上 下
60 / 147

第60話 苦労を乗り越えれば

しおりを挟む
(本当に、頼もしいことこうえないな)

マティアス・ルーダ・カルダールの護衛依頼を引き受けてから既に六日が経過。

その間、相変わらずモンスターが馬車に襲い掛かることはあれど、盗賊が襲ってくることはない。
襲ってくるモンスターの中にはCランクのモンスターもいたが、戦闘はどれも一分と掛からず終了。

騎士という職業上、モンスターよりも人間を相手にするのが得意ではあるが、何度も修羅場を区切り抜けてきた彼らにとって、相手がモンスターか人間なのかというのは、非常に些細な問題であった。

どんなモンスターが相手でも、攻撃が馬車に飛んでしまうことはなく、彼らは見事マティアスを守り続けている。
となれば、やはり自分の仕事は本当に護衛依頼ではない。
そう思ったアストは……やはり、野営時に食べる朝食や昼食、夕食の調理に力を入れる。

「……もう何度口にしているか分からないが、美味いな」

「ありがとうございます」

本日の昼食はサンドイッチ。
見た目としては普通であり、冒険者であっても事前に泊っている宿の女将に頼めば用意してくれる。

しかしアストは適当に具材を用意するのではなく、カツやポテトサラダなどをその場でささっと作り、マティアスや騎士たちに振舞った。

「護衛依頼を受けた身ではありますけど、正直なところ自分の出番はないので、こういったことぐらいは約に立ちたいので」

「そうか……しかし、本当に驚くべき手際だ」

騎士たちの中にも、野営時に簡素な料理を作れる者は偶にいる。

だが、今現在食べているサンドイッチや、これまで食べてきた野営時に料理とは思えない物を作れる者は誰一人いなかった。

「なぁ、何かコツ? みたいなものでもあるのか?」

比較的若い騎士の質問に、アストは首を横に振って応えた。

「いえ、ありません。もし皆さんが野営時に少しでもまともな料理を食べたいと思うのであれば、これまでの経験を振り返れば、なすべきことは直ぐに解るかと」

「………………苦労を得て、技術を身に着けなければならない、という事だな」

魔術師や実力派メイドも含めて首を傾げていたが、護衛のリーダーである男は少し考え込み、世の中の理を口にした。

「その通りです。料理となると、皆さんなおさら興味がないことではあるとは思いますが、興味がある……好奇心を持った道であっても、苦労は避けては通れない経験かと」

マティアスの護衛に選ばれた者たちは、世間一般的には実力派メイドも含めて天才と
呼ばれる部類の者たちではあるが……天才というのは結果があってこそ呼ばれる名称。
やはり、そう呼ばれるまで努力というのは避けられない。

「ふふ、まさにその通りだ。望む強さまで到達できたかと思えば、今度は部下たちを率いた戦い方を覚えなければならない……確かに、これまで行ってきた経験を、もう一度振り返るだけだな」

調理、という実家にいる時や学園で学んでいた時は、まずする事がなかった行動。

何故騎士である自分が……と思ったとしても、やはり野営で美味い飯が食べられると、それはそれで嬉しい。

(非常に的を得た考えだ。しかし、まだ二十にもなっていない年齢で、その考えを冷静に口に出来るとは…………この冒険者は、本当にまだ十八なのか?)

リーダーの騎士は、七割方本気でアストという冒険者をスカウトしたいと思った。

ただ、事前にマティアスが形だけはスカウトしたという報告は聞いている。
であれば、護衛である自分が失敗することが確定なことを繰り返す訳にはいかない。

「……なぁ、アスト。お前はずっと冒険者として活動するのか?」

「そうですね。もう限界だと感じたら引退して、それからは本業であるバーテンダーに集中しようと思ってます」

「あっ、そっか。本業はバーテンダーだったんだな………はぁ~~~~。冒険者を引退した後のプランまで決まってんだったら、しゃあねぇか」

比較的若い騎士はうっかりスカウトしそうになるも、リーダーの騎士と実力派メイドからの視線に気付き、その言葉を口にすることはなかった。

そして全員がサンドイッチを食べおえ、後五分も経てば
出発しようといったタイミングで……魔力を纏った矢が放たれる。

「襲撃だ!!!!!」

感知に優れた騎士が一番に気付き、魔法耐性のある丸盾で弾き、アストも含めて全員が即座に臨戦態勢に入る。

「何者だっ!!!!!!!!」

リーダーの騎士が一応……一応、名乗る気があるなら名乗れを口にするが、姿を現した黒装束の者たちは誰一人として声を出さない。

ただ……隠れた口元が笑っていることだけは、全員気付いていた。

「良いだろう……我らをマティアスを守る盾にして剣。貴様らが誰であろうと、関係無い」

言葉が終わると同時に、本格的に戦闘が始まった。
事前にこういった件が起きた際に、こうしてほしいと実力派メイドから指示を受けていたアストは抜剣士、マティアスの傍から離れないように構える。

ただ、アストは相手がただの盗賊ではないと解ったタイミングで、ある事を思い付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

どうぞ「ざまぁ」を続けてくださいな

こうやさい
ファンタジー
 わたくしは婚約者や義妹に断罪され、学園から追放を命じられました。  これが「ざまぁ」されるというものなんですのね。  義妹に冤罪着せられて殿下に皆の前で婚約破棄のうえ学園からの追放される令嬢とかいったら頑張ってる感じなんだけどなぁ。  とりあえずお兄さま頑張れ。  PCがエラーがどうこうほざいているので消えたら察してください、どのみち不定期だけど。  やっぱスマホでも更新できるようにしとかないとなぁ、と毎度の事を思うだけ思う。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...