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足①
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「ほんやーおっひゃあへや。えへぇへっひんはんはへぇ。ひょうひゃんほホヘはい?」
と言って小指を立てるしわくちゃのじじいがウジを見て脂下がる。
「コレ」で小指立てる意味なんて最近の若者知らねぇだろ。思った通りウジは不思議そうにコテンと首を傾げている。
ガラスケースに頬杖をついていたウジの首根っこを掴んで後ろに下げさせると、京介はガラスケースから『小粋』という煙管用の刻み煙草を三箱出して上に置く。
「あのなぁ正じいさん、ありゃ男だよ男」
「ほげっ!? おっひゃあへや」
それしか言わねぇなじいさん。
「ちんちん付いてるから、近所に妙な事言いふらさないでくれよ?」
「あいよー」
正は合点承知の助と入れ歯を外したふがふが言葉で威勢良く答えて力こぶを作る。
総入れ歯ですっとぼけた老いぼれに見えて、ほんの十年前までは〈魔獣〉と魔法無しで戦ってきた元軍人だ。退役してから食も細りみるみる痩せて、最近は背中が曲がってきたが、京介の祖母を口説き落とすために足繁く煙草屋に通っていた色ボケ爺さんである。
祖母が入院してかはは半月に一度、小粋を三箱。決まってこれだけ買っていく。
代金を受け取り、帰り道でうっかり落とさないように正の着ているポロシャツの胸ポケットに煙草をぎゅうぎゅうに詰めてやっていると、京介の横からウジがのし掛かってくる。
「重い」
「また来てね、正おじいちゃん」
「あん?」
「ほげっ!?」
ウジがうっすらと笑ったかどうだか怪しいくらいの角度で口角を持ち上げて手を振る。たったそれだけの仕草で正は胸を打たれたようになって、しわしわの頬をリンゴの様に染め上げる。
正はご機嫌になって手を振り返しながら帰っていった。
「お前なぁ、あんなジジイまでたらしこむなよ」
「あの人、ちんこは勃たなくても腕は立つでしょ?」
「上手い事言ったつもりかよ。何で腕が立つって思ったんだ?」
「前に京介と正おじいちゃんが話してるの聞いてたから」
「よくじいさんの言葉が分かったな、ってか呼び捨てすんなガキんちょ」
「じゃあウジって呼んで」
「はいはい、ウジウジ、ウジウジ」
「それやだー」
むすっとするウジの頭をわしわしかき混ぜる。限界まで脱色した髪なので触り心地は最悪だ。生え際から僅かに黒い所謂バージン毛なるものが覗き始めている。最初に店に上げた――ウジが勝手に上がったのだが――時は根本まで綺麗に染まっていたので、あの日から地毛約一ミリ分の時間が過ぎた事になる。
あの日はウジの要求通り一晩泊めてやった。翌朝には店を開ける前に「家に帰れ」とさっさと追い出したのだが、ウジには京介の言葉が通じないらしい。昼頃になるといつもの軒先テントの下、背板部分に企業名などを印刷出来るスチールっぽい触り心地のベンチに、金とピンクの派手髪が転がっていた。
煙草を吸いに朝から三度ほど喫煙所に出ていたので、さすがに戻ってこないかとほっと安堵した矢先の事だった。オプションの五ミリに火を付けながら店の正面を回ってビルの隙間に入って唖然とした。ウジはまたしても男を拾ってきて、男の股ぐらに今度は足を掛けていた。ウジはベンチに乗っかりその生白い足先で器用にご奉仕していたのである。幸いだったのは京介の視点からは小太りの男の段々腹に肝心の局部が隠れて粗末な物を見ずに済んだ事。
ウジは正が帰った後、再びガラスケースに頬杖をついて軒下を見上げている。チリー……ンと儚げで可憐な音が鳴った。風鈴だ。店のどこからか見つけてきたらしいそれを喜々として見せてきたウジは飾ってくれと京介にねだった。どうせなら風通しの良いところと考えた時、エアコンをつけていても必ず開ける場所と言えば販売用の窓だった。
「てか、いや、おいウジ。お前一体いつからあのベンチに住み着いてんだよ?」
正が小粋を買いに来たという事は少なくとも二週間前には既にベンチに居た事になるが、正は入れ歯を嫌って大抵ふがふが言っているだけなので、正が退役軍人である情報を入手したのは最近ではないはずだ。
京介は記憶を辿る。たぶん一ヶ月前にはもう派手髪がベンチで客を取るようになっていた気がする。もっと前はどうだ。いつからこの金とピンクの目に悪そうな頭が現れるようになった?
「春だよ。四月一日」
「は、るぅ……?」
そんなはずがない。
毎年送られてくる祖母の古い知り合いがやっているという工務店の名前入りカレンダーを見て、今が八月の頭である事を確かめる。
「客取り始めたのは一ヶ月前くらいから。日付とかは分かんない」
「じゃあそれ以前はあのベンチで何してたんだよ。つーか俺、六月より前にお前見た記憶無ぇぞ……?」
「居たよ。夕方とか夜だけだけど」
「夜……って……」
つまり、あのベンチがベッド代わりだったという事か。六月頃から昼間もベンチに居座り始めたのは恐らく梅雨入りしたからだ。夜に雨露を凌ぐだけでは飽き足らず、雨にも負けず、風にも負けず、白昼堂々と男のナニを咥えこんで客連中を負かしていたという事のようだ。
呆れて物も言えないとはこの事だ。京介はぐったりとなって畳に寝転がる。冷たい空気が逃げるからと言うと、ウジは不満げにしながらも窓を閉めた。
と言って小指を立てるしわくちゃのじじいがウジを見て脂下がる。
「コレ」で小指立てる意味なんて最近の若者知らねぇだろ。思った通りウジは不思議そうにコテンと首を傾げている。
ガラスケースに頬杖をついていたウジの首根っこを掴んで後ろに下げさせると、京介はガラスケースから『小粋』という煙管用の刻み煙草を三箱出して上に置く。
「あのなぁ正じいさん、ありゃ男だよ男」
「ほげっ!? おっひゃあへや」
それしか言わねぇなじいさん。
「ちんちん付いてるから、近所に妙な事言いふらさないでくれよ?」
「あいよー」
正は合点承知の助と入れ歯を外したふがふが言葉で威勢良く答えて力こぶを作る。
総入れ歯ですっとぼけた老いぼれに見えて、ほんの十年前までは〈魔獣〉と魔法無しで戦ってきた元軍人だ。退役してから食も細りみるみる痩せて、最近は背中が曲がってきたが、京介の祖母を口説き落とすために足繁く煙草屋に通っていた色ボケ爺さんである。
祖母が入院してかはは半月に一度、小粋を三箱。決まってこれだけ買っていく。
代金を受け取り、帰り道でうっかり落とさないように正の着ているポロシャツの胸ポケットに煙草をぎゅうぎゅうに詰めてやっていると、京介の横からウジがのし掛かってくる。
「重い」
「また来てね、正おじいちゃん」
「あん?」
「ほげっ!?」
ウジがうっすらと笑ったかどうだか怪しいくらいの角度で口角を持ち上げて手を振る。たったそれだけの仕草で正は胸を打たれたようになって、しわしわの頬をリンゴの様に染め上げる。
正はご機嫌になって手を振り返しながら帰っていった。
「お前なぁ、あんなジジイまでたらしこむなよ」
「あの人、ちんこは勃たなくても腕は立つでしょ?」
「上手い事言ったつもりかよ。何で腕が立つって思ったんだ?」
「前に京介と正おじいちゃんが話してるの聞いてたから」
「よくじいさんの言葉が分かったな、ってか呼び捨てすんなガキんちょ」
「じゃあウジって呼んで」
「はいはい、ウジウジ、ウジウジ」
「それやだー」
むすっとするウジの頭をわしわしかき混ぜる。限界まで脱色した髪なので触り心地は最悪だ。生え際から僅かに黒い所謂バージン毛なるものが覗き始めている。最初に店に上げた――ウジが勝手に上がったのだが――時は根本まで綺麗に染まっていたので、あの日から地毛約一ミリ分の時間が過ぎた事になる。
あの日はウジの要求通り一晩泊めてやった。翌朝には店を開ける前に「家に帰れ」とさっさと追い出したのだが、ウジには京介の言葉が通じないらしい。昼頃になるといつもの軒先テントの下、背板部分に企業名などを印刷出来るスチールっぽい触り心地のベンチに、金とピンクの派手髪が転がっていた。
煙草を吸いに朝から三度ほど喫煙所に出ていたので、さすがに戻ってこないかとほっと安堵した矢先の事だった。オプションの五ミリに火を付けながら店の正面を回ってビルの隙間に入って唖然とした。ウジはまたしても男を拾ってきて、男の股ぐらに今度は足を掛けていた。ウジはベンチに乗っかりその生白い足先で器用にご奉仕していたのである。幸いだったのは京介の視点からは小太りの男の段々腹に肝心の局部が隠れて粗末な物を見ずに済んだ事。
ウジは正が帰った後、再びガラスケースに頬杖をついて軒下を見上げている。チリー……ンと儚げで可憐な音が鳴った。風鈴だ。店のどこからか見つけてきたらしいそれを喜々として見せてきたウジは飾ってくれと京介にねだった。どうせなら風通しの良いところと考えた時、エアコンをつけていても必ず開ける場所と言えば販売用の窓だった。
「てか、いや、おいウジ。お前一体いつからあのベンチに住み着いてんだよ?」
正が小粋を買いに来たという事は少なくとも二週間前には既にベンチに居た事になるが、正は入れ歯を嫌って大抵ふがふが言っているだけなので、正が退役軍人である情報を入手したのは最近ではないはずだ。
京介は記憶を辿る。たぶん一ヶ月前にはもう派手髪がベンチで客を取るようになっていた気がする。もっと前はどうだ。いつからこの金とピンクの目に悪そうな頭が現れるようになった?
「春だよ。四月一日」
「は、るぅ……?」
そんなはずがない。
毎年送られてくる祖母の古い知り合いがやっているという工務店の名前入りカレンダーを見て、今が八月の頭である事を確かめる。
「客取り始めたのは一ヶ月前くらいから。日付とかは分かんない」
「じゃあそれ以前はあのベンチで何してたんだよ。つーか俺、六月より前にお前見た記憶無ぇぞ……?」
「居たよ。夕方とか夜だけだけど」
「夜……って……」
つまり、あのベンチがベッド代わりだったという事か。六月頃から昼間もベンチに居座り始めたのは恐らく梅雨入りしたからだ。夜に雨露を凌ぐだけでは飽き足らず、雨にも負けず、風にも負けず、白昼堂々と男のナニを咥えこんで客連中を負かしていたという事のようだ。
呆れて物も言えないとはこの事だ。京介はぐったりとなって畳に寝転がる。冷たい空気が逃げるからと言うと、ウジは不満げにしながらも窓を閉めた。
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