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手②

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 視界が完全に真っ暗になる前に駆け付けた魔法士に「救急はヤメテ」とお願いして目を閉じた。傍には屋根付きのベンチがあるのでそこに寝かせておいてくれるだろうという腹積もりで京介はしばらく気を失っていた。
 次に目が覚めた時には世界が夕日色に染まっていた。いや、紛れもなく夕日が沈みかけているのだ。
 四時間近く寝ていたのかと、次第にはっきりとしてくる頭で計算しながら上体を起こそうとしてやっと気づく。頭の後ろが柔らかい。そしてうっすらと香るのはい草の匂いか。

「はっ……!? 俺んち……?」

 四角い電気傘、シャッターの下りた煙草屋の窓、左手に握りしめたスマホの感触。締めに、ジャージに手を突っ込み欠伸をしながらキッチン側から出て来た派手髪を確認して、重い体を持ち上げた。

「あー……青年。なんだ。お前か、ここに運んでくれたの」
「ウジ」
「あん?」

 羽時は京介の苗字でこの煙草屋の店名だが、呼び捨てにされる覚えはない。凄んでみせる京介に青年は自分を指さしながらもう一度「ウジ」と唱える。

「あ……お前の名前か?」
「そ」
「名字? 下?」
「下ー」

 変わった名前だ。尤も年齢的にそういうキラッとしていそうな名前でも何ら不思議はない。尤も「ウジ」という言葉の響きがキラッとしているかは疑問だ。見たところ高く見積もってもぎりぎり二十歳。京介の読みではそこから一つ二つ引き算した年頃ではないかと思っている。
 トイレにでも行っていたのか畳の方にやってきた青年はスリッパを脱ぎ、そのまま京介を通り越して販売用の窓口まで膝で歩いていく。何をする気かと思えば煙草を一箱手に取って、期待の眼差しで京介を振り返った。

「売らねぇぞ」
「えー? 吸うのは止めないくせに」
「勝手に吸ってるぶんには知らねぇけど、売るのは絶対にしない」
「ケチー」

 文句を言っているが京介が断る事は織り込み済みだったようで存外落胆の色はない。青年もといウジは膝立ちのまま京介の傍にやってきて徐に尻をつけると、片膝を立てていた京介の股ぐらに顔面を突っ込んだ。

「おおい!?」

 ぎょっとして腰を引くと、青年は「前に言ったじゃん」と答えながら後れ毛を耳にかけた。こいつ、狙ってやってやがる。

「通報しないでくれたらお礼にしゃくるって」
「お前……んな言葉どこで覚えてくんだよ……」

 いらねーよと行動で示すつもりで腰履きになっていたジーンズを引き上げる。

「何で?」
「何でって」
「おじさん、ゲイでしょ?」
「は?」
「目で分かる」

 と正面きって言われて目を見続けられるほどの度胸は京介にはない。そろーりと視線を右に逸らして「いやぁ」とか「別にぃ」とかもごもごやっていると、青年は尚もしつこく京介のベルトに手をかけてくる。

「あのな! 年齢も性別も関係ねぇぞ! 立派な強姦だからな!?」
「オプション」
「はあ!?」
「オプションでいいよ。さっき倒れたおじさんをここに運んだのにフェラをオプションにつけたげる」

 意味が分からん。我が国の日本語教育はどうなっているのか。いやしかし青年の雰囲気はまさに非行少年といった出で立ちで、真っ当な教育を受けているか甚だ怪しい。教育機関ではなく親の教育の敗北かも知れない。親がちゃんとしているからといって、子もちゃんとしているとは限らない。

「それで俺は何を支払わせられるんだよ? 言っとくけどなぁ、金なら無ぇぞ!」
「金はいい。それは行きずりのおじさん連れ込むから」

 いや、駄目だろ。

「それより俺に魔法教えてよ」

 ウジと一本のベルトをかけて攻防していた京介の手が思わず止まった。ウジはすかさずベルトを抜き去って、ボタンを外しチャックを手早く下ろしていく。あまりの手慣れぶりに呆気に取られ、ワンテンポ遅れてウジの髪を掴み上げた。

「い、痛いよ、そういう趣味?」
「ちがーう!!」

 髪を引っ張られ、普段は無表情の青年の眉根が寄る様はまぁ確かに腰にグッとくるものがありはするが、京介はアブノーマルな事にさほど興味はない。他人には「ドMっぽそう」と揶揄われた事があるが至って普通だ。

「お前なぁ、何考えてんだよ。犯罪だからな? もう喫煙所にも来るなっ……て、おい。脱がすな、脱がすな」

 ジーンズは太腿まで下ろされて、引っ張られたボクサーからお毛けがはみ出してしまっている。

「一回試してみて。お金取んない。魔法も一旦いいから。ね、おじさん」

 それは彼が普段から売春に及び腰になる客を釣るために使う常套手段というやつか。初回無料サービス、次回から料金発生に心が揺らぐ貧乏暇無し相手無しにはよく響くかも知れない。
 ぐに、と玉ごと竿を揉まれる。ウジの細く白い指は視覚的に非常にまずい。目線を上げれば髪色に反して真っ黒な目玉と視線がかち合う。恐ろしい事にウジは男の一物を手で揉みしだきながらその目を濡らしていた。興奮しているのである。
 ぐう、と京介の喉から音とも声ともつかないものが漏れていく。目を見ながらするのが好きだと今の一瞬で悟られて、ウジは咥えるのを諦め下着に手を入れてきた。

「待てって」

 黒い草むらをかき分けて半勃ちの息子が白い指に引っ張り出され、やわやわと揉まれると腰に熱が集中し始める。
 ウジの目は澄んでいた。目だけを見てまさかこの青年が男相手に売春してるなんて言っても誰も信じないだろう。常に気だるそうにしているせいで分かりづらいが、意思を持って目を開けるウジの目はくりっとしていて大きい。目尻に朱がさしており、黒い眼球が欲情の水面にちゃぷちゃぷ浸かって京介を淫らに誘っている。
 勃った、という感覚が京介に湧くと共にウジは躊躇いなく頭を下げて京介の目を見つめたままねっとりと竿に舌を這わせた。

「く……そ……っ」

 上手ぇ。
 雁首を舌先でぐりぐり刺激してその小さな口に亀頭を咥えこむ。たらりと裏筋を伝っていった液体はウジの唾液か。口淫で届かない根本には手を添えて垂らした唾液で扱かれて、上顎と舌を使って器用に全体を擦りあげていく。
 こりゃ金を払う訳だ。こんな手練手管で追い詰められたら、よっぽど男や若いのが駄目な奴でも無い限りは財布の紐もあっさり緩む。
 ウジは美人と可愛いの中間くらいの顔立ちだ。髪もぼさぼさ服はよれよれの状態でこれなら、身なりをもっと整えて店で雇ってもらえば実入りは今よりずっと安定するはずだ。
 それでも時代の波に取り残され寂れていくばかりの煙草屋の隣で男を捕まえているのは、要するに年齢が足りていないのだろう。全ては京介の勝手な想像だ。
 まずい、まずいと思う理性と共存する快楽と不道徳。「ご無沙汰だったから」「恩の押し売りで」「いっそこれは京介の方が強姦されたんだ」――と、ぐるぐる脳内を駆けずり回る言い訳を、ウジの舌と頬肉が全部舐め取っていく。

「っ……ふ、いかん……はなせ、クソガキ……」

 ウジの派手髪を掴む。ウジの眉根が痛みに寄って淡々とフェラに勤しんでいた顔が悩ましげに顰められる。限界、の二文字。京介は自分が無意識に腰を振り出した事に気付いて、目一杯の理性とちょっとの良心を動員してウジの口からペニスを引き抜いた。

「あっ」

 しゃぶる事に夢中になっていたウジが寂しげな声を出す。子供の口でイカされたなんて冗談じゃない。どうにか大人の沽券を守り通したと思ったその油断をウジは見逃さなかった。

「あ」

 びゅるるるっと白濁が飛び散る。辛うじてウジの顔にはかからなかったものの、ウジの手と自分のパンツにべっとりと精液が溢れる。まんまと京介の一物を掴んでいたウジの手で射精させられていた。

「バカタレ……」

 どっと押し寄せてくる疲労感は、射精の余韻か魔法の反動か、それとも精神的なものからくるのか分からない。投げやりになって畳の上に寝転がると勝手にティッシュを使って自分だけ手を拭いたウジが京介の隣に転がってくる。

「魔法もいい、煙草もいいから」

 だったら何か、酒か。

「今晩一晩泊めて」
「厚かましいガキだなおい……」

 面倒くせぇ、と思って目を閉じたらそのまま眠ってしまっていた。
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