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第102話 縛られるのは、本意ではない
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(……難しいな。何を言えば良いか…………)
客に伝えた通り、アストにも知人が亡くなった経験はある。
しかし……今の話の中で亡くなったのは、アストではなく客の関係者。
完全にその気持ちを理解出来る、だからこそ……こういった道に進むべきだと、容易には口に出来ない。
「すまない、みっともないところを見せてしまったな」
「男には、意地を張らなければならない時はあるでしょう。しかし、少なくとも此処は無理に意地を張る様な場所ではありません」
「……ありがたい、な。だが…………俺は、どうすべきか」
どうすべきか、つまり知人の命を奪った烈風竜に対してどう動くべきか……男はそれについて悩んでいる。
さて、この一件……烈風竜を狙っているアストとしては、是非とも自分の命を大事にして、烈風竜に関わらないで貰いたい。
ただ……それはバーテンダーとしてのマスターではなく、冒険者のアストとしての私情。
ここで伝えるべき内容ではないと思い、軽く頭を横に振るった。
「個人的な考えではございますが、こういった時ほど、お客様自身の幸せについて……考えてみるのがよろしいかと」
「俺の幸せについて、か?」
「えぇ、その通りです。貴族に、国に仕える騎士や従者であれば、己の命よりも……幸せよりも優先すべき何かがあるかもしれません。しかし、我々は冒険者です。少し飾った言葉ではありますが、自由と冒険を胸に生きる者です」
その言葉通り、アストは冒険者としては、割と好きな様に……自由に生きている。
「何かに縛られて生きるのは、我々の本意ではないかと」
「ふむ……すまなし、もう一杯頂けるか」
「かしこまりました」
火酒をもう一杯注文し、男は燃えるように熱い酒で喉を潤す。
「……死んでしまって、天国か……それとも地獄かでばったり会っちまったら、なんて言うだろうな」
「…………」
「店主だったら、どう返す?」
「私ですか? そうですね………………嬉しくはありますが、なんでもっと自分の為に生きなかったんだよと、小言は言いたくなります」
冒険者を引退した後も、死ぬまでバーテンダーを続けるつもりのアスト。
故に、仮に自分がある戦闘で死に、友人知人たちが仇を討とうとして……死んでしまえば、寧ろ自分を責めてしまう。
「そうか……店主は優しいんだな」
「ありがとうございます」
この後、男は火酒以外の酒と数品の料理を注文し……酔いが回り過ぎる前に帰った。
「…………」
「どうしたのかしら、また難しそうな顔をして」
翌日、二人は先日と同じく烈風竜を探していた。
そんな中、ヴァレアは酒の匂いがすることにはツッコまず、少々固い表情をしているところが気になった。
「助言を伝えるというのは、やはり難しいなと思ってな」
「烈風竜絡み?」
「そうだ。烈風竜を討伐しようとして、逆に返り討ちに合い……知人を亡くしたという客が来てな」
「それは……少し、言葉に困るわね」
ヴァレアにも同じ経験があった。
同じ経験があるからこそ……適切な助言がないことも知っている。
「バーテンダーとは、カクテルを作るのがメインの仕事でしょう。そこまで……深く悩まなくても良いのではなくて?」
「かもしれない。確かに、バーテンダーの仕事は注文されたカクテルを作ることだ。ただ……悩みを持って訪れたお客さんには、少しでも心が軽くなった状態で帰って頂きたい」
誰しもが悩みを零せる場所であり、自分は少しでもその悩みに対し、一助となれれば……というのが、アストの理想である。
「とはいえ、今のところ……人それぞれという答えしか見つかってないがな」
「答え……とは、やはり必要でしょうか」
「必要だろうな……ヴァレアは神を信じているか?」
唐突な質問に多少驚くも、人並みにと答えた。
「もしや、アストはあまり信じていないと」
「いてもおかしくないとは思っている。ただ、俺と違って神の……教会の教えを信じている信者たちにとっては、その教えが心の支えになってるだろう」
「……つまり、明確ではなくとも、それなりの答えがその人を支えることになると」
「個人的には、そう思ってる」
だからこそ、決して者後たちに対する心情的な答えは、決して一つである必要はない。
と思ったところで、アストは現在の目的を思い出し、亜空間からある物を取り出した。
「それは刀……あの名刀とは、別の刀ね」
「あぁ、そうだ。色々と烈風竜に対する対策を考えたが、回避や防御に徹するよりも、逆に攻めた方が効果的かと思ってな」
もう少し詳しく訊きたい、そう思ったヴァレアだったが、アストの空気が既に変わっていることに気付く。
歩こそ進めているが、纏う空気合い居合を行う時と同じ。
アストは一定の範囲内に、ヴァレア以外の何かが侵入すれば即座に抜刀出来る状態に入っていた。
それから何度かモンスターの襲撃があったものの、単騎で襲い掛かって来た個体はほぼ一刀両断。
昼食時までの戦闘は、ほぼアスト一人だけで終わらせた。
客に伝えた通り、アストにも知人が亡くなった経験はある。
しかし……今の話の中で亡くなったのは、アストではなく客の関係者。
完全にその気持ちを理解出来る、だからこそ……こういった道に進むべきだと、容易には口に出来ない。
「すまない、みっともないところを見せてしまったな」
「男には、意地を張らなければならない時はあるでしょう。しかし、少なくとも此処は無理に意地を張る様な場所ではありません」
「……ありがたい、な。だが…………俺は、どうすべきか」
どうすべきか、つまり知人の命を奪った烈風竜に対してどう動くべきか……男はそれについて悩んでいる。
さて、この一件……烈風竜を狙っているアストとしては、是非とも自分の命を大事にして、烈風竜に関わらないで貰いたい。
ただ……それはバーテンダーとしてのマスターではなく、冒険者のアストとしての私情。
ここで伝えるべき内容ではないと思い、軽く頭を横に振るった。
「個人的な考えではございますが、こういった時ほど、お客様自身の幸せについて……考えてみるのがよろしいかと」
「俺の幸せについて、か?」
「えぇ、その通りです。貴族に、国に仕える騎士や従者であれば、己の命よりも……幸せよりも優先すべき何かがあるかもしれません。しかし、我々は冒険者です。少し飾った言葉ではありますが、自由と冒険を胸に生きる者です」
その言葉通り、アストは冒険者としては、割と好きな様に……自由に生きている。
「何かに縛られて生きるのは、我々の本意ではないかと」
「ふむ……すまなし、もう一杯頂けるか」
「かしこまりました」
火酒をもう一杯注文し、男は燃えるように熱い酒で喉を潤す。
「……死んでしまって、天国か……それとも地獄かでばったり会っちまったら、なんて言うだろうな」
「…………」
「店主だったら、どう返す?」
「私ですか? そうですね………………嬉しくはありますが、なんでもっと自分の為に生きなかったんだよと、小言は言いたくなります」
冒険者を引退した後も、死ぬまでバーテンダーを続けるつもりのアスト。
故に、仮に自分がある戦闘で死に、友人知人たちが仇を討とうとして……死んでしまえば、寧ろ自分を責めてしまう。
「そうか……店主は優しいんだな」
「ありがとうございます」
この後、男は火酒以外の酒と数品の料理を注文し……酔いが回り過ぎる前に帰った。
「…………」
「どうしたのかしら、また難しそうな顔をして」
翌日、二人は先日と同じく烈風竜を探していた。
そんな中、ヴァレアは酒の匂いがすることにはツッコまず、少々固い表情をしているところが気になった。
「助言を伝えるというのは、やはり難しいなと思ってな」
「烈風竜絡み?」
「そうだ。烈風竜を討伐しようとして、逆に返り討ちに合い……知人を亡くしたという客が来てな」
「それは……少し、言葉に困るわね」
ヴァレアにも同じ経験があった。
同じ経験があるからこそ……適切な助言がないことも知っている。
「バーテンダーとは、カクテルを作るのがメインの仕事でしょう。そこまで……深く悩まなくても良いのではなくて?」
「かもしれない。確かに、バーテンダーの仕事は注文されたカクテルを作ることだ。ただ……悩みを持って訪れたお客さんには、少しでも心が軽くなった状態で帰って頂きたい」
誰しもが悩みを零せる場所であり、自分は少しでもその悩みに対し、一助となれれば……というのが、アストの理想である。
「とはいえ、今のところ……人それぞれという答えしか見つかってないがな」
「答え……とは、やはり必要でしょうか」
「必要だろうな……ヴァレアは神を信じているか?」
唐突な質問に多少驚くも、人並みにと答えた。
「もしや、アストはあまり信じていないと」
「いてもおかしくないとは思っている。ただ、俺と違って神の……教会の教えを信じている信者たちにとっては、その教えが心の支えになってるだろう」
「……つまり、明確ではなくとも、それなりの答えがその人を支えることになると」
「個人的には、そう思ってる」
だからこそ、決して者後たちに対する心情的な答えは、決して一つである必要はない。
と思ったところで、アストは現在の目的を思い出し、亜空間からある物を取り出した。
「それは刀……あの名刀とは、別の刀ね」
「あぁ、そうだ。色々と烈風竜に対する対策を考えたが、回避や防御に徹するよりも、逆に攻めた方が効果的かと思ってな」
もう少し詳しく訊きたい、そう思ったヴァレアだったが、アストの空気が既に変わっていることに気付く。
歩こそ進めているが、纏う空気合い居合を行う時と同じ。
アストは一定の範囲内に、ヴァレア以外の何かが侵入すれば即座に抜刀出来る状態に入っていた。
それから何度かモンスターの襲撃があったものの、単騎で襲い掛かって来た個体はほぼ一刀両断。
昼食時までの戦闘は、ほぼアスト一人だけで終わらせた。
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