上 下
141 / 147

第142話 解って、いても

しおりを挟む
「んじゃ、またな~~~~」

「気を付けてお帰りください」

四人の全員で、少し多めに代金を貰ったアスト。

食器やグラスを片付け、また新しい客が来ても直ぐにもてなせる様にせっせと動く。

「まだ、やってるだろうか」

「っ、えぇ……勿論ですよ、アリステアさん」

丁度アストが食器を洗い終え、カウンターの簡易清掃を終えた後に……騎士団の団長、アリステアが訪れた。

「おしぼりと、メニュー表になります」

「ありがとう」

二度目の来店ということもあり、慣れた様子でメニュー表を眺める。

「っと、そうではない」

「?」

「アスト……済まなかった」

突然アストに対し、頭を下げたアリステア。
止めてくれ、マジで止めてほしい……しかし、どういう意味でアリステアが自分に頭を下げているのか理解したアスト。

「アリステアさん、しかと謝罪の言葉は受け取りました。なので、頭を上げてください」

既に日は暮れているとはいえ、歓楽街から戻って来た誰かがこの光景を見てもおかしくない。

アリステアもそういったアストの考えを解らないわけではないので、直ぐに頭を上げた。

「……君のお陰で、部下たちは救われた」

「ウェディーさんたちのお陰で、無事詠唱を完了させることが出来ました。なので、お互い様といったところです」

「そうか……」

ひとまず、アリステアは知っているカクテルと料理をいくつか注文した。

それらを呑み終え、食べ終えるまでの間、前回と同じようにアストと語り合い続けた……だが、アストは気付いていた。

何故か、アリステアの顔に不安が浮かんでいることを。

「アリステアさん。もしかしたらですが……何か、悩み事があったりするでしょうか」

「っ…………流石だな」

隠しても無意味だろうと悟り、アリステアは素直に認めた。

悩みが……不安があることを。

「……私には、剣技以外にも暗黒剣技という、スキルがある」

「暗黒剣技、ですか」

アストも話には聞いたことがある。

聖剣技と暗黒剣技。
どちらかのスキルを体得することが、純粋な剣士たちの一つの目標だと。

しかし……アリステアの表情から、暗黒剣技を体得してしまったことを、呪う様な思いが見えた。

「そうだ。アストは……感情が、暴走してしまった事はあるか?」

「感情の暴走ですか…………ありますね」

アストは過去に、単純に一時的にパーティーを汲んでいたメンバーが追い込まれ、純粋に感情が爆発したことがある。
そして、初めてブレイブ・ブルを使用した時。

今でも、ブレイブ・ブルを使用した際は、自分の感情が、闘争心が暴走しそうであるのを自覚している。

「君でも、あるのだな」

「私も、人の子です。まだまだ未熟な点ばかりです」

「ふふ……そうか…………暗黒剣技、というスキルそのものが、悪だとは思っていない」

人を殺す凶器が悪いのか。
人を酔わせ、暴走させてしまい、取り返しのつかない事故を起こしてしまう酒が悪いのか。
バレない、見えない……こいつは悪だと、世論がそう言うから正義の鉄槌を多くの者が振り下ろし、殺してしまう……そんなSNSが悪いのか。

違う。

どれも、使う者によって他者を救う道具に、緊張感を溶かして本音を零せる癒しに、他者を勇気付けるメッセージへと変わる。

それを、どう使うか……そこで、使用者の真価が問われる。

「それでも……どうしても、あれを使う時に、感情が爆発していると……暴走しようとしていると、感じてしまう」

「アリステアさん……」

解ってはいる、解っていても……納得出来ないものというのは、確かに存在する。

「私は、騎士団長だ。スキルは悪くないと、扱う者次第だと解っていても……イメージは、良くない。解っている……この気持ちは、暗黒剣技を使いながらも、正しい道ん進もうとしている者たちへの差別に、侮辱となる。でも…………」

「………………」

解ります、その気持ち……と、言えるわけがない。

アストは冒険者ギルドという組織に属してはいるが、それでも基本的に自由に生きている。
好青年……の様に思われる反面、自分に妬みや嫉みを持つ者が絡んできた場合、理不尽に潰しはしないが、確実に力の差を、経験の差を見せ付けている。

うっかり、知らずとはいえ知人が気になっている女性と合体してしまったこともある。

そういった事でどう思われようとも、アストは大して気にならなかった。

ただ、騎士団長という立場に就いている以上、そこを気にせず活動するのは……不可能に近かった。

(…………俺には解らない苦労が、この人にはある………………それなら)

アストはカクテルグラスを用意し、ウォッカを三十、ホワイト・キュラソーを十、クランベリー・ジュースを十、ライム・ジュースを十用意。

それらを全て氷と共にシェーカーに入れてシェイク。

カクテルグラスに注ぎ、カットしたライムを添えれば、綺麗な赤色のカクテルが完成。

「コスモポリタンになります」

これが、今のアストに伝えられる思いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうぞ「ざまぁ」を続けてくださいな

こうやさい
ファンタジー
 わたくしは婚約者や義妹に断罪され、学園から追放を命じられました。  これが「ざまぁ」されるというものなんですのね。  義妹に冤罪着せられて殿下に皆の前で婚約破棄のうえ学園からの追放される令嬢とかいったら頑張ってる感じなんだけどなぁ。  とりあえずお兄さま頑張れ。  PCがエラーがどうこうほざいているので消えたら察してください、どのみち不定期だけど。  やっぱスマホでも更新できるようにしとかないとなぁ、と毎度の事を思うだけ思う。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...