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第123話 メニューにはない一杯

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(強さ、自身の確固とした信念を持っている…………これまで彼と出会った騎士たちは、皆騎士団に引き入れたいと思っただろうな)

冒険者が転職して騎士として活動するということは、決してあり得ない転職ではない。
寧ろ、騎士になりたいが平民という立場を考え、冒険者として名声を得て……騎士団の目に留まって声を掛けられて転職しようと考える者もいる。

(とはいえ、彼は強い。Cランクの冒険者ではあるようだが、実際のところはBランククラス……平民という立場もあって、他の騎士団では衝突する可能性が高い)

実家がそれなりの地位を持っていることもあり、アリステアは貴族の良い部分も黒い部分や性格も知っている。

(加えて、穏やかな青年に見えるが……しっかりとした芯を持ってるが故に、理不尽には必ず抗おうとする。結果、問題に発展するだろうな………………入団したらしたらで、ある種の爆弾になってしまうか)

勝手に爆弾呼ばわりするのは失礼なことではあるが、アリステアの考えはまさにビンゴ。

基本的に温厚な性格の持ち主であり、謙虚なアスト。
しかし、実際のところ自分の実力に確かな自信を持っているからこそ、退けない時はとことん退かない。

今のところ騎士とガッツリぶつかったことはないものの、冒険者同士の間ではもう何度ぶつかったか分からない……その点が、アストのある種の爆弾性を表している。

(私の団に特例で入団させたとしても………………それは問題になりそうだな)

「? どうかしましたか」

「いや、なんでもない」

つい、じっくりアストの顔を見てしまったアリステア。

貴族令嬢出身であるアリステアから見ても、アストの顔はそれなりに整っていた。
令息の中でも顔面偏差値のトップ層と比べれば数段劣るものの、恋愛対象として比べた場合、アストと自身の容姿を比べて気落ちしてしまうことがない。

親しみやすいタイプの顔ということもあり、仮に入団すれば独身の女性騎士たちがアストに惚れてしまうのも時間の問題だというのが、アリステアの見解。

ただ、騎士団の中には男性不信寄りの者もいる。
現騎士団長のアリステア……先代の騎士団長、先々代の騎士団長と、前々からそういった私情を基本的には表に出してはならないと教えられてきた。

不満があるなら、力を示すのだと。

(…………仮に、不安のある者たちが力を示そうとしても、彼に適うかどうか…………無理だろうな)

アリステアは実際にアストが戦う姿を見たことはない。
その強さは噂でしか聞いたことがないが、アストが纏う雰囲気と……同じ雰囲気を持つ強者を知っている。

(その事実を認められない程弱くはないと思うが……衝突は、避けられないだろう)

彼女が危惧しているのはアストと男性不信の女性騎士たちの衝突だけではなく、アストという男に戦闘者として、人間として好印象を持っている者たちと男性不信の女性騎士たちの衝突も非常に心配している。

何故なら……アストと男性不信の女性騎士たちの衝突するのは、基本的にアストが騎士団に入団しなければ起こりえない。
だが、アストに男性不信ではない女性騎士たちが助けられ、知り合ってしまった以上……話の話題にアストが出て、結果的にぶつかってしまう可能性がある。

(……この件に関しては、アストに問題があるのではなく、騎士団の永遠の課題だな)

ピザの美味さに舌鼓を打つアリステアだが、その顔には少し疲れが浮かんでいた。

「…………」

表情に表れた疲れを見逃さなかったアストは、無言でお湯とりんご、蜂蜜と生姜を用意し、一杯のドリンクを作った。

「こちら、どうぞ」

「……何も、注文していないのだが」

「お疲れの様子でしたので、サービスです。素材した物は主に疲れを取る、癒すためのものです」

「そうか…………では、いただこう」

作る手元、使用している素材自体もアリステアが知らない物がなかったため、疑うことなく頂いた。

「っ……温まる。それに、この美味しさ……使用したリンゴや蜂蜜は、一般の物ではないな」

「大した物ではありません」

実際のところ、アストが使用したリンゴはただのリンゴではなく、食べれば多少の魔力回復効果がある果実であり、モンスターにも人気のあるリンゴ。

そして蜂蜜はCランクの蜂系モンスターから採集した蜂蜜。

それらを使用した一杯の滋養強壮ドリンク……普通に考えれば、商品として売り出せる。
しかし、アストはあくまで自分の店はバー。
ノンアルコールドリンクも提供出来るが、滋養強壮ドリンクはさすがに違うと思い、メニュー表には乗せていない。

「……本当に、代金は必要ないのか?」

「こちらは私からのサービスですので」

ミーティアの店主、一城の主であるアストが客にサービスで一杯奢ることは決して珍しくない。
全ての裁量はアストが持っているため、叱る者も咎める者もいない。

「そうか…………ありがとう」

気遣い。

一時的なものではあるが、アリステアはサービスで貰った一杯にアストの優しさを感じ……笑みを浮かべながら感謝の言葉を零した。

「どういたしまして」

対して、その笑みを見て思わず固まりかけたアストは、眼を合わせない様に軽く頭を下げ、当然ですと答えるしかなかった。
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