異世界バーテンダー。冒険者が副業で、バーテンダーが本業ですので、お間違いなく。

Gai

文字の大きさ
上 下
102 / 167

第102話 縛られるのは、本意ではない

しおりを挟む
(……難しいな。何を言えば良いか…………)

客に伝えた通り、アストにも知人が亡くなった経験はある。

しかし……今の話の中で亡くなったのは、アストではなく客の関係者。
完全にその気持ちを理解出来る、だからこそ……こういった道に進むべきだと、容易には口に出来ない。

「すまない、みっともないところを見せてしまったな」

「男には、意地を張らなければならない時はあるでしょう。しかし、少なくとも此処は無理に意地を張る様な場所ではありません」

「……ありがたい、な。だが…………俺は、どうすべきか」

どうすべきか、つまり知人の命を奪った烈風竜に対してどう動くべきか……男はそれについて悩んでいる。

さて、この一件……烈風竜を狙っているアストとしては、是非とも自分の命を大事にして、烈風竜に関わらないで貰いたい。
ただ……それはバーテンダーとしてのマスターではなく、冒険者のアストとしての私情。

ここで伝えるべき内容ではないと思い、軽く頭を横に振るった。

「個人的な考えではございますが、こういった時ほど、お客様自身の幸せについて……考えてみるのがよろしいかと」

「俺の幸せについて、か?」

「えぇ、その通りです。貴族に、国に仕える騎士や従者であれば、己の命よりも……幸せよりも優先すべき何かがあるかもしれません。しかし、我々は冒険者です。少し飾った言葉ではありますが、自由と冒険を胸に生きる者です」

その言葉通り、アストは冒険者としては、割と好きな様に……自由に生きている。

「何かに縛られて生きるのは、我々の本意ではないかと」

「ふむ……すまなし、もう一杯頂けるか」

「かしこまりました」

火酒をもう一杯注文し、男は燃えるように熱い酒で喉を潤す。

「……死んでしまって、天国か……それとも地獄かでばったり会っちまったら、なんて言うだろうな」

「…………」

「店主だったら、どう返す?」

「私ですか? そうですね………………嬉しくはありますが、なんでもっと自分の為に生きなかったんだよと、小言は言いたくなります」

冒険者を引退した後も、死ぬまでバーテンダーを続けるつもりのアスト。

故に、仮に自分がある戦闘で死に、友人知人たちが仇を討とうとして……死んでしまえば、寧ろ自分を責めてしまう。

「そうか……店主は優しいんだな」

「ありがとうございます」

この後、男は火酒以外の酒と数品の料理を注文し……酔いが回り過ぎる前に帰った。


「…………」

「どうしたのかしら、また難しそうな顔をして」

翌日、二人は先日と同じく烈風竜を探していた。

そんな中、ヴァレアは酒の匂いがすることにはツッコまず、少々固い表情をしているところが気になった。

「助言を伝えるというのは、やはり難しいなと思ってな」

「烈風竜絡み?」

「そうだ。烈風竜を討伐しようとして、逆に返り討ちに合い……知人を亡くしたという客が来てな」

「それは……少し、言葉に困るわね」

ヴァレアにも同じ経験があった。
同じ経験があるからこそ……適切な助言がないことも知っている。

「バーテンダーとは、カクテルを作るのがメインの仕事でしょう。そこまで……深く悩まなくても良いのではなくて?」

「かもしれない。確かに、バーテンダーの仕事は注文されたカクテルを作ることだ。ただ……悩みを持って訪れたお客さんには、少しでも心が軽くなった状態で帰って頂きたい」

誰しもが悩みを零せる場所であり、自分は少しでもその悩みに対し、一助となれれば……というのが、アストの理想である。

「とはいえ、今のところ……人それぞれという答えしか見つかってないがな」

「答え……とは、やはり必要でしょうか」

「必要だろうな……ヴァレアは神を信じているか?」

唐突な質問に多少驚くも、人並みにと答えた。

「もしや、アストはあまり信じていないと」

「いてもおかしくないとは思っている。ただ、俺と違って神の……教会の教えを信じている信者たちにとっては、その教えが心の支えになってるだろう」

「……つまり、明確ではなくとも、それなりの答えがその人を支えることになると」

「個人的には、そう思ってる」

だからこそ、決して者後たちに対する心情的な答えは、決して一つである必要はない。

と思ったところで、アストは現在の目的を思い出し、亜空間からある物を取り出した。

「それは刀……あの名刀とは、別の刀ね」

「あぁ、そうだ。色々と烈風竜に対する対策を考えたが、回避や防御に徹するよりも、逆に攻めた方が効果的かと思ってな」

もう少し詳しく訊きたい、そう思ったヴァレアだったが、アストの空気が既に変わっていることに気付く。

歩こそ進めているが、纏う空気合い居合を行う時と同じ。

アストは一定の範囲内に、ヴァレア以外の何かが侵入すれば即座に抜刀出来る状態に入っていた。
それから何度かモンスターの襲撃があったものの、単騎で襲い掛かって来た個体はほぼ一刀両断。

昼食時までの戦闘は、ほぼアスト一人だけで終わらせた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...