースを乗り越えてきそうな勢いで詰められて、う、と唸って後退る。

「か……帰ってない……みたいだなぁ、なんて」
「まずいっす!」
「な、何が?」

 バンッと屋洲の両手がガラスを叩き、ライターがドミノのように倒れていく。

「捜索願が出てるかも知れないって何で気づかないんすか!!」

 ゆっくりとスローモーションのように京介の顎が落ちていく。
 捜索願、とは?
 捜索願とは行方不明者を探してもらうために身内が警察に出すものである。相手、この場合ウジが未成年だったら、京介に誘拐罪の判定がつく可能性が高い。
 金槌で現実と言う名の釘を打たれ、事のまずさを瞬時に理解した。

「ど、どうしよう屋洲ぁ」
「情けない声出さないで下さいよ。彼を説得するっきゃないっす」
「そ、そうだな。そうするよ、ウン……」

 腕時計で時間を確認した屋洲は「まずいっす」ともはや口癖のように呟いて店を去っていく。一応屋洲の方でそれらしい届けが出されていないか確認して連絡をくれるという。年齢も本名も分からないと正直に話すと屋洲は蔑むような目で京介を見下げていた。憧れの先輩として京介を慕っていたとは思えない、冷酷な目付きだった。
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