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第90話 何を望むのか

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結局のところ、自分にどうしてほしいのか。

そう尋ねられたヴァレアは……直ぐに自分の感情を言葉にしなかった。
本音は、あなたはあの名刀を扱うのに相応しくないと告げたかった。

あの名刀は私が…………仮に自分ではなくとも、憧れた先輩冒険者が扱うべきだと。
しかし、お前には相応しくないから寄越せという言動は……盗賊や野蛮で人の形をしてる何かと大差ない。

(この男に、望むことは……)

元々惚れた名刀を購入するだけの資金はある。
購入出来なかったからと言って、それを知った夜に高い酒を呑んで散財するといった愚かな真似もしてない。

ただ、ヴァレアも冒険者。
元々の購入金額を渡したところで、アストに何も利益がないことぐらいは解っている。

「自分が求める刀を手に入れる為に、相応しい素材を手に入れるのを手伝ってほしい。そういった頼みであれば、俺も応えます」

アストは正当な手段で、グリフォンを討伐し……冒険者として活動した結果、運良く樽一杯分の漆黒石を手に入れることが出来た。

一切の不正はなく、ベルダーから課された条件をクリアした。

元々ヴァレアの頼みを訊く理由もないのだが、そういった真っ当な理由だけで生きていけるほど、世の中甘くはないと知っている。

(美人と一緒に行動できるって考えれば、悪くはない)

実力以外の部分が普通の冒険者ではない。
加えて、全く話が通じない程屑で自分勝手な人物でもないということもあって、そういった頼みであれば受けても構わないと判断。

「っ…………私、は」

元々ヴァレアはあの名刀が手に入らないのであれば、アストを直接叩きのめしたかった。

勿論、タダでとは言わない。
それ相応の対価を用意した上で、申し込むつもりだった。

あわよくば、自分が完膚なきまでの勝利を収め、「やはり、俺が扱える代物ではない。是非とも、あなたに使って欲しい」と言われる流れを望んでいた。

だが、そうではないと口にしてしまったが、自分が集められる最高の素材を集め、自分だけの刀を、オーダーメイドをベルダーに造って貰う。
それはそれで魅力的な案ではある。

そして、素材を集めるのに助力してくれる人物がいれば、それはそれで非常に有難い。
ヴァレアは冒険者同士が集まった組織、クランに所属しており、同世代の者たちも多く在籍しているが……その者たちはその者たちで忙しく、報酬を用意するからといって頼みを受けてくれるとは限らない。

「…………そう、ね。それじゃあ、一緒に素材を集めてもらえるかしら」

「分かった」

それじゃあ、色々と予定が決まったら連絡してほしい、と伝えて別れようとするも……逃れることに失敗。

「それじゃあ、私と一度戦ってもらえるかしら。あなたがBランクのモンスターと戦えると分かっていても、信用はまだ出来てないの」

「それは……まぁ、そうかもしれませんね」

アストがヴァレアの戦う姿を見たことがなければ、ヴァレアもアストの戦う姿を見たことがない。

(正真正銘、喧嘩にならなかっただけ良かったと思うしかないな)

共に行動するのであれば、互いの実力を知っておいた方が良い。
その考え自体はアストも解る為、そうする必要はないのでは? とは言えない。

「では、これから行いましょうか」

「……分かりました」

丁度朝食を食べ終えた。
アストにとっては、食後の運動としては丁度良いとは全く思えない。

だが、面倒なことは早めに終わらせた方が良いというのがアストの持論。

(話は通じるタイプ……のようだし、模擬戦で俺が負けたからといって、あの刀を寄越せとは言ってこないだろう……多分)

惚れたと宣言した光景を思い出し、ほんの少し不安に思うも、そこはヴァレアの冒険者としてのプライドを信じることにした。


「おい、あれって」

「あぁ、ヴァレアだ。間違いねぇ」

「はぁ~~~……今日も綺麗だな~。俺の彼女になってくれねぇかな~~」

「バカね。ヴァレアがあんたみたいな男に振り向くわけないでしょ」

「隣にいるあの男、誰だ?」

「最近王都に来た新顔じゃねぇの? あんま強そうには見えねぇけど、なんでヴァレアの隣にいるんだ?」

アストの予想通り、二人で冒険者ギルドの訓練場に向かうと、多数の視線が向けられる。

「さぁ、やりましょう」

「もしかして、真剣でやるのか?」

「当然でしょう」

ヴァレアはギルドが常備している刃引きされていないロングソードを取り出す、アストに放り投げながら当然といった表情で答えた。

(……もしかしなくても、ぶちのめせるならぶちのめしたい思ってる感じ、か?)

既に殺気も怒気も感じられない。
ただ本気でアストの実力を確かめようとしている。

勝負で負けたからといって、殺そうというつもりはさらさらない。

「安心して。どちらかが戦闘不能になるまでじゃなくて、降参での決着も当然可よ」

「そ、そうか。それは良かった」

今回の戦いで、アストとしては本気で戦る理由はないため、降参しても問題無いという内容は有難い。

それでも……アストの気持ちが乗ってなかろうが、ヴァレアが気持ちが乗った状態で模擬戦に臨むことは変わらなかった。
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