上 下
121 / 148

第122話 離れれば、失われる

しおりを挟む
「こちらがメニューになります」

「ありがとう」

女性はメニュー表を受け取ると、初めてミーティアを訪れた客と同様メニューの多さに驚くも、心の内に隠して冷静にメニューに目を通していく。

「……先に、料理を頼んだ方が良いのだろうか」

「夕食を食べていないのであれば、その方がよろしいかと」

「そうか。では、このドリアと肉のお任せピザを頼む」

「かしこまりました」

注文を受けたアストは先に用意していた肉とキノコのスープを提供し、即座に調理に取り掛かる。

「………………」

(やけに、見てくるな?)

調理中、カクテルを作っている最中に見られることは珍しくない。
だが……本日来客した女性はジッと……深く、威圧感を与えない目でアストを見ていた。

「オールド・ファッションドを一つ」

「かしこまりました」

丁度手が空いた時にライ・ウィスキー等を用意し、速過ぎず……遅過ぎず。
素人が見ても、完璧なのでは? と感じる所作で作られ、提供された。

「オールド・ファッションドでございます」

「ありがとう」

その後、ドリアと上位種オークの肉と、アッパーブルという牛モンスターの肉がメインのピザが完成。

女性は約十数分ほど、カクテルと料理の味を堪能し続けた。

「美味しかった……一流の味を、こういった場所で食べるのも、また良いと感じた」

「恐れ入ります」

「……まだ、自己紹介をしていなかったな。私はアリステア・アードニス。この街で活動している騎士団の団長を務めている」

予想通り、ミーティアに訪れた凛々しさと美しさを兼ね備えた美貌を持つ女性は、ウェディーたちの上司であり、多くの女性戦闘者たちが敬意の念を抱いている人物だった。

「私の名はアスト。このバー、ミーティアの店主。そして、Cランクの冒険者としても活動しています」

「アスト、と呼んでも良いだろうか」

「えぇ、勿論構いません」

「ありがとう……アスト、昼間は部下たちを助けてもらったと聞いた。心から感謝する」

「っ……感謝のお気持ち、受け取りました」

表した絵を、絵画として家に飾りたい。
そう思える程の存在感、美しさを持つ美女が自分に頭を下げているという状況に……ほんの少し興奮を覚えるも、超大物と呼べる人物が自分に頭を下げているという現状に対するある種の恐ろしさの方が勝っている。

だが、アストはこれまでの経験から下手に「頭を下げてください」と頼むのではなく、素直に感謝の気持ちを受け取った方が早いという結論に至っていた。

「アストが助っ人として参加しなければ、部下たちの多くが亡くなっていただろう」

アリステアはウェディーから自分たちが遭遇したオーガの大まかな数、そしてオーガジェネラルとグラディエーターという強敵もその場にいたという報告を既に聞いていた。

「偶々通りかかっただけです」

「報告通りの戦力であれば、正義感を持っていたとしても、助っ人として参加するにはそれ相応の勇気がいる。その勇気を、称賛したい」

「……ありがとうございます」

真っすぐ褒められる事に対し、相変わらず照れを感じるアスト。
宴の席で相手が寄っているのであれば、雰囲気でそこまで恥ずかしく感じることはない。

しかし、アリステアはオールド・ファッションドというアルコール度数が三十度以上のカクテルを呑んではいるが、まだ一杯目。
下戸ではない彼女にとって、まだまだこれからが本番。

酔いを感じさせない真剣な眼を向けて褒められれば……ある意味、もう勘弁してくれと言いたくなる。

「その件で一つ訊きたいのだが、本当に報酬は数個の魔石だけで良かったのか?」

アストが参戦したお陰で、何人もの女性騎士の命が救われた。

結果としてアストがオーガたちから全く攻撃を受けず、無傷の状態で終えたとしても、だからといって魔石数個の対価で支払うだけで良いとは思えなかった。

「はい。私は現状、懐事情に困っていませんので」

「……では、善意で彼女たちを助けたと」

「正義感と言える大層な志は持っていません。ただ、現状を知ってしまった。後で悲惨な話を聞いて後悔するよりも、自分にはどうにか出来る力を持っているのだから、なんとかしたいと動いた。それは、後で自分が後悔したくない……後悔の念で潰されたくないといった、ある種のエゴです」

「なるほど…………」

ウェディーたちを助けた理由は正義感などといった崇高な理由ではなく、ある種の我儘である。

そんなアストの答えを聞き、アリステアは暗黙の了解を破ってでも目の前の青年をスカウトしたいと、ウェディーと同じ答えに至った。
だが、それと同時に……そのある種のエゴは、アストが冒険者として活動しているからこそ生まれたもの。
冒険者という職から離れれば、その気持ちが失われてしまうのを察した。

(これが、噂の男の本心、か)

実のところ、アリステアはアストと初対面ではあるものの、噂程度ではあるがアストというバーテンダー兼冒険者のことを知っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

たまに目覚める王女様

青空一夏
ファンタジー
苦境にたたされるとピンチヒッターなるあたしは‥‥

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

処理中です...